ニ話 01 ネズミ退治
セラスール地方に連なる丘の中腹にぽつりと豪華な館が建っていた。
館の中は窓が小さめで朝の日差しが遠く薄暗い。
その中に眩しいほどの輝きを放つ存在があった。
水の様に青く透き通るショートヘアに境界線が見えないほど白い肌、純白の衣を身に纏った少女。
少女が寝台に腰掛けて足元に目を向けた。
「おはようシャロン」
シャロンと呼ばれた白い毛並みの生き物が少女の足に頬ずりする。
この世界では《シャルク》と呼ばれ魔術師の使い魔としてそこそこ有名な生き物だ。
「《静寂の光》」
少女が唱えると近くにあった魔石のランプに光が灯り部屋を明るく照らす。
そしてシャロンを抱きかかえ優しく撫でる。
「シャロン、今日もまた私の代わりに見てきてくれる?」
「ミニャァ」
「ありがとうシャロン」
シャロンは少女の膝から飛び降りると部屋のドアをすり抜けて消えていった。
「私は外に、出ちゃいけないから……」
そう呟いた少女の顔はどこか寂しそうな嬉しそうな複雑な顔をした。
◇◇◇
俺こと裏瑪照斗はトリス爺さんの畑の前でミッション『《グチヴォルペ》を撃退せよ』の報酬スキルを確認していた。
【《隠密の呼吸》】
タイプ隠密、消費SP1、効果時間約1時間30分。
呼吸音や衣擦れの音を抑える事ができる。
足音や会話等、一定以上の大きさの音は抑えられない。
【閉じる】
効果はあまり強くないけど低SPで効果時間も十分だし使い所はありそうかな?
今後のミッション次第か。
「《グチ》追い払ってくれたんだ」
「わっ!」
背中からが声がして俺は一瞬心臓が停止しかけた。
振り向くとネルミネが少し屈みながら耳の上の髪をかき分けていた。
薄着の間から見える胸元の谷間についつい目が行ってしまう。
「ネルミネいつからそこに?」
「今来たとこ」
俺が胸元を見ていたのに気付いてネルミネは目を細めて笑った。
いや、これはその……男の本能だから! 仕方ないから!
「さっきのは遠くから見てたけど」
「そっ、そうなんだ」
しまった。俺の誰にも見られない縛りは早速失敗してしまった。
もっと慎重に行動するべきだったな。
「言ってくれれば私も手伝ったのに」
「あーいや。散歩でたまたま通り掛かったら《グチ》が居てさ」
「ふーん、たまたま半刻も畑の前を散歩してたんだ?」
「うぐっ……」
思ったより前から見られてたらしい。
「ふふふっ」
ネルミネは美人ではないけど素朴さをにじませた可愛さと愛嬌がある。
さて何を話そうか。
異世界の知識ほぼないから話題が見つからない。
「テルトはこれからどうするの?」
「お金まったく持ってないから、何か簡単な仕事を探してみるつもり」
本当は仕事なんてしたくないんだけど。
この村を出るにもある程度の手持ちがどうしても必要だ。
ズルして稼ぐ方法も考えてみたけど俺の貧相な脳ミソじゃ窃盗くらいしか思い付かない、犯罪行為に手を出す勇気が無くて諦めた。
「こんな村に出稼ぎに来たの? 仕事は、まああると思うけど稼げないわよ」
「いや、実は道に迷ったと言うか。色々あってさ」
あまり嘘はつきたくないから適当にはぐらかそう。
人生の道に迷って転生して来ましたなんて言えない。
「手伝ってあげようか?」
「あーっ、うん。いや、嬉しいけど1人でやってみる。ありがとう」
仕事だけならネルミネの手助けは欲しいけど、ミッションが発生した時に一緒に居られると困る事があるかも知れない。
「そっか。じゃ一緒に家に帰ろ?」
ムギュ
「ネッ、ネルミネ⁉」
「んふふっ」
そう言うとネルミネは俺の腕を回して胸を押し当ててきた。
もっ、もしかして俺に気があるとか?
いや誂われてるんだろうけど、それでも俺は照れてどぎまぎしてしまう。
◇◇◇
トリス爺さんの家で朝食を済ませた後、俺は村の中心地にやって来た。
村はかなり広くて一軒一軒が数100メートルくらい離れてたりする。
やっぱり車や電車とか文明の力は偉大だと実感した。
村の中心地はそれなりに家屋が密集していて小さな店もちらほら、今いるのはその中でも一番大きな建物の前。
「すみません、ドーラさんですか?」
「そうだけど、どちらさま?」
中に入ると恰幅のいい中年女性がカウンターから俺の方を見る。
茶色の髪を頭の上の方で玉のように結び人当たりの良さそうな顔をしている。
「トリス爺さんの紹介で来ました、何か仕事をしたいんですけど」
「ああっ、そりゃ助かるね。力は無さそうだけど人手はいくら有っても助かるよ」
トリス爺さんとはどんな関係かとかどんな仕事ができるかとか。
報酬の話はお金の価値が分からないので適当に話を合わせる。
話の後に大きな倉庫に案内されるとそこに2人の男がいた。
「ノッキス、トリス爺さんの紹介でこの子が手伝いに来てくれたよ」
「おー助かるよ、名前は?」
「テルトです」
ノッキスは腕の太い中年の栗色の短髪が渋い男だ。
俺は印象が悪くならないように愛想よく笑いながら挨拶をした。
「早めに終わらせたい早速取り掛かるぞ。フルードお前は倉庫の奥から荷を持って来い」
「はーい」
フルードは目が隠れるくらいの栗色の髪で俺より2歳くらい年上に見える。
生返事して倉庫の奥へ向かって行った。
ノッキスが外の荷台の方に向かうので俺も付いて行く。
「俺が荷袋を持ってくるからテルトは隙間なく並べてくれ」
「分かりました」
「少し叩いて、なるべく隙間を作らないようにな」
「はい」
力が無さそうな俺に気を使って一番楽な仕事を回してくれたのかな。
とはいえ日本でヌクヌク育った俺にはこれでも重労働なわけで明日は筋肉痛かも。
数時間後、俺の疲れた顔を見てノッキスが休憩を取ってくれた。
「親父、袋が4つくらい食い破られてたぜ」
「また《グムース》か?」
休息の為に戻って来たフルードが困った顔でノッキスに報告した。
「近くに落ちてたフンの形から多分」
「くそっ、この季節になると何時も来やがる」
「《グムース》って何ですか?」
「《グムース》は《グムース》だろ? 知らないのか?」
あっまずい。
どうやら《グチ》と違って《グムース》はこの世界でかなりポピュラーな動物だったらしい。迂闊だったかな。
まごまごしてるとノッキスが呆れた顔をしながらも説明してくれた。
「これくらいの大きさで、何でも噛みちぎってくる害獣だよ」
話を聞いたところ《グムース》はこの世界での《ネズミ》のような存在らしい。
【ミッション「《グムース》を撃退せよ」を開始しますか?】
条件、コントロ村の畑を荒らす《グムース》を撃退する。制限時間3日。
注釈、倒す必要なし。
報酬スキル、《隠密の歩行》
【はい/いいえ/詳細】
ミッションが発生した。
◇◇◇
翌日の早朝。
俺は倉庫で身を潜めていた。
《グチ》と違って《グムース》は小さくて素早いらしいから《劈く雷迅》を上手く当てられるか不安だな。
「殺した方がいいよなぁ」
それとネズミに似てる場合は脅したくらいじゃ無駄な気がする。
繁殖力も高いだろうし。
ミッションには撃退だけで良いって書いてあったけど、ノッキス達の為にも次にまた同じ被害があったら意味がない。
別に信念で不殺を貫きたい訳じゃ無い。仕方ないな。
【《隠密の歩行》】
タイプ隠密、消費SP1、効果時間約1分。
歩く足音を隠す事ができる、歩く限りなら大きめの音も隠せる。
走ると無効になる。
【閉じる】
それにこの報酬スキルの《隠密の歩行》は《隠密の呼吸》と同じ隠密シリーズだから是非とも揃えたい。《グムース》共よ我が欲望の犠牲となれ!
トストストストスッ
「キキキッ」
素早い足音と小さく甲高い鳴き声がする。来た!
姿は見えない。音のする方に忍び寄る。
この《隠密の歩行》スキルがなかったら気取られて逃げられてたかも。
荷袋の角から覗き込むと、3匹の小動物が群れながら床や荷袋の匂いを嗅いで回っていた。
あれが《グムース》か。
(《劈く雷迅》!)
バチッ!
手を向け放った雷撃が一番近くの《グムース》にヒットして音もなく倒れた。
声に出すと逃げられる可能性があるから無言でスキルを使ったけど、それでも小動物には致命的な威力だ。
よし、他の2匹が驚いて逃げ出す前に次だ!
(《劈く雷迅》!)
バチッ!
2匹目にもクリーンヒット! 転生してから運動神経も上がった気がする!
「キキッ」
3匹目にも素早く手の平を向けたけど音に驚いて逃げ出した。
まずい! 動いてる小動物には流石に反応しきれない!
3匹中2匹の撃退でミッション達成になるかな?
無理かも知れないし追いかけよう!
ドダドタドタッ!
しまった!
《隠密の歩行》は走る音には適応されない。
足音が響いてしまった。
でも走らなければとても追い付けないし、これは初のミッション失敗かも!
「キキーッ!」
ダメ元で追い駆けると《グムース》の悲鳴が小さく響く。
なんだと思って荷袋の角から顔を覗かせると、そこには《グムース》を口に咥えた《シャルク》が居た。
見覚えがある白いく長い毛並みは間違いなく俺が森で助けた奴だ。
「びっくりした、お前この村に住んでたのか?」
「ニミャア!」
《シャルク》が返事をするように鳴き声をあげると、開いた口から《グムース》が逃げる。
あっ、バカお前!
(《劈く雷迅》!)
バチッ!
間に合った!
弱っていたのか少し動きが鈍っていてなんとか当てる事が出来た。
【チュートリアルミッション「《グムース》を撃退せよ」達成】
【スキル「《隠密の歩行》」を取得しました】
【閉じる】
「よしっ! お前のお陰で達成だ。ありがとな」
頭を撫でてやろうと屈むと《シャルク》はスタスタとまた何処かに行ってしまった。
まいっか。
今回は誰にも見られずにミッションコンプリートできたし!




