第10話 殺し屋の後悔、白き王子の誓い②
【騎士団視点・三人称】
王宮の一角、王宮騎士団・執務室の扉が静かに閉じられる音が響いた。
窓の外には夜の帳が降り、室内には鈍く揺れる燭台の光がわずかに灯っている。
その中心に立つのは、王宮騎士団を束ねる男――ヘリオドール・フォン・ベリロス卿。
金色の瞳が淡い光を反射しながら、報告書に目を落としていた。
「……亡くなっていた、だと?」
「はい。見張りの者の報告で、拘束していた男達が牢内で絶命しているのが確認されました。首から大量の出血――頚動脈を斬られたのでしょうな」
落ち着き払った様子で、淡赤紫色の髪をした中堅の男性騎士…どこか飄々とした口調の持ち主が答える。
「……むごいな。して、犯人は?」
ヘリオドール卿は、淡々とした声音でそう呟いた。表情はほとんど変わらない。
ただ、その瞳の奥には、わずかに警戒の色が滲んでいた。
「追求中です。……はぁ、お陰で事件の黒幕はわからず仕舞いですよ」
飄々とした騎士はやれやれと言いたげに、肩をすくめる。
「賊の身元はまだ判明していませんが、遺体の一部に刺青のような文様がありました。さらに……」
ニヤリと笑みを浮かべ、騎士は懐から小さな封付きの布包み――証拠袋を取り出す。
「身体検査の際、内ポケットから奇妙な紙片が見つかっております。……ご覧の通り焼け焦げてはいますがね」
男からその紙片を受け取ったヘリオドール卿は、じっと目を細めながら、それを指先で丁寧に広げた。
焦げ跡に縁取られたそれは、わずかな文字を辛うじて残していた。
「……古式文字か」
卿が低くつぶやいた後に、騎士は唇の端をわずかに吊り上げて答えた。
「ええ。〝かの国〟の人間が好んで使うやつですな。……用途は不明ですが、暗号文書の類かと」
そこまで聞いたところで、ヘリオドール卿は静かに目を伏せた。指先で紙片の角をトン、と机に叩きながら、ひとつ深く息を吐く。
「……やはり、そちら絡みか。想定した中でも、もっとも面倒な筋だな」
「いかがいたします?」
「ひとまず、情報は局内に留めておけ。陛下には……いや、妃殿下にもまだ報告するな。軽率な動きは、奴らの思う壺だ。無論、調査も継続。だが、慎重に。王宮内の警備も、明日から一段階引き上げるように」
「御意」
先ほどまでの軽さが嘘のように、騎士は短く、鋭く頷いた。
だが次の瞬間、ふと思い出したように小さく指を鳴らすと、彼はおどけたような調子で言った。
「……あ、そういやぁ、エメルド坊ちゃん士官学校から帰って来てるんでしたっけ? いいですな~、長期休暇か~」
唐突に砕けた口調に戻るその変化に、ヘリオドール卿は一瞬だけ目を細める。呆れか、笑みか、どちらとも取れぬ表情であった。
「……ああ、そうだったな。ちょうどいい。お前がエメルドを捕まえてこい、モルガン」
「えっ、アタシがです? どうしてそんな面倒を~……」
騎士――モルガンは、驚いたように目を丸くさせては、うげぇと口元を不愉快そうに歪める。
「お前ならアイツも警戒しないと思ってな。……エメルドをルベル様の傍に付けておきたい。今日の事件があるからな。また狙われる可能性もある。ルベル様とアイツは仲がいいし、不自然ではあるまい?」
「ははぁ~そう言うことで。……にしても坊ちゃんも大変ですなあ。せっかくの長期休暇。ハメも外したいでしょうに」
「……ハメも外したい、か。アイツの場合、シャレにならんからな。これぐらいの行動規制も必要だ」
ヘリオドール卿はそう言って、溜息交じりにこめかみを指で揉む。それを見たモルガンも乾いた笑い声を上げる。
「なはは……お厳しいこって」
「お前も気を抜くなよ。それに、エメルドにも伝えておけ。これは遊びではなく、任務だとな」
「畏まりました。……ではでは、早速坊ちゃんのご機嫌伺いに行って参りますわ」
モルガンは頭を掻きながらもどこか楽しそうに笑い、ひらりと軽く敬礼を返すと、扉の方へと歩き出し執務室を後にした。
残されたヘリオドール卿は再び報告書に目を落とし、微かに眉を寄せる。
(〝かの国〟か……私の杞憂であればいいのだがな)
燭台の炎が、静かに揺れた。
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