第13話 その殺し屋、教えてもらう③
ほんの一瞬のことだけど、思わず身体がピクリと跳ね上がる。すると同時に、手のひらの熱がじんわりと広がってきた。
その熱はやがて、私の指先から手首、そして胸の奥――どんどん内側に、静かに染み渡ってくる。
(……これ、アメリアの魔力?)
温かい。まるで春の日差しみたいな、優しいぬくもり。なのに、どこか芯のある力強さがある。
ゆるやかに包んでくれているのに、内側には熱を秘めているようだった。
ふと、てのひらの中で輝石が淡く脈打つように光を帯びはじめる。
ゆっくり、優しく、まるで呼吸をしているみたいだった。
「わあ……」
あまりの美しさに思わず感嘆の声が上がる。
「こちらは私の魔力が込められた状態です。まずは魔力の流れを体感していただくのが、近道かと思いまして。先ほどはご無礼、失礼いたしましたわ。……魔力の流し方、そして感覚は掴めまして?」
そう言ってアメリアはいつもの上品な笑みを浮かべる。
「う、うん。なんとなく、だけど……」
「では次、お嬢様おひとりでやってみてください」
アメリアはまた別の大地の輝石をポケットから取り出した。
私は恐る恐る、輝石を先ほど感覚を思い出しがら握りしめる。が、輝石は、一瞬ポゥ……と光を帯びたものの、特に何があるわけではなく、そのまま蝋燭の火が消えるが如く、静かにその明るさを失った。
「あれ?」
何度か握り直し魔力を込めてみても、輝石は淡く光を帯びるだけで、付いては消え、付いては消えの繰り返しで、手のひらに伝わってくるのは、ただの冷たい石の感触だけだった。
私が首を傾げるとアメリアが静かに、
「今の状態、お分かりいただけましたか?」
と淡々とした口調で言う。それに対し私は、戸惑いながら、
「……うん。これが、さっき言ってた魔力が滞ってるってこと?」
と聞くと、アメリアは「はい」と静かに答える。
「輝石の聖女とは、神秘の輝石に祝福された選ばれし者を指します。輝石の聖女様は、属性という壁を超越する存在です。すべての輝石の力を使役を可能とし、その力を何倍、何十倍、何百倍にも高めることができる」
彼女はそう語りながら、私が置いた大地の輝石を拾い上げる。そして、それを自身の眼前に掲げる。
輝石は、アメリアの紫水晶色の瞳と丁度重なり、朝焼け空の様な、奇しくも幻想的な輝きを放っている。
「――そして、その力の源こそが〝神聖〟。輝石の女神・カンティヤに愛されし者に与えられ、この世界の〝理〟そのものに干渉できる、唯一無二の尊いお力。……今のお嬢様は、それがゆらいでおられる。とても、由々しき状態でいらっしゃるのですよ」
アメリアはそう言い終えると、速やかに輝石をポケットに仕舞う。
その言葉を言い終えた瞬間。私の心臓はドクリと音を立てた。そして、思わず額を押さえた。
――蘇ってしまったのだ。あの日の、トラウマの数々が。
サフィラが、火魔法を使用したから水属性で対抗したら効かず、闇属性かな?と思い雷属性で攻撃しても半減。
見た目はふわふわしてて儚くてHPも低そうなのに、妙に硬い魔法防御。
結論から言うと無属性の物理攻撃が1番効いたんだけど、サフィラが繰り出す魔法攻撃が強すぎる&無尽蔵のMPの為、レア装備品である、全属性耐性を持つ防御アクセサリーを、全ユニット分錬成したあの日々……。
(どうして、こんな大事なことを忘れてたんだろう……)
いや、私は嫌なことや苦しいことはすぐに忘れてしまうタイプだった。前世の〝仕事〟でショッキングなことがあっても、引きずらないように〝忘れる訓練〟をしていたんだった。
サフィラ・フォン・パパラチア。作中では『輝石の聖女』と呼ばれていた彼女だが、このあまりの無慈悲な強さと、鬼の如くなチート仕様に、〈カナ∽クォ〉ファンからは、こう呼ばれていた。
『鬼石の聖女』と。
同時に思い出したけど、『輝石の祝福』や『神聖』もサフィラの専用の固有スキルの名前ではないか。
ゲーム、〈カナ∽クォ〉のサフィラは、絶対味方にならないキャラクター。つまり、ゲーム内では徹底的に敵ユニットとして登場する。
〈カナ∽クォ〉は、SRPGらしくキャラクター全員にスキルと呼ばれる固有の能力がある。
味方ユニットならまだしも、敵ユニットであるサフィラのスキルが見られるのは、ゲーム本編でもほんの僅かな機会しかない。
最初の頃は、敵スキルも逐一チェックしていたけれど、周回を重ねてサフィラと戦う展開にも慣れていくうちに、わざわざ確認することがなくなってしまった。
(あぁ、だから今の今まで、忘れてたんだ)
あの『鬼石の聖女』たる『鬼』の由来である能力が、今の私にはないと言うことは、確かに由々しき状態だ。
そりゃあ、お母様も心配するしカーネリアンだって意味深な笑みを浮かべる訳だ。漸く、納得した。
「……お嬢様?」
いつの間にか、テーブルに突っ伏していた私を心配したのか、アメリアが狼狽えた声音で私に声を掛ける。
「っは…!! ごめんなさい! その、色々、思い出した? ……みたいで、ちょっと動揺しちゃった」
「左様でございますか」
アメリアは微かに目元を和らげ、ホッとしたように胸を撫でおろす。
「アメリア、本当にありがとう。アナタのお陰で、色々思い出せたわ」
清々しい気持ちでそう言うと、彼女も嬉しそうにいつもの微笑みを深める。
「それは何よりですわ」
そう言って、頭を深く下げてはお辞儀をするアメリア。その姿は宛ら、カーテンコール中の舞台女優のようだった。
「……にしても、すごく詳しいのね。もしかして、元々は魔術師や神職者とかだったりする?」
そう言うと、アメリアはより一層笑みを深めて、
「いえ、そんなまさか。このクォーツラントで生活している者として常識を語ったまでです。輝石の聖女様候補であるお嬢様に向かって、説明するのが烏滸がましいくらいの知識ですわ」
そう言って、謙遜するような素振りをする。
彼女のお陰で、漸くあらゆる疑問が晴れ、状況が飲み込めた。
私は、すっかり冷めた紅茶を一気に飲み干しては、真っ直ぐ前を見据えた。




