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その聖女、前世は魔女と呼ばれた殺し屋でした  作者: 蟹三昧
第1章

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第9話 その殺し屋、神聖がないらしい③

 




 ルベルとヘリオドール卿達に別れの挨拶を告げ、アメリアと共に王宮を後にする。


 扉を抜けた瞬間、視界に広がるのは昼間とは打って変わった庭園の光景だった。


 絢爛豪華(けんらんごうか)な王宮庭園。


 けれど今は、傾いた西日が花々に長い影を落とし、まるでこの一日を静かに見送っているようだった。


 幾何学模様に並んだ石畳も、噴水の石像もすべてが黄金に染まっている。

 遠くで、噴水の水が静かに跳ねる音だけが、時を刻むように響いていた。


 前世の記憶が蘇り、朝から続いていた出来事全てが、ずっと昔に見た幻のように思える。


 色んなことがありすぎて、一日が物語の数章分にも感じられた。


 自分の身に起きたことが現実なのか、それともまだ夢の続きなのか。


 そんなことを、ぼんやり考えながら踵を返しかけた、その時だった。


「――おい」


 低く、よく通る声が背後からかかる。


 はっとして振り返ると、そこには〈黒王子〉こと――カーネリアンが立っていた。


 西日を背に、彼の輪郭は光と影の狭間に溶けていた。絹のような黒髪が風に揺れ、睫毛の影が頬に落ちている。


 褐色(かっしょく)の肌は、夕陽を受けて淡く金に染まり、朱赤の双眸が夕映えの中で鋭く光っていた。


 まるで精巧な彫像のように、静かで、美しく、それでいて背筋がぞくりとするほどの、圧倒的な存在感を放っていた。


 カーネリアンは腕を組んだまま、ふっと目を細め、そして口元だけで笑う。


「この冷血女。お前、俺が声かけた時に無視しやがったよな。……相変わらず性格の悪いやつ」


「……へ?」


 一瞬、何を言われているのか分からなかった。


 〝俺が声かけた時無視しやがって………?〟


 あっ! そう言えば、ルベルが居なくなって、地下階段へ向かっている途中、誰かに声を掛けられた気がする。


 確か、全体的に黒くて朱赤の……って黒と朱赤!? あれってカーネリアンだったの!?


 ようやく全てが繋がった。あの時の声、あの時の気配。今目の前に居る彼と合致する。


 そりゃあ怒るのも無理ない。さっき睨みつけてきたのもそれが原因だろう。悪いことをしてしまった。


「ご、ごめんなさい! あの時は急いでいて……気づかなくて!」


 こう言う時は素直に謝るに限る。私が慌てて頭を下げると、カーネリアンは驚いたように目を見開いた。


 鳩が豆鉄砲を喰らった顔とは、きっとこう言う顔なんだろう。


 そして、ほんの少し眉を上げ、真っ直ぐに私の目を射抜くような視線を向けてきた。


 声を潜め、中性的な容貌に似つかわしくない、ドスの効いた低音でゆっくりと言う。


「………()()()、誰だ?」


 その瞬間、ドクリと心臓が跳ね、背筋が凍る。


 え、え、それってどう言う意味だろう。


 今の私は、サフィラ・フォン・パパラチア。それ以上でもそれ以下でもないと思うんだけど……。


 どうしてそんなことを聞くんだろう。カーネリアンの質問の意図がわからなくて、困惑しながら答える。


「え、あの……サフィラ、ですけど……?」


 すると、一瞬の沈黙。


 カーネリアンは、何かを考えているように、目を細めてジッと私を見つめる。


 カーネリアンの鋭く、色の濃い朱い瞳が、私を捉えて離さない。彼の眼光に捉われた私は、まさに蛇に睨まれた蛙状態だ。


 ……私、何かマズイこと言った?


 それに、カーネリアン程の美少年にジッと見詰められるのはどうも落ち着かず、妙にそわそわする。


「えっと、あの……」


 と、おずおずと声を掛けようとすると、カーネリアンは突然ぷっと吹き出し、笑い声をあげる。


「あっははっ! 何て顔してんだよ!」


 その笑顔は、先程の身を切り裂いてきそうな鋭さとは打って変わり、イタズラが成功した子どものように(いとけな)いものだった。


「まあ、〝神聖〟を失ってから様子がおかしいとは聞いてはいたけどな。……いいぜ、そういうことにしといてやるよ」


「え、神聖……って、それ、どういう――」


「お嬢様~! 参りますわよ~~!」


 割って入って来たアメリアの呼びかけに、私の声が遮られる。


「おっと、メイドさんがお呼びだ。じゃあな、サフィラ。……また、会おうぜ」


 会おうぜ、と言った声に鋭さを感じたのは気のせいだろうか。


 カーネリアンはウィンクをしては、まるで舞台の幕が下りるように、ひらひらと手を振ってその場を立ち去っていった。


 ポツンと残された私は、


「神聖ってなによ、それ……」


 そう、独りごちてはアメリアの待つ馬車へと向かった。




    *****




 カーネリアン・フォン・カルブンクルスは、黄昏に染まる庭園の東屋に佇んでいた。


 馬車の車輪が遠ざかる音が、花々の間を滑る風にかき消されていく。


 その姿を遠目に見送りながら、彼は小さく鼻を鳴らした。


「ハッ、サフィラですけど? ……だってさ」


 くく、と喉の奥で笑いが漏れる。


 あの無表情で人形みたいだったサフィラが、あんな顔をするだなんて。


(あの()()()が、ねぇ……)


 彼は、今日の一日の彼女のことを思い返していた。


 神聖を失ってから、ずっと姿を現さなかった彼女が今日の茶会に出席すると聞いて、面白半分に様子を見にきたカーネリアン。


 ――声を掛けたのに、無視されたあの瞬間。初めはいつもの無礼だと思った。


 だが彼女の様子がおかしいことに気付き、こっそりと後を追っていたのだ。


 物陰から覗いた先に見えたのは、冷たい地下の空気の中で、器用に鍵を開けたり、突然泣きじゃくったり、……必死にルベルを助けようとする〝サフィラ〟の姿だった。


 眉尻を下げ、申し訳なさそうに「ごめんなさい」と言ったあの時の顔。


 あの顔を見た瞬間、確かに彼の中の違和感は確信に変わった。


 目の前にいた彼女の姿は、間違いなくサフィラだった。だが、彼の知っている彼女ではない。


 ――けれど。


「……まあ、悪くはないな」


 濃朱の瞳が、黄昏た日差しに反射してわずかに輝く。


「さぁて。面白くなってきた、……かもな」


 風が吹く。その黒い長髪が、(ほのお)のように揺れた。







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