第10話 殺し屋の後悔、白き王子の誓い①
アメリアに促され、私はそのまま帰りの馬車へと乗り込んだ。
今朝見たぶりの絹張りの内装と、ジャカード模様を思わせるフリンジ付きのカーテンが懐かしく感じる。
座席に着くと、ドッとした疲れが溢れ出し、「ふぅ…」と小さくため息を吐く。そして、今日起きたことが脳内で駆け巡り出した。
前世の記憶。〈カナ∽クォ〉のこと。事件のこと。ルベルのこと。カーネリアンのこと――そしてあの言葉のこと。
『……〝神聖〟を失ってから様子がおかしいとは聞いていたけどな』
(〝神聖〟って、何? そんなワード、ゲームで一度も聞いたことがない。それに、失ったって一体どういうこと?)
馬車に揺られながら、私はふわふわと現実感のない思考のなかで、窓の外をぼんやりと見つめていた。
陽はすでに傾き、東の空には、薄く溶けた藍色が静かに広がりはじめている。
まだ淡い宵闇が、世界から音を奪っていくように感じた。
――さて、私はこれから、どうしたらいいのだろう。
転生して、前世の記憶が蘇って、普通の女の子になれる! なんて、最初はそんな風に少し浮かれていた。だけど、どうやらそれどころではないようだ。
私が転生した、このサフィラ・フォン・パパラチアという少女の運命は、普通の女の子でいられるようなものではない。
彼女の背負うものを、私は受け止めきれるのだろうか。
それに、
(ルベルの運命を、変えてしまった……)
私は、ゲームで描かれていたエピソードを、書き換えてしまった。
本来であれば、彼はあのまま一週間は幽閉され、極限まで追い詰められた末に、ヘリオドール卿に救われる筈だった。
その出来事を境に、ルベルは己を救ってくれたヘリオドール卿に憧れ、その背を追うように師事することになる。
そして彼は努力の末に、王国の未来を背負う青年へと成長していく。
……でも今は、そうじゃない。ヘリオドール卿ではなく、私がルベルを救ってしまった。
私の、勝手な行動のせいで、大好きな〈アルカナ∽クォーツ〉の物語を、汚してしまったのだ。
胸の奥が、じわじわと重くなる。美しい絵画の上に、誤ってペンキを零してしまったような――そんな痛みと罪悪感が、ずっと消えない。
元に戻したくても、戻せない。どう足掻いても、その一滴は消し去れないのだ。
(……これで、よかったのかな)
善かれと思ってやったことが、裏目に出る。
そんな経験、前世で幾度もあったことだ。そして、その度に「叔父」から叱られていたことを思い出す。
『――余計なことはしなくていい。お前の行動力は、時に武器にはなるが、いつか〝取り返しの付かないこと〟になる』
いつの日だったかに言われたことが、胸に突き刺さる。もし、取り返しの付かないことになってしまったら、どうしよう。
あの時、ルベルは笑っていた。けれど、その笑顔が別の形で、失われるようなことが起きたら……?
『サフィラ……ありがとう』
ふと、あの時の彼が脳裏に過ぎる。
深紅の瞳を柔らかく細め、はにかみながら、握り返してくれた手は、暖かく、とても優しかった。
これから先、どんなことが起きるのかは、まだ、わからない。
私は、ルベルを助けた。それだけは確かなことだ。その事実を胸にしまい、あとは身を委ねよう。
(罰を受けろというのなら、受ける。だって、私はどうせ――)
揺れる馬車のリズムに合わせるように、思考が次第に遠のいていく。
重たくなったまぶたを閉じれば、そこに浮かぶのは――冷たい暗闇に身を裂かれ、声なき絶叫を抱えたまま、深淵に堕ちていく、少女の姿であった。




