ニ話 02 蝕む影雲
コントロ村に来て3日目の昼過ぎ。
今日は草刈りの手伝いだ。
コォー…… コォーー……
頭の上から何かの鳴き声が響き渡る。
見上げると2匹の鳥が弧を描いて飛んでいた。
「くそっ《ラズバード》か、今年もエコの実を食い荒らしに来やがった」
「困ったねぇ、腕のいい猟師か魔術師を雇わないと」
「また足元見られて高い金払うのか? 働いても働いても全然稼ぎが増えぇよ」
仕事仲間の2人のおじさんが空の上を睨みながら悪態を付いている。
「《ラズバード》ってどんな鳥なんですか?」
「憎たらしいくらい賢い鳥だよ、待ち伏や罠も簡単に見破られちまう」
「崖の上に巣を作るから、退治も難しくてな」
「へぇ」
日本にもカラスって厄介な鳥がいたっけ。似た様なもんかな?
【ミッション「《ラズバード》を撃退せよ」を開始しますか?】
条件、コントロ村のエコの実を食い荒らす《ラズバード》を撃退する。制限時間3日。
注釈、倒す必要なし。
報酬スキル、《砂塵の掴手》
【はい/いいえ/詳細】
またミッションが発生した。
俺は草刈りの手伝いの後で村の東側の崖の前やって来た。
ここに《ラズバード》の巣があるらしい。
【《砂塵の掴手》】
タイプ移動、消費SP1、約30秒。
砂の様な崩れる場所でも手や足で強く掴む事が出来る。
水は掴めない。
【閉じる】
さっそく試用期間中のスキルを使ってみるか。
ピトッ…… パシッ……パシッ……
俺の手が取っ掛かりの無い岩の壁にもしっかりと吸い付いた。
凄い、凄いぞこれ! 本当に何でも掴める!
「ヒィ……ヒィ……」
……だけど崖を登るのは俺自身の体力だった。
筋力アップスキルが欲しい。疲れないスキルでも何でも良いけど。
「あった」
普段使わない筋肉の悲鳴を聞きながら登り切ると、不自然なほどの木の枝の塊が見えた。
崖の下からは見え難いけど横からだと丸分かりだ。
程なく2匹の《ラズバード》が巣に戻って来た。
(《劈く雷迅》! 《劈く雷迅》!)
バチッ! バチッ!
雷撃を食らった2匹の《ラズバード》は崖下に落ちていく。
鳥に雷撃が効くのは本当らしい。
「ガミュ……ガミュッ……!」
崖下に降りるとまたあの《シャルク》が《ラズバード》の死骸を口に加えて遊んでいた。
「またお前か。まあこの間は助かったしその鳥はお前にやるよ」
「ニミャア!」
声をかけると《シャルク》は俺を一瞥して村の方に駆けて行った。
なんだよあいつ。
クラッ……
急に疲れが襲って少しふらつく。
崖の登り降りで予想以上に体力を使ったみたいだ。
【ミッション「《ラズバード》を撃退せよ」達成】
【スキル「《砂塵の掴手》」を取得しました】
【閉じる】
ともあれミッションコンプリート!
◇◇◇
コントロ村に来て4日目の正午前。
今日の仕事は肥料作りの手伝いだ。
「ありゃ《ガラムシ》の抜け殻がある。かなり新しいぞ」
「まいったなぁ、今から除虫薬を仕入れても間に合わんぞ」
昨日とは別の仕事仲間の2人のおじさんが、枯れ葉の山の裏側を見ながら顔をしかめる。
興味をそそられ俺も覗くと20センチくらいの大きさの虫の抜け殻が10数個ほどあった。
密集していて気持ち悪い、集合体恐怖症になりそう。
「《ガラムシ》?」
「土の中を掘って作物を食い漁る虫だよ。俺も見るのは数年ぶりだ」
「後で村長に相談だな」
【ミッション「《ガラムシ》を駆除せよ」を開始しますか?】
条件、コントロ村の畑を荒らす《ガラムシ》を撃退する。制限時間3日。
注釈、12匹以上を駆除する。
報酬スキル、《泡沫の灯火》
【はい/いいえ/詳細】
またまたミッションが発生した。
同日の深夜。
肥料置き場の近くの暗い森の中。
「《泡沫の灯火》」
ボオッ……
【《泡沫の灯火》】
タイプ魔法、消費SP1
数秒間だけ小さな火を作る事が出来る。
着火などに使われる最低級の魔法、火力は殆ど無い。
【閉じる】
俺は試用期間中のスキルで松明に火を付けると辺りに温かなオレンジ色の光が広がった。
【《ガラムシ》】
ガラゲラの幼虫、春に肥えた土を食べて夏に成虫になる。
畑を荒らす大型の害虫。一部地域で食用にされている。
【閉じる/詳細】
《ガラムシ》の抜け殻に《動物鑑定》が使えた。
肥料の側に抜け殻があったのは発酵した熱に集まっていたんだろう。納得だ。
【《ガラムシ》/詳細/駆除方法】
毒草のカブラ菜を畑の肥料に撒くのが一般的。
温かい土を好む性質を利用し、火を焚いて地面を温める集める方法もある。
《ガラムシ》の死骸は、生きた《ガラムシ》を遠ざける匂いを出す。
【閉じる】
何ヵ所かに枯れ葉を集め火を付ける事にした。
勿論山火事にならないように注意して。
「どれくらいで来るかな」
まだ肥料のある場所の近くに居るかな?
1日じゃ終わらないかもしれないな。
モソモソモソモソ……
どうやら杞憂だったようだ。
気持ち悪い音と共に近くの地面が盛り上がる。
それも数ヵ所も。
「そぉーー……」
俺はこっそり拝借してきた農具を振り上げる!
「りゃ!」
ザシュグシャ!
振り下ろし地面に突き刺すと気持ち悪い感触が手に伝わる。
土の中で良かった。できれば見たくない。
ザシュグシャ! ザシュグシャ! ザシュグシャ!
【ミッション「《ガラムシ》を駆除せよ」達成】
【スキル「《泡沫の灯火》」を取得しました】
【閉じる】
ミッションコンプリート!
最初こそ順調に駆除が進んだけど徐々に《ガラムシ》が寄ってくる頻度は下がって、結局ミッションを終えるのに2時間ほどかかった。
いや、それでも思ってたより早く終わったけど。
それよりも今回も無事に誰にも見られてないぞ‼
最初こそネルミネに見られてしまったけどやっと調子出てきたな。うんうん。
クラッ……
「あっ……」
突然の強い目眩に俺は膝を打ってしまった。
少し無理をしすぎたかな。早く火を消そて寝ようっと。
ギラリッ……!
森の奥で怪しい光が2つ光る。
野獣か? 魔物とかもありえる!
体がこわばる。
2つの目は俺の方に近付いて来た。
火を消す前で良かった。夜目ではこちらの分が悪い。
「ミニャア」
焚き火の光りに照らされて《シャルク》が姿を現す。
「なんだ……またお前かよ」
と思ったら《シャルク》は直後に森の中に戻っていった。
お前は何をしに来たんだ。
何だかどっと疲れた。
早く帰って寝よう。
◇◇◇
コントロ村に来て5日目。
俺はドーラの家で朝食を終えて食器を畳んでいた。
「テルト顔色が悪いけど大丈夫かい?」
ミッションで殆ど眠れてなかったから疲れが顔に出てたんだと思う。
ドーラが心配そうな顔で声をかけてくれた。
「昨日なかなか寝付けなくて。少し疲れが溜まってるかも」
「なら今日は無理しない方が良いね。なーに仕事は逃げやしないよ」
「ありがとうございます」
ドーラが明るい顔で俺の背中を2回ほど軽く叩いて元気付けてくれる。
「トリス爺さんに顔でも見せに戻ったらどうだい?」
「そうします」
気分転換も兼ねて少し村を散歩でもしようか。
面白いものなんて無さそうな村だけど。
何か気晴らしになる事でも起こらないかな。
「それと今日は雲行きが怪しいから、あまり遠くには行かないほうが良いよ」
「分かりました」
玄関を出て軽く空を見上げると確かに薄暗い雲が立ち込めていた。