第14話 その殺し屋、思い悩む
「アメリア本当にありがとう。忙しい所申し訳ないんだけど、最後に聞いてもいい?」
私は飲み干した紅茶のティーカップを置き、アメリアにそう尋ねる。
「ええ、勿論ですわ。他でもないお嬢様の頼みですもの」
優美な微笑みを浮かべ、快く頷いてくれるアメリア。
「あの、私が本格的に聖女になるにはどうしたらいいの?何かすることってあるのかな」
「そう、ですわね。聖女様になるには、神殿で〝洗礼〟を受ける必要がございます。洗礼を受けられるのは十五歳からですので――お嬢様が最短で聖女様になられるのは、二年後ということになりますわね」
……ん? 二年後? 十五歳?
アメリアが言ったことことに、疑問を抱いた私は思わず挙手をしていた。
「はい、お嬢様。なんでしょうか?」
「あの……何度も変なこと聞いて申し訳ないんだけど、私って今幾つなの?」
「十三歳でございます」
「……ッッ!!!?」
思わず吹き出しかけたので、咄嗟に取り出したハンカチで口元を押さえる。
……良かった、さっき紅茶飲み干しておいて。事故になる所だった。
(じゅ、じゅうさんさい……!?)
想定外の年齢に、思わず眩暈がした。
小さくて細い手脚に、丸くて可愛いほっぺ、凹凸の少ない身体から、てっきり十一歳ぐらいだと思っていた。
十三歳って、前世の私だったら「叔父」に付いて現場に行っては、仕事のサポートをしていた頃だ。
まだ〝実戦〟はしていなかったけど、足音を立てずに歩く練習や、ターゲットとの自然な接触、あとは非常時の逃走ルートの確保をしたりしていた頃かあ。懐かしいなあ。
そう言えば、ゲームのサフィラは身長の設定こそあったが、年齢の設定は非公開だった筈だ。
ルベルとカーネリアンの幼馴染だから、てっきり同年代くらいだと勝手に思ってはいたけど…。
(あれ……?)
「ねえ、アメリア。因みに……ルベル殿下ってお幾つなの?」
「ルベル殿下ですか? ――確か十二歳の筈です。お嬢様はカーネリアン殿下と同い年ですので、ルベル殿下より一つ年上ということになりますね」
「ッッッッ!?!?!?」
椅子ごとのけぞりそうになり、私は慌ててテーブルにしがみついた。動揺で息が詰まりそうになりながらも、頭の中では警報が鳴り響いていた。
(なんてこった!!!! ルベル、年下だ!!!!)
いや、前世で享年二十六歳だった私からしたら、ルベルもカーネリアンも、精神年齢的に年下なことに変わりはないんだけれども。それとこれとはまた別の問題だ。
〈カナ∽クォ〉の主人公ラピスがルベルと同い年の設定だったから、てっきりサフィラもそうだと、思い込んでしまったようだ。
あの儚くて気高いルベルが年下だなんて――これはもう、愛でるしかない。今度会う機会があったら、お菓子でも買ってあげよう。何が、好きかな……?
(……そして、カーネリアンと同い年、か)
だから、カーネリアンはサフィラとの絡みが多かったのだろうか。ゲームの中のふたりは決して仲が良いとは言えなかったけど。
「お嬢様、大丈夫ですか? お話、続けてもよろしいでしょうか?」
「あ! ごめんなさい! ……えっと、十五歳になったら神殿で洗礼を受けると聖女になれる…んだっけ?」
「左様でございます」
アメリアは優しく頷きながらも、ふっと表情を引き締める。
「……ですが、お嬢様の場合は、神聖のゆらぎが落ち着いていることが条件です。ゆらぎさえ収まれば、順当に聖女様として覚醒される筈ですわ」
またここで、ゆらぎ問題が出てくるのか。
その時、ふと私はあることを思い出す。今の私の姿と、ゲーム内で描かれていた〝輝石の聖女サフィラ〟の姿の違いだ。
もしかしたら、〝聖女への覚醒が〟その鍵なのかもしれない。
「ねえ、聖女に覚醒したら、その時に私の姿って変わる可能性ってある? 例えば、瞳の色や髪の色がピンク色になるとか」
唐突な問いに、アメリアは一瞬だけ目を見張る。驚いたように瞬きをひとつしてから、すぐに穏やかな表情に戻り、静かに目を伏せた。
「よく、ご存知で。流石お嬢様です。パパラチア家は代々、聖女を輩出する家系。パパラチア家出身の聖女様は、その名の通り、〝蓮華色の乙女〟と呼ばれている文献が多く存在いたしますわ」
なるほど、そう言うことだったのか。
私の知っている、サフィラ・フォン・パパラチアは、鴇羽色の髪に濃いピンク色の瞳をしていた。つまり、ゲーム内の彼女は聖女として覚醒をしていたと言うことだ。
私のこの、夜空のような髪も、深海のような瞳も〝覚醒前〟のサフィラのものということだ。
(お母様が同じ髪色だった時点でなんとなく察してはいたけど、そう言うことか)
「他にご質問はございませんか?」
「うん。今のところは大丈夫みたい。今日は本当にありがとう。また何か困ったら、アメリアに聞いてもいい?」
「ええ。お嬢様のためなら喜んでお引き受けしますわ。……では、お時間ですので私はこれにて失礼いたしますわ」
そう言って、アメリアはスカートの裾を摘まみながら、丁寧に一礼する。
そして、使用済みのティーセットを手早くトレイにまとめ、そっと持ち上げた。
「では、また何かありましたらいつでもお呼びくださいませ」
そう一言添えると、アメリアは微笑みと共に音もなく扉の向こうへと消えていった。
パタン、とドアが閉まると、部屋の中は途端に静かになった。私は椅子にもたれかかりながら、ふいに窓の外を見つめる。
窓の外には、薄く曇が掛かった空と、その下には庭を掃除しているメイドや召使い達の姿が小さく見える。
私はそっと胸に手を当てて深呼吸をひとつする。さっきまで駆け巡っていた思考が、少しずつ落ち着いていくのを感じていた。
「神聖のゆらぎ、かあ。確かに聖女候補がこんなことになったら、みんな心配する筈よね……」
ぽつりとこぼれた言葉が、静かに溶けていく。
神聖が戻らない限りは、聖女になれない。神聖がいつ戻るかも、わからない。
「これって、ゲームのサフィラも体験したことなのかな。ゲームでは語られなかったことだし、こればかりはわからないや……」
ゲームのサフィラだったら、特に動揺することもなく対処していたんだろうけども。
「もし、このまま聖女になれなかったら……あれを、回避できる可能性があるってこと? それってつまり……ふぁ…」
私はそう呟き、あくびを一つ。
静けさに包まれた室内。思考が少しずつ溶けていくように、瞼が自然と重くなっていく。
胸の中で渦を巻く情報たち。しかし、今はもう考えるのが少しだけ億劫だった。
「……ちょっとだけ、休憩」
小さくそう呟いて、私はそのまま瞼を閉じた。
*****
使用済みのティーセットをトレイにまとめ、持ち上げる。
「では、また何かありましたらいつでもお呼びくださいませ」
アメリアはそう一言添え、微笑みを浮かべる。
目の前にいる少女――サフィラは、「ええ」と言っては頷き、微笑みを返す。聡明な光を宿す瞳には、彼女に対する信頼の色が滲んでいた。
アメリアは一礼をし、サフィラの部屋を後にする。
パタン、と静かに扉を閉め廊下に出た彼女は、そこから数歩だけ歩き、ふと足を止めた。
彼女の目線の先には、黒い仕立ての良い燕尾服を着た、使用人の男が立っていた。
白髪に白髭。高齢そうではあるが、品のある雰囲気をしており、左目には片眼鏡を掛けている。
表情は温和げであるが、その立ち姿には一切隙がない。
アメリアはその男を見るなり内心舌打ちをしては、面倒くさそうに小さく息を吐く。
「……あまり干渉するなと旦那様に言われているであろう?」
男はしゃがれた低い声でそう言うと、手元の手帳に目を落としたまま、アメリアを一瞥することもなく、軽やかな足取りで通り過ぎようとする。
アメリアはちらと視線だけで男を追い、その横顔に向かって、冷ややかに笑った。
「ええ、承知してますよ。大した話はしていません。ただ、ちょっとだけ――興が乗っただけです」
「くれぐれも気を付けるように……」
男は目を伏せたまま、まるで独り言のように低く呟いた。その声音には抑揚がなく、氷の刃のような鋭さと冷たさが潜んでいた。
アメリアは男の靴音が遠のいたのを確認すると、ため息混じりに小さく独り言ちる。その喋り口調はいつもの彼女らしかぬ、どこか気怠げで砕けた印象が残るものだった。
「はいはいっと。相変わらずめざといなあ~。気を付けはしますよ。今の所は、ね」
そして、すぐにいつもの彼女らしい微笑み顔に戻るが、その瞳の奥には、イタズラを企てる子どものような、危うくも魅力的な光が揺れていた。




