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その聖女、前世は魔女と呼ばれた殺し屋でした  作者: 蟹三昧
第1章

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第10話 殺し屋の後悔、白き王子の誓い③



【ルベル視点・一人称】

 




 夜の静けさが、部屋を包んでいた。


 僕の居室は、城の中でもとりわけ静かな(とう)にある。分厚いカーテンの隙間から、わずかに風が入り込み、布地をかすかに揺らしていた。


 そのたびに、外の月明かりが柔らかな波のように室内へと差し込んでは、床や壁に淡い光と影を落としていく。


 寝台の縁に腰掛けたまま、僕はじっとその揺らめきを見つめていた。


 虫の声ひとつもしない静かな夜。

 まるで、世界全体が息を潜めているみたいだった。


 カーテンの揺らめきを見つめながら、今日一日で起きたことを思い出す。


 頭の中には、あの子の顔がずっと浮かんで離れなかった。


 あの子――そう、サフィラの顔だ。


 僕の前に立って、傷つくことを恐れず、身を呈して守ってくれた。


 ……でも、あんなに強かっただなんて。正直とても驚いたけど。


(かっこよかったなあ……それに、すごく綺麗だった)


 小さい頃、お母様に読んでもらった絵本、『九人の戦乙女(ナヴァ・ラトナ)』に出てくる、戦乙女(いくさおとめ)たちのようだった。


 あの時の勇ましくも美しい、彼女の横顔を思い出すと胸の奥が熱くなる。


 そう。サフィラはいつだって、かっこよくて綺麗なんだ。


 あの時もそうだった。ふと、昔の記憶がよみがえる。確か二年前のことだ。


 お母様の葬儀の後、僕がある貴族に心ない言葉を浴びせられた時。僕はその言葉に傷付いて、悲しくて、でも言い返せない自分が情けなくて、泣きながら物陰で震えていたんだ。


 その時、サフィラがやって来て、


『どうして、泣くのですか? 貴方が泣く理由なんて、一つもない筈です。……胸を張りなさい。貴方を傷付ける声など、すべて雑音でしてよ』


 と諭すような声で、優しく言ってくれた。


 あの時の彼女の力強い眼差し。あれは、ただの慰めの言葉なんかじゃなかった。


 その時僕は、いつもは冷たく見える彼女だけど、本当はとても優しい心を持っている人なんだって思ったんだ。


 そして今日。彼女はもう一度、僕に手を差し伸べてくれた。


『大丈夫。殿下はもう、ひとりではありませんよ。私が傍にいますから』


 あの時の彼女の声が、今も耳に焼きついている。


 不安も迷いも、全部見透かされたようで、でもそれを責めるでもなく、ただ静かに包み込んでくれるような声。――あの時の彼女は、まるで光そのものだった。


 あの笑顔も、澄んだ瞳も、差し伸べてくれた手のぬくもりも……すべてが胸の奥をあたたかく満たしてくれた。


(受け入れてくれたんだ。こんな、どうしようもない僕を)


 誰にも必要とされていないと思っていた僕に、彼女は「価値がある」と、そう言ってくれたように感じた。


 サフィラは、立場でも生まれでもない。ただ一人の人間として、「僕自身」を見てくれたんだ。


 ――だから、僕も応えたい。


 彼女が手を差し伸べてくれたように、次は僕がその手を、強く、しっかりと握れるような存在になると。


(僕も、強くなりたい。今日彼女が僕を救ってくれたように。今度は僕が、彼女を守れるようなそんな人に……)




 

 僕が心の中で小さく誓いを立てた、その直後だった。


 ――コン、コン。


 静寂を破る控えめなノックの音が、扉越しに響いた。


「……ルベル、起きてるか?」


 低く抑えた声。けれど、どこか気安さを含んだその呼びかけに、僕はすぐに声の主を察した。


「……カル?」


 返事をすると、扉がゆっくりと開く。


 ランプの灯りに照らされて姿を現したのは、やはり、黒髪の少年――カーネリアンだった。


 褐色の肌に、深く朱い瞳。大人びた顔立ちと、どこか小憎たらしい余裕の笑み。


「よう。寝てたかと思ったけど、案外起きてたな」


 そう言って部屋に入ってきたカーネリアンは、まるで自分の部屋かのように気軽に椅子を引き、僕の向かいに腰を下ろした。


「こんな時間にどうしたの? ……怒られない?」


 僕が恐る恐る問いかけると、彼はふんっと鼻を鳴らした。


「いつものことだろ? ほら今日いろいろあったし、お前が心配になってさ。……身体(からだ)、痛まないか?」


 朱い瞳がランプの火に照らされ、ゆらりと揺れる。


「うん、大丈夫だよ。カルもありがとう。団長達を呼んで来てくれて」


 そう答えると、カーネリアンは一瞬だけ目を細めて息を吐いた。


「ならいいけどよ」


 椅子の背にもたれながら、それっきり何も言わず、彼は視線を少しだけ外して押し黙る。


 ……こういう時のカルは、大体何かを考えている。何か気になることが、あるのかも知れない。


「……言いたいことがあるなら、聞くよ?」


 そう言うと、カーネリアンの横顔がわずかに動いた。


 彼は一瞬言い淀んだが、意を決しどこか探るような声音で口を開いた。


「なあ、ルベル。……今日のサフィラ、なんか変じゃなかったか?」


「……変?」


 カーネリアンは真っ直ぐにはこっちを見ず、どこか遠くを見ているようだった。けれど、その横顔は真剣で、冗談ではないのがすぐに分かった。


「例えば……記憶が曖昧そうとか。反応がいつもと違ったり、喋り口調とかさ。アイツ、前みたいに高圧で、無表情じゃなかっただろ?」


 その言葉に、僕はそっと目を伏せる。確かに、今日のサフィラはいつもと雰囲気が違っていた。


 表情がよく動いて、言葉も温かくて、何より――僕を救ってくれた時の姿は、これまでの彼女とはまるで違う人のようにも見えた。


 けれど、それでも。


「……うん。確かに、()()()()違ったかもしれない。でも、僕にはいつも通りの彼女に見えたよ」


 カーネリアンがこちらに視線を戻す。僕は言葉を続けた。


「強くて、かっこよくて、優しくて……僕の知っている彼女だった」


 そう言い終えると、カーネリアンは「……ふーん」と、どこか腑に落ちないような表情を浮かべていた。


 彼は、昔からサフィラと一緒にいることが多かったから、思うところがあるのだろう。


(……あれ? なんだろうこの気持ち)


 そう考えた瞬間、胸の奥に小さな棘のようなものがチクりと突き刺さる。


 でも、それがどのような理由(いみ)を持つのか、今の僕には分からなかった。


 そんな僕の様子を見ていたカーネリアンが、ぽつりと呟くように言った。


「……まっ、お前がそう思うならそうなんだろうな。それより、ルベル。お前、ちゃんとサフィラに礼はしたのか?」


「へっ!?」


 思わず、変な声が出た。


「アイツ、命懸けでお前を助けてくれたんだろ? その辺ちゃんと形にしておかないと、後々後悔するぜ」


 茶化すような笑いを浮かべながらも、どこか真面目な声音だった。僕は少しだけ息を飲み、ゆっくりと頷く。


「うん。……僕も、そう思ってた。あ、そうだカル。その事なんだけど、相談に乗ってくれないかな?」


 僕がそう言うと、カーネリアンはやれやれと肩をすくめては、


「しょうがねえなあ」


 と口元にニッと優しい微笑みを浮かべてくれた。



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