二十九話 01 みかじめ料
ゴルトン商店が新装開店して10日ほど立ったある日の昼下がり。
店は嵐の様な客足は落ち着いたけど、相変わらず好調が続いている。
俺ことテルト・リバースも店の手伝いから開放されていた。
体が鈍らないように空き倉庫で軽く運動でもしようっと。
「テルト、相談があります」
「あれ? プリシナが店に来るなんて珍しい。相談って何?」
1階に降りたところばったりとプリシナと出くわす。
珍しく神妙な顔のプリシナだ。
「もし仮に……仮にですよ? 私に好きな人が出来たとして、その人の気を引く為にはどうすれば良いでしょう?」
「……悪いけど用事があるんだ。そういった話は俺じゃなくて他にしてくれ」
なんでその話を俺に相談しようと思った?
俺がその手の相談に答えられるモテ男に見えるか?
見た目はともかく中身は相変わらずポンコツな聖女だな。
「駄目です……答えてくれるまで行かせません」
「なっ、なんでだよ」
「良いから答えて下さい!」
「そんなの人によるとしか……」
そして面倒くさい。
誰が誰を好きになるのも、どこを好きになるのもそれぞれだろ。
俺に聞くな俺に。
「仮の話です。そもそも私には心が無いので人を好きになったりしません。不特定多数の男性を対象でお願いします」
「不特定多数ねぇ……」
椅子に座って考えようとするとプリシナの巨大な胸が目に入る。
随分立派なもんで。
「その……オッパイだな」
「オッパイ……胸ですか?」
「そうだ。どんな男もオッパイの魅力には勝てない、例え貧乳好きだとしても巨乳を見てしまう。それほど強力な力を持っているんだ」
「確かに。私の信奉者達も良く私の胸を見ていた気がします。……それでオッパイをどうすれば良いんですか⁉」
そりゃそうだろう。
別に信奉者に下心がある訳じゃない。
これは男の性だ。
「……そのオッパイで殴るんだよ。そうすればどんな男もコロっと落ちる筈だ」
適当に脳死でプリシナに答えてしまった。
そもそもそんな方法知らないからな。
俺なんかにに恋愛相談してきたプリシナが悪い。
「なるほど! 思い切ってテルトに相談してみて良かったです!」
「どういたしまして。じゃ……」
オッパイで殴るって言った俺も意味不明だと思うけど。
納得してくれたか。
良かった良かった。
これで開放される。
「待って下さい。早速試してみましょう」
「……? 試すって? 何を……?」
脳死状態が続いてる俺にはプリシナが何を言ってるかわからない。
目の前のプリシナが俺の顔にオッパイをズズイと近付けて来る。
俺は本能のままに凝視するしか無い。
突然プリシナが上半身をよじらせる。
なんだ?
「はいっ!」
バシィーーーーン!
「ぐへっ!」
プリシナが腰を逆に捻って文字通り俺の顔をオッパイで殴った────
痛いから! 違うから! 例えだから!
そういう意味で殴るって言ったんじゃないから!
「どうですかテルト、コロっと落ちそうになりましたか?」
「……いや別の意味でコロっと落ちそうだ!」
今の光景を何も知らない地球人が見たら羨ましいと思うだろう。
しかしこの世界には《レベル補正》というのがある。
肉体や筋力が自然状態で強化される現象だ。
そしてプリシナは俺より高レベルである。
そのオッパイは鋼の様に固く、その腕力はゴリラと化していた。
それはもはや頭蓋骨粉砕兵器だ────
「あと少しで落ちるんですね!」
「待て! プリシナやめ……!」
「それっ!」
バキィーーーーン!
「ぶへっ」
「……どうですかテルト、落ちましたか?」
「はび……おじまひだ…………」
俺は椅子から転げ落ち、地べたに這いつくばる。
良かった幸い首は繋がっていた。
カチャ……
「ただいま……って、ちょっと! 何やってんのよあんた達! って……聖女さま⁉」
丁度いいタイミングでアミーネが裏口から帰って来た。
「少々恋愛についてのレクチャーを……。では私はこれで失礼します」
「はっ、はぁ……」
「たっ助かった……」
どこか満足した顔でプリシナが立ち去って行った。
俺は赤く腫れた頬をさすりながら立ち上がる。
一体俺は何をしてしまったんだ。
「テルト……何やってんのよ。エナって彼女がありながらさ」
「えっ? いや別にエナは彼女って訳じゃないよ」
「えっ? そうなの? じゃあまさかあのプリシナ様と⁉」
「なわけ無いだろ。エナもプリシナも冒険者のただ仲間だよ」
なんか誤解してるなアミーネは。
エナと俺は別にそんな関係じゃ無い。勿論プリシナとも違う。
「ただの仲間……ねぇ、じゃあ……私は?」
「アミーネは……家族かな?」
「えっ?」
「シャロンが妹アミーネは姉って感じ」
強いて言えばね。
シャロンみたいな妹は欲しいと思う。
まあ実際にはあんな可愛い妹なんて存在しないんだろうけど。
でもアミーネくらいの姉なら普通に居そうだな。
「あっ……そう……。じゃあエナは?」
「エナは……そうだな……」
アミーネが少しむくれた顔で聞いて来る。
エナはなんだろうか。
「……テルトあんたの国ではどうか知らないけどね。この国じゃ告白は男の方からするもんだ」
「そりゃ、俺の国でもそうだよ」
……いや、そうでもないか。
最近はジェンダーやらなんやらでそういった価値観は古いよな。
「エナみたいな可愛くていい子に恥かかせんじゃないよ」
「……分かってるって。じゃ俺出かける」
余計なお世話だ。
実際に姉が居たらこんなにお節介すのかな?
でも、もし選ぶなら俺はする方を選びたいとは思っている。
「私また営業に行かなきゃ!」
アミーネはまた裏口から出ていった。
俺は倉庫に近い店の入口へ向かう。
「おう儲かってるようじゃねぇかゴルトン」
「これはゲイルさん。いつもお世話になっています」
俺が今の扉を開けようとすると、ゴルトンが誰かと話をしてるのが聞こえた。
客が居るなら少し待とうかと思って扉を数センチ開けて覗き込む。
ゴルトンの立つ会計カウンターの前に、ゲイルと呼ばれた少し腹が出てる恰幅のいい男がやって来た。
少しして同じ様な格好の2人別の男も入ってくる。
「これ今月の分の上がりです」
ゴルトンはゲイルにカウンター下から取り出した分厚い封筒を手渡す。
あれはお金か?
「……その事だけどな。今月からお前の所の上がりは2倍になった」
「えっ!」
ゲイルの言葉にゴルトンは困惑している。
これってもしかしてみかじめ料ってやつじゃ無いか?
「酒や食料まで手を出して、随分あこぎな商売して反感を買ってるらしいじゃねぇか」
それって……もしかして!
俺が……俺が食料品や酒まで売ろうって提案したからか‼
「そっ、そんなゲイルさん! あこぎだなんて……」
「こっちとしてもそう言った声を抑え込むのに大変なんでな」
「ほら早く出せ!」
「はいっ! 今すぐに……」
ゲイルの手下らしい男が恫喝すると、ゴルトンが慌てて封筒の中に新たな金貨を数枚入れゲイルに手渡す。
その姿は痛々しいほど惨めだった。
「……じゃあ。また来月頼むぜゴルトン」
「はっ……はい……」
ゲイルは満足した顔で店を後にした。
俺はゴルトンに平静な顔をして近付く。
「ゴルトンさん今のは?」
「テルトか、いやお前にゃ関係ねぇよ」
「いいから」
まだ痛々しい顔のゴルトンに俺はそっけなく近寄った。
もしかしたらこの世界に疎い俺の知らない理由で勘違いかもしれない。
一応確認しておこう。
「……こういった客商売してると、変な客に因縁付けられる事もある。そういったイザって時に守ってくれる用心棒だよ」
「やっぱりな」
そういった名目で金を巻き上げてるだけだろ。
ヤクザやマフィアと言った存在がこの世界にあったって不思議は無い。
人の世は何処だって似た様なものになる筈だ。
「なんだ知ってたのか」
「どれくらい取られたの?」
「そうだな……儲けの半分くらいになるかな」
「そんなに?」
それは流石に金の事に疎い俺から見ても取られすぎじゃ無いのか?
「いやまあ仕方ねぇのさ、何を売るか事前に根回しするのが遅れた俺が悪い」
「……そうだね」
いや違う俺のせいだ。
何も知らない素人の俺が口出ししたせいだ。
「少し体動かしに出かけてくる」
「テルト……?」
これは俺が始めた事だ。
俺の手でケリを付ける。
◇◇◇
俺は急いでゲイル達を追いかけた。
姿は見失っていたけど幸い特徴のある姿だったので、軽い聞き込みをすれば暗くなる頃には居場所を特定出来た。
一見特徴の無い普通の民家風の建物だ。
何とかゴルトンやアミーネに迷惑がかからない様に話を付けてみせる。
「ゲイルさん有難うございした」
中には先客が居て何か話をしていた。
少し様子を伺おう。
「まあ任せな、来月には3倍の額ゴルトンから搾り取ってやる」
「そしてゆくゆくは……」
「ああ。店に火を放つなり強盗に荒らさせてゴルトンを追い出すさ」
……何だって⁉
みかじめ料を上げるどころか最初からゴルトンの店を潰す気だったのかよ!
「お願いしますゲイルさん」
「いいって事よ。新参者から古参のお前らを守るのは当然だ。それでボールド?」
「はい。これはゲイルさんのお手を煩わせてしまったお詫びです、お納め下さい」
「おう、あとの事はこのゲイルに任せな」
そういう事か。
ゴルトンの店が盛況になった事で割を食った連中がマフィアを使って潰そうとしてたわけだ。
でも結局原因を作ってしまったのは俺だそれは変わらない。
俺がこの手で解決しなきゃいけない。
…………ゾゾ…………
まただ……心がざわつき出す。
心が抑えられない。
「では失礼します」
バタンッ
俺は隠れて店から出た依頼主のボールド達をやり過ごす。
あの人達をどうこうしたって意味ないしな。
バタンッ
店の中に入るとそこにはゲイルの他に8人程の男がいた。
俺は相手のレベルを見る事は出来ないけど、何となく感じる事は出来る。
これなら俺1人で問題なく倒せる。
「どうしたボールド、忘れ物か?」
「……おいガキ。ここはファミリーの関係者以外立ち入り禁止だぜ、帰んな」
俺が建物の中に入ってすぐゲイル以外の全員が俺の方を向く。
俺がボールドではない事を確認して2人ほど立ち上がって近付いてくる。
……こんな方法しか俺には思いつかなかった。
トンッ! バキッ! ドカッ! ゴツッ! ガシャーン!
1人目はみぞおちに蹴り、2人目は顔面に拳を叩き込んで2人共吹っ飛んだ。
話し合いから始めようとしてもどうせ相手にされないだろう。
まずは力でねじ伏せる!
「って、テメェ! こんな事して……」
メキッ!
「かはっ」
残る6人全員が立ち上がる。
助かるね。
立っていてくれた方が叩きのめしやすい!
ドサッ…… ドサッドサッ……!
取り敢えずゲイル以外は静かになってもらった。
マフィアだかヤクザだか知らないけどこんなものだ。
基準が《陽炎の迷宮》の魔物相手で申し訳ないけど。
「なっ、なんだこのガキ……、何が狙いだ! 他のファミリーのヒットマンか⁉」
「ゴルトン一家に手を出すな……そうすれば見逃してやる」
ゲイルの腕を捻りって後ろに立ちながら、俺なりの『説得』を開始する。
「何? ゴルトンだと? そうかゴルトンが用心棒でも雇ったか!」
「もしゴルトンの店に何かしたら唯じゃおかない」
まあこんなんじゃ絶対納得しないのは分かってる。
でもどうせどんな態度を取ったって無駄なのは同じだ。
この問答は様式的なものだ。
「舐めるなガキが! たとえお前がどんなに強くても、俺にここで何をしてもファミリーに手を出したら終わりだ! お前もゴルトンの店もな!」
「やっぱりそうか……、ならお前のボスの所に案内しろ」
ゲイルより上のボスがいるなら、そっちを説得する方が良い。
「ふざけるな誰が……!」
……ボキッ!
「ぎやぁああああああぁぁぁぁーーーーっ‼」
取り敢えずゲイルの小指からへし折った。
ゴルトンの店を襲おうと計画した時点でやったも同じ事。
俺は容赦する気がさらさらない。
「言っとくけど俺はお前を生かす気は無い。今ここで死ぬか、ボスの元に案内してから死ぬか選べ。…………勿論ファミリーの為に今ここで死ぬのを選ぶよな?」
半分本気の脅迫をした。
今の俺は悪人くらいなら殺す事に躊躇しない。
さあどうする?
ここで俺に殺されるか。
それともボスの元に案内して仲間に助けて貰う事に賭けるか。
ボキッ!
「ぐあぁあっ‼ わっ……わかった! 案内する! 案内するから!」
薬指を折った所でゲイルの心も折れた。
半分本気の脅しはやっぱり効果があったようだ。
勿論マフィアのボスだ。
相当な手練を用心棒として雇っていたりするかも知れない。
こんな事無謀だって分かってる。
けどゴルトンとアミーネに手を出させる訳には行かない。
2人は俺にとって今や第二の家族なんだ。
…………ゾゾゾゾ…………
俺はまた、暴走し始めた────




