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その聖女、前世は魔女と呼ばれた殺し屋でした  作者: 蟹三昧
第二章

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第11話 その殺し屋、夢だけど夢じゃなかった



 ふかふかだ。びっくりするくらい、ふっかふかだ。


 今日はすごく懐かしい夢を見た気がする。内容はあんまり覚えていないけど、変な滑り台の公園と、夕焼け空と……あとは、ええっと……なんだっけ?


 何かとても大切なことを忘れている気がするけど、頭にモヤがかかって思い出せない。


 それよりもこのふかふかお布団だ。どっかの国のとあるマフィアの親分が……って、これ昨日もやったな。


 そう言えば、さっきの懐かしい夢の前に、別の夢も見ていたような気がする。


 確か、私が〈カナ∽クォ〉のサフィラになって、少年期のルベルをトラウマイベントから救う、そんな内容だった。


 大好きな物語を汚してしまった、と後悔していたところまでは、なんとなく覚えている。でも――


(まあ、いいか。夢だった訳だし……)


 それとは別に、肉眼で見たルベルとカーネリアン、凄かったなぁ。


 ルベルは綺麗で可愛かったし、カーネリアンは兎に角美で、幼い姿とは言え艶っぽさがあった。


 二人とも美貌の暴力。歩いて喋る一枚絵のそれだった。今でも、目の前に彼らが立体的に存在したのが信じられない。


 ルベルには、頬と手にも触れたけどもちもちのすべすべで最高の感触だった。


 って今思うと、なんてことをしたんだ私は。最愛の推しの身体に触れるなどけしからん。


 私はあくまでただのファン。信仰対象は、物陰からこっそり見守るに限るのに。


 いやでも、夢の中だから許されるよね。そうだよね。あぁ、あんな夢ならいつまでも醒めなきゃいいのに。もう少し目を閉じてれば、夢の続きを見られるだろうか。


 お布団もふかふかで最高だし……このまま二度寝を決め込もうかどうか、迷っていたその時だった。


(――人の気配? もしかして、刺客!?)


 だとしたら、人の寝込みを襲おうとは言語道断。


 私はぼんやりする意識の中、手刀を気配がする方へと繰り出す。その手刀は、見事ターゲットにヒットしたようだが、


 ――つるん、ふわんっ。


 とても柔らかいふわふわの手応えに、違和感を覚えた私は、思わず跳ね起きた。


 すると、そこには絹素材のカバーに包まれたふわふわのクッションと、


「おはようございます、お嬢様」


 そのクッションから、顔を覗かせるメイド服の女性――アメリアの姿があった。


 アメリアは、丸眼鏡越しに見える紫色の瞳を細め、隙のない優雅な微笑みを浮かべていた。


 そう。彼女の名前はアメリア。


 私――サフィラ・フォン・パパラチア付きのメイド。


 寝起きの私の視界に広がるのは、彼女の姿と、白いレースの瀟洒(しょうしゃ)な天蓋。水晶で出来たシャンデリア。

 彫刻の施された大きな鏡台。そして窓から見えるのは洋風庭園……何もかもあの〝夢〟だと思っていた世界、そのままだ。


 私は思わず小さな声で、


「夢だけど、夢じゃなかった………?」


 と呟いた。

 

 その呟きが、アメリアの耳に届いてしまったのか、彼女は一瞬首を傾げたものの、おほほ……と上品に笑い声をあげる。


「まあ、お嬢様ったら。楽しい夢でもご覧になったのですか? 今はもう、夢の世界ではございませんことよ」





「――なるほど、私あのまま馬車の中で寝ちゃってたんだ」


 私はベッドから降りると、いつの間にか部屋に集まっていたメイド達……別名〝お着替え隊〟に昨日のように捕まり、顔を洗われ、服を着替えさせられていた。


 そして、今はヘアセットの最中で、濃紺のふわふわロングヘアーをブラシで丁寧に解いて貰っている。


「はい。揺すっても、お屋敷にお運びしても起きられず、〝湯浴み隊〟曰く、お風呂に入れてお身体と御髪(おぐし)を洗ってもピクリともしなかったそうですわ」


「わたくしたちが、御髪をお乾かししている間もです! それに、お寝巻きへお着替えの際も、それはもうぐっすりでございました!」


 アメリアに続いて、私の髪を解いているメイドが元気よく答える。まさか、そんなことになっていたとは。


 意識がないまま、見ず知らずの他人に身体を赦していた事実に、耳が熱くなる。


 確かに、色々あって疲れてはいたけれど……そんなことまでされて、起きないだなんて、いくらなんでも熟睡が過ぎないだろうか。


 あの時は興奮状態だったから、どうにか持ち堪えていたけれど、幼い少女の身体には相当な負荷が掛かっていたのかもしれない。


(それもだけど――私がルベルを助けたのは夢じゃなかったってこと、だよね……)


 そう自覚した途端、胸の奥に昨日の馬車で感じた重苦しさがじわりと戻ってくる。


 つまり、私がこの世界に落としてしまった〝汚れ〟は消えておらず、そのままこの世界は進んでしまっているということだ。


(どうしよう、このままじゃゲームのシナリオが変わってしまうんじゃ……?)


 胸の奥がきゅうっと、締め付けられる。私は、膝の上に置いていた手を、無意識のうちに強く握り締めていた。


「……お嬢様、いかがなさいましたか?」


 不意にアメリアから声を掛けられ、私はハッと顔を上げる。鏡越しにこちらを見つめる彼女の瞳には、僅かに心配そうな色が浮かんでいた。


「あ、ううん。……何でもない」


 首を横に振り、握り締めていた拳をゆっくりと開く。いくら後悔したところで、すでに起きてしまったことは変えようがない。


(こういうときは切り替えが大事だ。……前世でも、そうやって生きてきたじゃない)


 そう思い、私は胸の中に渦巻く蟠りをそっと仕舞い込む。そんなことを考えている内に、ヘアセットもすっかり完了したようだった。


 昨日は、可愛らしいツインテールだったけど、今日はこの長い髪を生かしたハーフアップ。顔まわりがすっきりして、なんだかちょっぴりお姉さん風だ。


「お支度、整いましたわ!」


 と、メイドに促され鏡台の前に立たされる。


 鏡に映るのは、濃紺の髪に上品なカールを宿した少女。瞳の色はサファイアのように深い青。


 正直まだ見慣れないけれど、もう知らない子ってほどでもない。


「ではお嬢様。お支度も整いましたし、朝食へ参りましょう。奥様もお待ちかねですよ」


 アメリアに奥様、と言われ思わず目をパチクリと瞬かせる。あぁ、そうか。サフィラの……いや、私のお母さんか。


 そうだよね、今の私は貴族令嬢で、パパラチア家の娘。奥様は、私の母親ということになる。


 前世の私は施設育ちで、物心付いた頃にはもうそこに居たから、母親との記憶が全くない。


 そもそも一緒に過ごしたことすらないのかもしれない。


 唯一の身内が、殺し屋のボスであった「叔父」だけだったので、「お母さんが待ってる」なんて言われても、正直実感が湧かない。


 でも――。


 待ってくれている人が居る。しかもそれが、「お母さん」なら顔くらいは見せに行かなきゃ。私は軽く息を吐いてから、小さく頷いた。


「うん。行こう、アメリア」


 アメリアが優雅に一礼して、私の後ろに控える。


 私はスカートの裾を軽く持ち上げ、背筋を伸ばして扉へと歩き出した。


(あれ、そう言えば朝食ってどこで食べるの……?)




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