Ex.1 その殺し屋、懐かしい夢を見る
ブランコが、きぃこ、きぃこと静かに揺れている。夕暮れの光が街の端に滲んで、公園の街灯にはぼんやりと橙色の明かりが灯り始めていた。
少しひんやりした風が吹き抜ける中、私は石造りのベンチに腰掛けていた。表面はざらついていて、誰かが描いたチョークの落書きがうっすらと残っている。
公園の中央には、子どもが誰もいない滑り台がぽつんと佇んでいた。
渦巻き型で、アスレチックの様に入り組んだ、ちょっと変な形。海洋生物にも見えるし宇宙船にも見える、モデルが分からないそれは、夕焼けの中でどこか哀しげな影を落としていた。
「い、いいの? だってこれ、高いやつだよね……?」
差し出された紙袋を前に、私は思わず声をひそめる。
赤色の可愛い紙袋は、クラスの女の子がよく話している洋服ブランドのもの。
そして、中に入っていたのは、携帯ゲーム機とゲームソフトのパッケージだった。
彼女に「今日の放課後、少し時間ある?……例のブツ、渡したいんだ」と声をかけられて、ついて来たけれど、その中身は想像よりずっと豪華で、私はたじろいでしまった。
でも彼女――委員長は、まるで気にした様子もなく、朗らかにあははと笑う。
焦げ茶色のボブカット、二重瞼の大きな瞳。
少し日焼けた肌とチラリと覗く八重歯が、彼女の人懐っこい内面を表しているように見える。
「いいのいいの! うち、ゲーマー一家で、このハード家に十台あるんだ~。四人家族なのにね。ウケるでしょ?」
「……ウケるっていうか、バグってない……?」
「それな!」
二人で、少しだけ笑った。
「アルカナシリーズガチ勢のお父さんに、クラスの子が〈カナ∽クォ〉に興味示してる~って話したら、新規顧客開拓だ! って喜んでたしね。だから、気にしないで?」
そう言って、ウィンクをしていたずらっぽい笑みを浮かべる委員長。
私がおずおずとその紙袋を受け取ると、彼女も嬉しそうに微笑む。
こんな風に誰かから何かを貰うだなんて、初めての経験だったから胸の奥からじんわりと熱い気持ちが込み上げてきた。
「わあ……あ、ありがとう。あの、これ、インターネットには繋がらないんだよね? 私のお父さんそういうの厳しくて」
「大丈夫大丈夫! インターネット設定は解除してるし、問題ないよ。にしても嬉しいな~! 〈カナ∽クォ〉に興味持ってくれて。……三年前の作品だし、オタク友だちはみんなこう言うSRPGって難しそうで、興味ないって言うからさ。あ、難易度はイージーがおすすめだよ! イージーだと困った時〝お助けモード〟があるし、詰みそうなマップがあったらそれを使ってね!」
話しながら、ころころと表情が変わる委員長。
この時の私は彼女が言っていることがあまりよくわからなったけど、「うん、うん」と小さく頷きながら、聞いていた。
……そう言えば、彼女との放課後〈カナ∽クォ〉トークはここから始まったんだっけ。懐かしいなあ。
委員長は、水泳部で塾にも通っていたし、私も私で「仕事」があったから、あまりゆっくり話は出来なかったけど、本当に楽しい時間だった。
◇
私が〈カナ∽クォ〉黒ルート一周目をクリアした時のこと。
「委員長ォ~~~!! ねぇ~~~!! カーネリアンがさぁ~~もうさぁ~~~!!!!」
放課後の公園。私はいつものベンチに駆け込むなり、魂の叫びをぶつけた。
「うん、うん……わかる。わかるよ。言いたいこと、全部わかる……」
委員長は私の隣に座りながら、目頭を押さえていた。
「白ルートやった時はルベルしかありえない! って思ったけど、カーネリアンが本当にかっこよくて……あとルベルが、ルベルがぁ……あぁ、ダメだ思い出すだけで泣けてくる」
「わかる。わかりみしかない……。黒ルートのルベル見るとまた白ルートプレイして救いたくなるよね……これが〈カナ∽クォ〉無限ループ……」
私たちは話しながら抱き合い、お互いに言葉を紡ぐうちに、涙腺がじわじわ緩み、気づけば二人して、カバンからハンカチを取り出しては、鼻をすんすんいわせていた。
その時ふいに、彼女のカバンに付いていたぬいぐるみマスコットが目に入る。
白いドレスに、鴇羽色の髪に濃いピンク色の瞳。――サフィラのぬいぐるみだ。
私と委員長が、こんなにも仲良くなれたきっかけのぬいぐるみ。
三年生に進級したばかりの時。私が「仕事」で学校を休んだ翌日の放課後。
たまたま部活が休みだった、委員長が「体調大丈夫? 昨日の授業のノートよかったら見せようか?」と私に話しかけてくれたのだ。
その時に彼女のカバンに付いていたぬいぐるみを、ふいに「……可愛い」と言ったら、彼女の目の色が変わり、あれよこれよと〈カナ∽クォ〉布教されたのきっかけだったのだ。
そして、そのサフィラのぬいぐるみが彼女の手作りだと知ったのはつい最近のことである。
「……サフィラ、どっちのルートでもああなっちゃうんだね」
ポツリと私がそう言うと、彼女は少しだけ首を傾げて、空を仰いだ。
「……そう、なんだよね。サフィラたんのあの諦めてる感じや、己の運命を受け入れている強さ、確かに好きな所ではあるんだけど。…あるんだけれども」
委員長の声がわなわなと震える。
「でもさ! そう言う子こそ救われるべきだよねぇ!? なのに、何十周しても救済ルートがないなんて、おかしいよね?」
彼女は拳を握りしめて、ベンチの上で立ち上がる勢いだった。
「あの気高くて美しいサフィラたんが、〝利用されて〟終わるんじゃなくてさ、自分の人生を生きて、最後に笑ってくれる未来だって、あっていいと思うんだ。私、そんなエンドも見たかったんだよ……」
ぽつり、こぼれたその言葉が、夕暮れの風に溶けていった。
委員長の熱い語りに、私は小さく頷いた。
「うん、私も……そう思う」
実の父親に利用されて、自分の身を犠牲にしたサフィラ。
物語の中の彼女はいつも虚ろな表情で、誰にも期待せず、誰にも頼らず、ただ黙って役目を果たすように生きていた。
言われたことをただこなす。それがいいことでも悪いことでも、何も疑問を抱かず、ただ諦めたような顔をして、彼女は役割を果たし、そして最後は……。
(……まるで、私みたい。もしかしたら、私もいつかああなっちゃうのかな)
「あ、ヤバ! ごめん、何十周しても救済ルートがないってネタバレだよね!? 私ったらつい……」
「大丈夫だよ。この話もう三十回以上は聞いてるから」
あはは、お互い顔を見合わせて笑う私たち。
あの頃は本当に楽しかった。私の唯一の青春時代。あの時のことを、私はきっと、ずっと忘れない。
たとえ、どんな遠い所に居ても。ずっと。
これにて1章完結です!お付き合いいただき、ありがとうございます。
このエピソードは、彼女の〝報われなかった過去〟の片鱗であり、唯一の青春の光。
この後彼女は、中学の卒業式には出れず委員長に「さよなら」も言えずに海外へ行き、仕事の日々。そして〝魔女〟と呼ばれるまでの殺し屋として名を馳せることになります。
そして、ここからは少し余談になりますが、〈カナ∽クォ〉について……
このゲームは主人公が生きてた世界では正直マイナーゲームで、知る人ぞ知る名作ゲーみたいな、そんなイメージで書いています。
主人公や委員長をはじめとした、熱狂的なファンの声援のお陰で15周年記念でリマスター化したという感じです!
次話から2章突入になりますが、2章完結までは1日2話更新を継続していく予定です。
そんな訳で、2章も楽しんでいただければ幸いでございます。お付き合いのほど、よろしくお願いいたします!




