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病弱な妹、ですか……  作者: 章槻雅希


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2/3

中編

 フィリッポが待たされている間に侯爵夫妻はフィリッポについて呆れつつ、今後の相談をしていた。


 そろそろフィリッポの不出来を理由に婚約を白紙に戻す予定でいた。元々現在は仮婚約に近い状態なのだ。デビュタントまで様子を見て正式な婚約とするかどうかを判断することになっていたのである。


 当然、それはアキッリ伯爵家にも伝えてあるのだが、アキッリ伯爵家では何故かデルフィーナがフィリッポに想いを寄せているが故に婚約が結ばれたと誤解している。


 実際のところは派閥の兼ね合いと年齢、更に高位貴族の命題である血を薄めることを目的として選ばれた婚約者だった。高位貴族は近しい家と婚姻を繰り返したため、子が出来にくく育ちにくくなっている。チェレステが病弱なのもそのせいだ。とはいえ、チェレステも成長と共に健康になり社交界デビューする成人時には健康に問題はなくなるだろうという医師の見立てである。子作りにも影響はないとお墨付きも得ている。


「ふむ……能力不足による婚約の白紙ではなく、フィリッポ有責の婚約破棄になるかもしれないな」


 父である侯爵エマヌエーレは言う。元々侯爵家の運営に邪魔にならないようにある程度愚かな男を選んではいたのだ。ある程度の常識と作法はありつつも実務能力は乏しい、種馬としての役目が果たせれば十分。ついでに嫁入りではなく婿入り可能な次男以下。未成年男性の社交場での評判を聞き選んだのがフィリッポだった。しかし予想以上に愚かだったことから、現在は婚約の白紙化に向けて準備を進めていた。


「ええ……チェレステが面白がっているようですし。本当にあの子は姉のデルフィーナが大好きですからねぇ」


 夫の言葉にセレーネは苦笑する。


 夫妻は実は別の貴族令息とデルフィーナの婚約を考えていたのだが、その場合デルフィーナが嫁入りとなるためチェレステが大反対をしたのだ。そのため、デルフィーナは16歳になるまで婚約者がおらず、結局フィリッポが婚約者となったのである。大反対したころのチェレステはまだ幼く、その分体も弱かったため、両親もデルフィーナもチェレステの我儘を受け入れ、デルフィーナは嫁入りではなく婿を迎えて分家を興すことを決めたのだ。


 しかし、成長したチェレステは大好きな姉に自分の我儘のせいで阿呆な婚約者が宛がわれてしまったことを悔いている。そして両親が姉の夫にと望んだ人物が実は姉のことを想っていて未だに婚約者を持っていないことも知っている。既に彼は成人しているのだが、『将来の公爵夫人を見極める』と未だに婚約者を決めていないのだ。だから、チェレステは過去の己の行いを猛省し、頭の足りないフィリッポの画策に乗ってやろうと企んでいた。








 フィリッポが待たされることにイライラして当初の目的を忘れ帰ろうかと思い始めたころ、漸く彼はチェレステの元へと案内された。部屋に通され、ベッドに上半身を起こして出迎えたチェレステは儚げな様子ながらも愛らしい笑みでフィリッポを出迎えた。


 ベッドの上のチェレステは姉とは違った魅力がある。まだ14歳で何処か幼さとあどけなさがあり、フィリッポの庇護欲と所有欲をそそった。初夏だというのに首まで覆う柔らかな素材の白のネグリジェは一層チェレステの儚い美貌を強調しているかのようだ。


「アキッリ伯爵令息、お見舞いありがとうございます」


 チェレステはか細い声で礼を述べる。そのチェレステの声はフィリッポには意外なものだった。チェレステの容貌であればその声は鈴を転がすような軽やかなものだろうと思っていたが、意外に低く掠れている。風邪でも引いて喉が嗄れ声が掠れているのかもしれない。


「ああ、伯爵令息など他人行儀な。我々は家族になるのだから、どうかフィリッポと呼んでほしい」


 フィリッポは己が尤も格好良く美しく見えると思い込んでいる笑みを浮かべてチェレステに優しく告げる。確かに、同年代の貴族のなかではフィリッポはそれなりに見目が良い。同年代一の美青年とは言わないが、上位10指には入る。この笑みを見せれば世間知らずの令嬢などイチコロだろう。そんなふうに内心でフィリッポは北叟笑む。その目論見通り、チェレステは恥ずかしそうに、けれど嬉しそうに微笑んだ。


 それからは話が弾んだ。意外にもチェレステはフィリッポの未成年男性貴族の社交に興味を示した。狩りや乗馬、カードゲームの話を聞きたがった。余程自分に興味があるのだろうとフィリッポは手応えを感じていた。


 その後二人の楽しい時間はチェレステが咳きこみ従僕に止められるまで続いた。


「フィリッポ様、またお話を聞かせてくださいね」


 潤んだ目でそうチェレステにねだられ、フィリッポは自分の計画の成功を確信した。──チェレステも同様の手ごたえを感じていることには微塵も気づいてはいなかったが。


 このとき、本来ならばフィリッポは不審に思わねばならなかった。婚約者もいない年若い令嬢の寝室に、姉の婚約者とはいえ赤の他人の異性が招かれた異常さを。従僕がいるとはいえ、扉を閉ざした密室に二人でいることの異常さを。そして、令嬢の側仕えが異性であるはずの従僕である意味を。


 その異常さに気付けば、彼は自分が嵌められたことに気付けたはずだった。しかし、愚かな彼はそれに全く気付かず、己の計画が順調に進み始めたのだと勘違いをしてしまったのだ。








 初回の見舞い以降、フィリッポは頻繁にチェレステの元を訪れた。デルフィーナとのお茶会も当主補佐補佐教育も適当に切り上げ──チェレステがフィリッポと話したいと願っていると使用人が呼びに来てデルフィーナや教師に不審がられることなく切り上げられた──チェレステとの逢瀬を重ねた。侯爵家に訪れる予定のない日でもフィリッポはチェレステに会うために出向いていた。それを咎められないことに微塵も不審を持たずに。


 チェレステはフィリッポの訪問を喜び、時に潤んだ瞳でフィリッポを見つめ、時に熱のこもった視線で見つめ、或いは切なげな瞳を向ける。そして2か月も経過するころには『フィリッポ様は姉様の婚約者ですのに……』と切なげに或いは苦し気に溜息をつくようになった。


(よし、これでいい。チェレステは俺に落ちた!)


 フィリッポはそう確信を持った。


「チェレステ……私はデルフィーナとの婚約を解消しようと思う。私は自分の心を偽れない。私の……俺の心にいるのはチェ」


「まぁ……フィリッポ様。いけないことだと解ってはおりますけれど、嬉しゅうございます。でも、その先は仰らないで。姉様との婚約を終わらせてから仰ってくださいまし」


 潤んだ瞳で見つめられたフィリッポは勝利を確信した。これで俺は将来の侯爵になれる。当主代理として侯爵家の実権を握り、病弱なチェレステから侯爵位を譲り受けるんだ。そうフィリッポは思った。


 そして、フィリッポはデルフィーナの許へと向かった。チェレステは流石に寝間着では部屋を出ることは出来ないからと遅れて行くことになった。


 そうして、フィリッポの人生は己の計画とは全く異なる道を進むことになるのであった。


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