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その聖女、前世は魔女と呼ばれた殺し屋でした  作者: 蟹三昧
第1章

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第9話 その殺し屋、神聖がないらしい ②




 扉が勢いよく開かれた。その時だ。


「お嬢様!!!!」


 目の前に飛び込んできたのは――黒いメイド服の女性。アメリアだった。


 高く、そして落ち着いた声が、地下の空気を切り裂いた。


「アメリア!? どうしてここ……むぐっ」


 アメリアは私が質問を言い終わる前に、駆け寄り私のことを優しく抱き寄せる。


「あぁ、よくぞご無事で! 本当によかったですわ。……あら? どうしてこんなにお顔と御髪(おぐし)とお召し物がぐしゃぐしゃに……?」


「えっ!? あーー、そ、それは……えーーーーっと、その……転んじゃった?」


 私が目を逸らしながらごまかすと、アメリアは一瞬だけ眉をひそめたあと、すっと微笑みを浮かべる。


「まぁ、それはそれは……とても激しく、転ばれたのですね」


 あっ、これは絶対信じていないやつだ……!


 部屋が暗くて、眼鏡の奥がよく見えないけど、これは絶対に目が笑っていない。


 アメリアは口元の笑みを崩さぬまま、ざっと辺りを見渡す。


「あら? これは、困りましたわ。こんなに大きな〝お片付け〟が必要なものが残されているだなんて」


 そう言って視線を向けたのは、床に気絶している私が倒した賊の男だった。


 次の瞬間、彼女はすっとスカートの裾を持ち上げ、無駄のない動きで男の側へと歩み寄る。


 そして、


「……失礼いたします」


 あくまで優雅に、まるで洗濯物でも取り込むような自然さで、その巨体をひょいと(かか)()げた。


「えっ」「……うそ」


 私とルベルの口から、揃って驚きの声が漏れる。


 だってこの人、どう見ても細身のメイドさんなのに!? そんな大男を持ち上げるような筋肉なんてどこにも見当たらないのに!?


 動揺のあまり、ルベルとお互いに顔を見合わせるが、当の本人はなんともない様子だ。


 まるで毛布でも抱えているかのように軽やかに男を担ぎ直すと、くるりとこちらを振り返った。


「では、お二人とも。地上でお待ちの、ヘリオドール騎士団長様のもとへ参りましょう。……お足元にお気をつけて」





 アメリアが気絶した賊を軽々と担ぎ上げ、私たちは暗い石造りの階段を上っていく。


 足音が反響するたびに、静かだった地下が遠ざかっていくようで、どこかほっとした気持ちになった。


 王宮内へ続く扉を開けると、そこには屈強な騎士達の姿と、先ほどの賊の仲間と思わしき男達が拘束されていた。


 そして、そこの中心に見覚えのある男性の姿がある。


 彼の名は、ヘリオドール・フォン・ベリロス卿。この王宮騎士団の騎士団長である。


 〈カナ∽クォ〉には六人のメインキャラクターとは他に、ユニットキャラクターと呼ばれる、仲間ではあるけど個別のストーリーがない、サブキャラクターが多く存在する。


 ヘリオドール卿は、数多く存在するユニットキャラクターのひとりで、ルベルの武芸の師匠であり、ゲームではこのたびの件で彼の命を助けた、その人だ。


 精悍(せいかん)な顔付きに、逞しい肉体。


 その名の通り、ヘリオドール――太陽のように眩いゴールドの瞳が何とも印象的なカッコいい叔父様だ。


 ヘリオドール卿に関しては、ユニット性能が優れていることもあり、前世のゲームでは大変お世話になった人物でもある。


 この世界に来てから初めましての筈なのに、凄く懐かしい。


「ルベル殿下! そしてサフィラ様、ご無事で何よりです」


 私たちに気付いたヘリオドール卿は、(うやうや)しく礼をする。


 私はルベルの隣でぺこりと会釈(えしゃく)したが、その時、ふと疑問が浮かぶ。


「そういえば……ねぇ、アメリア。どうして私たちが、あの地下にいるって分かったの?」


 先程騎士達に賊の男を引き渡してきたアメリアは、微笑を浮かべたまま、何か言いかけたが、


「―――あら、いらっしゃいましたわ」


 彼女の視線の先に、騎士と何やら言葉を交わしている細身の影があった。


 浅黒い褐色の肌に、濡鴉(ぬれがらす)を思わせる艶やかな黒髪。しなやかな体躯と整った横顔に、一瞬、少女かと見紛ったが――


(ううん、違う。ルベルと出会った時点で、覚悟はしていたけど……)


 私が確信したと同時に、〝彼〟はゆっくりとこちらを振り向いた。振り向くと同時に、その豊かな長髪が揺れ、宙を撫でる。


 そして、釣り上がったフレームの中にある瞳が、朱く煌めいた。


 まるで、血の玉髄(ぎょくずい)――朱色の瑪瑙(めのう)を彷彿とさせるその瞳は、瞬くたびに光を宿し、黒く長い睫毛が微かに震える。


 その一瞬の仕草ですら品高く、彼が持つエキゾチックな魅力をいっそう引き立てていた。


 そう。彼こそが、クォーツラント王国の第二王子。


 そして〈アルカナ∽クォーツ〉の、もうひとりのメインヒーロー。〈黒王子〉こと、カーネリアン・フォン・カルブンクルス、その人だ。


(うっっっわああああ!!!! カーネリアンだ!!!! どうしよう! 美し過ぎる……)


 カーネリアンはルベルの母親違いの兄で、年齢も一歳年上だ。


 ルベルよりは大人びた印象ではあるが、まだ幼さの残る輪郭や、あどけなさを宿した瞳。その、中性的な美しさに、思わず息を呑んでしまう。


 けれど、その余裕たっぷりな立ち姿は、ゲーム本編で見た十九歳の彼の姿を思わせる気位と風格が漂っていた。


 その圧倒的な美貌に見とれていると、少年――カーネリアンは真っ直ぐこちらへ歩いてきて、ルベルの前で足を止めた。


 ルベルと、カーネリアン。ふたりが向き合う。


(ッッッッッッッッッッ!!!!!)


 その瞬間、私の瞳孔は大きく見開いた。


 ――〈アルカナ∽クォーツ〉のメインヒーローのふたりが。物語の展開を左右する、あのふたりが。私の、目の前に、居る……!?


 視界が、胸が、震えが止まらない。


 何度ゲームを周回しても、誰と共に行くか悩み、選ぶ度、胸が苦しくてたまらなかった。


 そんな彼らが、今、私の前に、実在している。


「ルベル! 無事だったか? ……全く、ヒヤヒヤさせやがって」


「カル!」


 ――〝カル〟


 ルベルがそう呼んだ時、頭の中がショワショワしだした。


 作中で唯一、ルベルだけが呼ぶカーネリアンの愛称。


 ダメだ。色々と思い出してしまって、もう泣きそう。いや、もう泣いている。心の中で号泣だ。


 その尊さのあまり、打ちひしがれる私。


「カルが団長達を呼んでくれたの?」


 隣でルベルが首を傾けて尋ねると、カーネリアンはほんの一瞬だけ私を見つめた。


「……ああ、そうだ。お前が無事で良かったぜ」


 そう言って頷き、猫のような目を細める。


 ルベルの肩を軽く叩くその仕草は、自然体でいい意味で、気安さがあった。


(……あれ? 今、睨まれてなかった? いや、まさか。でも、なんか刺さるような視線だったような)


 ルベルとカーネリアンの絡みの尊さに、爆散しそうな程夢中ではあったけど、私は見逃さなかったぞ。


 確かにゲーム中のカーネリアンとサフィラって、一緒に居ることが多い割に険悪な雰囲気ではあったけど、この頃からそうだったのだろうか。


 私が困惑して考え込んでいると、アメリアがふわりと歩み寄り、柔らかな声で告げた。


「お嬢様、帰りの馬車のご用意が整っております」


「え、帰っちゃうの?」


 思わず反射で問い返すがアメリアは、


「ええ。先程の事件によりお茶会はとっくに中止になりましたので。……それに、公爵令嬢であるお嬢様を、いつまでもこのようなお姿で王宮内に置いておく訳には参りませんわ」


 とにこやかな微笑を浮かべたまま、淡々と正論を述べる。


(うっ。それは、その通り……!)


 アメリアのごもっとも過ぎる言葉がぐさっと心に刺さる。私は返す言葉もなく、小さく肩を落とす。しょうがない、帰ることにしよう。




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