64 モンスター
下の階から慌てて走ってくる男がいた。同時に叫び声も段々とこちらに近づいてきる。皆が逃げているように感じられた。
「モ、モンスターだ!! モンスターが襲って!!」
男が携帯を取り出して操作する。
「は? そんな警報は出てないぞ?」
「でも!! 本当にモ……があああ!!」
そこで、目の前で男は狼の影に食べられた。
「う、うわああああ!!!」
フロアの人間が一斉に叫んだ。怯えた形相の女が近くの棒を掴み狼に殴りかかる。狼が液体のようにはじけ飛んだ。
「な、なによ。焦らせないで……よ、弱いじゃない……」
しかし、誰もそれを喜ばない。すぐに影が集まり元の形に戻ったからだ。それだけではない、数が増えていた。
「そ、そんな!!」
「なに数を増やしてんだよこの役立たずがぁ!!」
「はぁービビッてたやつに言われたくないわよ!!」
そこで、天井の影から狼がニュルリと現れる。間髪入れずに飛びき、女の腕に噛みついた。
「きゃあああああ!! た、助けて!! 火須男!!」
「はぁ……はぁ……はぁ」
名を呼ばれた彼は呼吸を大きくするだけで動こうとしない。
「痛い!! いだいぃっ!! し、死んじゃう!! 早くこいつを引き離してっていってるのォ!!」
「そんな事したら。ふ、増えるかもしれないだろ。それに今の数だったら狼の方が一匹すくねェ……」
狼と戦う仲間が震えた声を出す。
「火須男さん? なにを言って……うぎゃああああ!!!」
火須男はナイフで仲間の太ももを切ると彼等を囮に外へ逃げ出す。
なんとか外へと脱出出来た男。建物内から絶叫が響き渡っていた。特に自分の彼女の憎悪の眼、苦しむ声が鮮明に思い浮かぶ。
「へっ。俺がいれば。組織は再生できるからな!! 悪く思うなよ!!」
その場から離れようと全力で外を走った。逃げている途中、スタミナがなくなり足がもつれて転んでしまう。それに気が付かないほどに必死だった。
起き上がろうとした際、どこからともなく声をかけられた。
「よぉ……大丈夫か。手を貸してやろうか?」
声のする方へ恐る恐る振り向いた。
「お、お前は……あの時の……っ。ま、まさかお前がやったのかァ!!!?」
影の狼や梟が夜空の周りにいた。しかし、そのモンスターたちは彼に襲い掛かることはない。その不自然を火須男は即理解した。
「うわああああ!!! くるな!! わ、分かってるのか。これは!!」
「言わなくて良い」
「……っ。な、なにが目的だっ。あ、あの獣人か? や、やつにはっ俺はなにもしてねェ。俺はまったく傷つけてねェぞォ。俺は仲間を止めたんだ。それよりも。は、早くあの獣人を安全な所に連れて帰ってやんなよ!! も、もういいだろッ!? 気が済んだだろ!!」
「……」
「お、怒ってるのか? わ、悪かった。謝るよ!! お、お前を殴ったことも謝る。一回殴っていいからさ。それに金ならいくらでも出す!! 俺これでもすげー儲けてるんだぜ!! へへへ!!」
「怒る? もしそうなら日が暮れた時点でお前は死んでいる」
「じゃ!! じゃあなぜ!! 怒ってないなら見逃してくれても!!」
「お前と同じだよ」
「……? な、なにを……」
「ただの好奇心だ。鳴き叫ぶ姿がみたい」
その時、夜空は怪しげな笑みをみせた。
「果たしてお前は人間のように鳴くのか。それとも猫のように鳴くのか。実に興味深い……」
「……ひ、ひぃ!! い、嫌だ!! 俺は悪くない!! あいつらが勝手にやったんだ!!」
「だから怒ってないと言っているのに。そうだ。理不尽の中にもチャンスはあるものだ。俺から逃げ切れればお前の勝ちだ……一分くらいは待ってやるよ」
夜空の影から蛇や蝙蝠も作られた。数が際限なく増えていく。それは襲い掛かってくることはない。
特殊な影たち。狼は臭覚に。梟は視覚。蝙蝠は聴覚。蛇は温度、さらに魔力を感じることができるといった役割に別れていた。そして、その情報はお互いに共有できる。これから逃げ切るのは至難の業。
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