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ニ話 03 存在の承認

 時刻は正午前。

 俺はコントロ村のほぼ開店休業状態の小さな薬屋に来ていた。

 少し熱っぽかったので便利な薬とかあるかと思って見に来たんだけど、あまり期待できそうにない。


 店の中に入ると様々な薬草が混ざった不思議な匂いがする。


「風邪薬ねぇ、病状は?」

「少し熱っぽいのと、たまに立ち眩みが」


 薬屋の店員は顔中がシワだらけの腰の曲がったお婆さんだ。

 少し開いていた薬棚を叩いて閉じてカウンターに座った。


「普通の風邪だね。それくらいなら薬より精の付くもん食って寝てれば治るよ」

「はぁ」

「町と違ってこの村じゃ風邪くらいで薬は使わないからね」


 店員のお婆さんはケタケタ笑いながらそう言った。

 そういえば俺は町育ちのお坊ちゃんに見られてるらしい。


「一瞬で傷を治したり解毒できる薬とかって無い?」

「ポーションかい? 冗談じゃない。そんな高級品がこんな村にあるもんかい」


 おっ、やっぱり存在はしてるんだ。

 ゲームと違って無いかもと思ってた。


「ポーションってどれくらいの値段なの?」

「さぁねぇ。粗悪品でも銀貨1枚はするって聞くし、高級品なら金貨1枚くらいだね」

「そんなに?」

「解毒ポーションの質の良いのはそれくらいするって聞くね」


 正確な価値はまだ分かってないけど、銀貨1枚が1万円、金貨1枚が10万円くらいだと思う。


 でも日本にポーションが実在していたらそれくらいの値段でも不思議はないか。


「ありがとう、お婆さん」

「また何かあったら、いらっしゃい」


 俺は薬屋を出てトリス爺さんの家に向かう。

 ドーラさんを紹介してくれたお礼を言わなきゃな。

 それとネルミネの顔もちょっと見てみたいし。


 …………なんだか歩く度に道がゆらゆら揺れる。

 軽く歩いてるだけなのに動悸が激しくなる。


 突然の目眩と急激な吐き気……うっ!


「オエッ、ウォエエエッ!」


 俺は道の端に寄って今朝食べたドーラの料理を吐き出す。

 背筋に悪寒が鋭く走る。


「ハァ……ハァ……これやべぇかも……」


 食い物を吐いたのなんて何年ぶりだろう。

 こんなに気分が悪いのも何年ぶりだろう。

 いや、ここまで酷いのは初めてだ。


 真っ直ぐ立ってられない。

 膝を突きながら吐き気が収まるまで待った。食道がヒリヒリと痛い。


「何かまずい病気になったか?」


 どうしよう。

 薬屋に戻るかドーラの家に戻って横になって休むか。



【チュートリアルミッション「存在承認」を開始しますか?】

条件、この異世界の人間に心から必要と思われる。制限時間一生

注釈1、報酬スキルはこのミッションの達成時に取得する。

注釈2、死亡予定時刻明日午後4時、疫病の進行状況により変化。

注釈3、対象との接触により回復速度が上昇する。

報酬スキル、《疫病抗体(えきびょうこうたい)

【はい/YES】



 ミッション発生か。

 なんだ……このミッションは。


 『制限時間一生』で『死亡予定時刻明日午後4時』だって?

 どうやら今俺は不治の疫病にでもかかってるらしい。


 『この異世界の人間に心から必要と思われる』?

 ごめん意味が分からない。


「まじで、なんなんだよ!」


 ようするに《疫病抗体(えきびょうこうたい)》を取得できなければ俺は死ぬって事だろう。


 『はい』を押す以外に選択肢はない。

 


【《疫病抗体(えきびょうこうたい)》】

タイプ身体、消費SP6

疫病になると強制的に発動し、体内に抗体備わる。

細菌、ウィルスが適応範囲。



 念の為にスキルを確認してみた。


 魔法で回復するんじゃなくて抗体が作られるだけか。

 ならあまり遅れるとミッションを達成しても手遅れになるかもしれない。

 タイムリミットは1日よりも少し短いかもな。


「ミニャァ」


 いつの間にか足元にいつもの《シャルク》がちょこんと座っていた。


「悪いな、今お前と遊んでやる時間が無いんだ」 


 俺はフラフラと立ち上がってドーラのある家を目指した。


 この世界に来て一番長くいたのがドーラだ。

 色々な話をしたり家事を手伝ったりもした。

 俺の事を『心から必要』と思われる可能性が一番高い筈だ。


「この世界の人間から、心から必要と思われるってどういう事だよ。あやふや過ぎる……でも、出来なきゃ、俺は死ぬ」


 不安を打ち消すように俺は歩く足に力を込めた。




◇◇◇




 午後を少し過ぎた頃。

 俺はドーラの家の前に戻って来ていた。


 歩きながらどうすれば良いか色々考えた。

 直接『俺の事を必要だと思って下さい!』なんて言ったらどうだろうか?

 呆れられるよな。まるでセンスの無い告白だ。

 それで『貴方が必要なの!』とはならないだろう。

 なったら別の意味で困る。


 ともかく会話をしながら考えよう。

 話の流れで何とかなるかもしれない。


 玄関を開けようとするとドーラと誰かの話し声が聞こえて来た。


「あっはっはは、そりゃ残念だったね」

「もう笑い事じゃないよドーラさん。あたしが儲かればアンタにも金が回るってのにさ」

「そうガメついから相手さんにも逃げられるのさ。金の汚さがにじみ出てるよあんた」

「あらそう? 上手く隠せてると思ったのだけど」

「あっはっはっ」


 ドーラがお客と何やら世間話で談笑している。

 今は入るのはタイミングが悪いかも。少し待った方がいいな。


「ところでドーラさんの所の居候、いつまで居るんだい?」

「ああテルトの事かい? さあねぇ、まだまだ居着く感じだね」


 俺の話題に切り替わった様だ。

 自分がどう思われてるか気になるな。


「この時期の忙しい仕事も、そろそろ終わる頃だろう?」

「まあ、何とか見繕うさ、トリス爺さんの紹介だからね」

「こんな田舎だから困った時はお互い様だもの。それにあの年でこんな辺鄙な村に来るんだ、何か事情があるんだろうさ」

「大変だねぇ、あんたも」


 ……そんな……。


「まあ食い物は何とか工面するさ、少しくらいは蓄えもあるさね」


 会話の内容を理解して俺はたまらず家から後ずさって離れた。


 なんてこった……バカだ俺は。全然考えてなかった。

 トリス爺さんの家でも俺に気を使って豪華な食事を出してくれていたのは感じていた。

 ドーラも同じだったんだ。


 見て分かるだろ。この村はそれほど裕福じゃない。日本と違うんだ。


 俺の事を必要だと思ってくれだって?

 むしろ俺の存在は負担だったんだ。


「くそっ、どうすりゃ良いんだよ」


 涙が出そうだ。いや少し出た。指で拭った。手のひらで両目を覆う。


 もうドーラには頼めない。


 俺の足は無意識にトリス爺さんの家に向かった。


 行ってどうする? トリス爺さんの家だって同じ様なものだ。

 結局俺はこの村のお客様なんだ。


 でも他に頼れる所がない。

 他の村人とも仕事をしたけど大した話はしていない。


 この世界に来てまだ5日目だぞ?

 それで誰かに『心から必要と思われる』なんて無理だろ。

 そんな深い関係をこんな短期間で作れるかよ。

 誰だよこんなミッション作ったバカは。


 はぁ……足が重いし肩も上がらない。


カツッ……


「!」


……ドサッ!


 俺は道のくぼみに足を取られて転んでしまった。

 顔が地面に当たってひんやりする。

 でもすぐに起き上がれないし……このまま少し休むか。


「テルト!」


 何処かで聞いた声。

 ……そうだこれはネルミネの声だ。

 ネルミネが何か言いながら駆け寄って来るのを地面の振動から感じる。


 俺は少しだけ、希望が見えた気がした────

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