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十ニ話 03 穴四つ

 戦いを終えた俺は呪陣の中のエナの元にゆっくり歩み寄る。


「テルト! 大丈夫?」

「大丈夫、もう終わったよ」


 エナが震える手で杖を持ちながら駆け寄ってきた。


サッ……


「あっ……」


 俺は右手でエナの左手にそっと触れた。


「ちゃんと呪いも解けてる」

「……本当だ!」


 一瞬強張った表情をしたエナの顔が笑顔になった。

 それを見て俺はそっと手を離す。


「ミュニャ!」


 シャロンも駆け寄ってきた。

 お疲れだったなシャロン最後助かったよ。


「全部……知ってたんですね」

「まあ、声覚えてたしね」

「黙ってるなんて、酷いです」

「いや、先に黙ってたのはエナの方だし」


 そう俺はエナに合わせて知らない振りしてただけ。悪くない。

 エナは少しもじもじしている。


「だって、恥ずかしかったし……」

「いや、あれは俺の方が恥ずかしいと思うだけど……」

「んふふっ」


 エナが頬を赤らめながらはにかむように笑う。

 いや可愛いんだけど。


「なっ、なんだよ」

「何でも無いです!」


 特に理由は無いけど、なんだかエナに見られると恥ずかしくなる。


「あの……エナ。あの時はありがとう。お陰で助かった」

「……はい。私も、ありがとうテルト、呪いを解いてくれて」

「ああ……」


 本当は最初にお礼を言いたかった。

 ちょっと遅れたけど、やっと言えた。


「そうだエナ! 今すぐこの町を出よう!」

「えっ? 今すぐ?」

「そう、さっきリベットが言ってただろ、ハイルム男爵が暗殺者を雇ったって」

「そう言えば、そんな事言ってましたっけ?」


 えーっ、聞いてなかったの?


「暗殺者が何人いるか分からないけど、俺だけじゃまず守りきれない。急いで逃げないと」


 エナは全く危機感の無い顔をしてる。


 暗殺者だよ? 怖くないの?

 この世界の暗殺者がどんなものか知らないけどそれなりに手強いはずだ。


「はい。あっ、でもどこに?」

「取り敢えずはこの町を出発してからだけど、エナさえ良ければ王都に行きたいと思ってる」


 何処でも良いなら王都が良い。

 エナがもっと安全な所を知っていればそこを優先しよう。


「はい、そこで構いません」

「とにかく急いで準備だ!」

「ミュニャ!」


 俺とエナは疲れていたけど大急ぎで荷物をまとめ町の入口に預けている馬車の元へ向かった。




◇◇◇




 セラスール市内のハイルム男爵家の邸宅。


 この日はハイルム男爵も休日だったので家族揃って昼食をしていた。


「リベットどうかしたの?」

「さっきまで何をしていたかどうしても思い出せなくて。何か大事な事があった気がするのだけど……」

「まあ、疲れでも溜まっていたのかしら? ゆっくり休みなさい」

「はい、お母様」


 少し浮かない顔をしているリベットを心配してミーラが声をかけた。

 リベットは先程の《魔神人形(まじんにんぎょう)》としての戦いの事を覚えていなかった。


「それに貴方も、顔色がよくありませんわよ?」

「うむ。なんだか急に気分が悪くなって来たようだ」


 ハイルム男爵が苦しそうに衣装の胸元を緩める。


ゾワゾワゾワゾワッ…………!


「ぐっ……!」

「貴方!」

「お父様!」


 ハイルム男爵の首元に赤黒いアザが出来てうごめいた。

 ミーラとリベットがそれを見て瞬時に青ざめる。


「それは《魍魎の疫災(ダイオロス・カタラ)》の疫病!」

「なんだって!?」

「エナ! エナよ!」


 真っ先にリベットが原因に気付いて椅子から立ち上がる。


「もしやこの家にエナが居るのか!?」


 この呪いはエナの持つ《魍魎の疫災(ダイオロス・カタラ)》である事はこの場の全員が知っていた。


「くそっ! 私に復讐しに来たか‼ 家の中を探せ!」

「絶対に近くに居るはずよ!」


 使用人全員で男爵家の邸宅内のエナを探した。

 しかしエナはどこにも居ない。


「何故見つからないの? 一体どこに隠れて……」


 当然だった。エナはここには居ない。

 既にセラスール市内にすら居ない。


ゾワゾワゾワゾワッ…………!


「ぐあっ!」

「ベイクマン!」


 ついに《魍魎の疫災(ダイオロス・カタラ)》の呪いが執事のベイクマンにも発動した。


「くそっ、仕方ないこの家から離れるぞ!」

「それがいいわ、エナがどこに隠れていても家から離れれば呪いの効果は薄れるもの」

「よし! 西だ! 少し遠いが西の山にある別邸に向かうぞ!」

「わかりました!」


 他の使用人は暇を出し、男爵一家と執事のベイクマンは別邸へ向かう。


 その山道の途中。


「ハァ……ハァ……どういう事だ。全く呪いが収まらない……」

「お父様!」


 セラスールから離れてもハイルム男爵とベイクマンの呪いは弱まらない。


 それどころか強くなっていく。

 呪いのアザは全身に回っていた。


ゾワゾワゾワゾワッ…………!


「キャアァッ‼」

「お母様!」


 ミーラの腕にも赤黒いアザが浮かび蠢いていた。

 悲壮な顔で叫ぶミーラにリベットは駆け寄り背中をさする。


「そんな! 《魍魎の疫災(ダイオロス・カタラ)》の疫病は男にしか効果は無いはずなのに!」


 《魍魎の疫災(ダイオロス・カタラ)》の効果は変質していた。

 今や男も女も関係なくなっている。


「うっ! ぐぐぐ……がはっ!」

「お父様!」


ドサッ‼


 ハイルム男爵が血を吐きながら地面に倒れる。

 その音にリベットは顔を向ける。


「……げはっ!」

「ベイクマン!」


ドッ ガサッ‼


 続いて執事のベイクマンが喉を掻きむしりながら草むらへ倒れ込む。

 その音にリベットは顔を向ける。


「リベット……貴方だけでも……ぐふっ‼」

「お母様!」


ガクッ‼


 リベットは視線を戻しミーラの脈を測るが、脈を感じない。


「お母様ああああぁぁぁぁーーーーーー‼」


 リベットは悲鳴を上げる。


 ハイルム男爵もベイクマンもあれからピクリとも動かない。

 ……3人とも絶命していた。


「どうして! どうして! どうして! どうして! どうして! どうして! どうして! どうして!」


 リベットは目を見開き頭と顔を掻きむしりながら考える。

 呪いに一番詳しいのはリベットだ。


「こんな事絶対にありえない、絶対、絶対、絶対……絶対? まさか!」


 1つだけ可能性に思い当たった。


 リベットは上着のボタンを外し胸をはだける。

 その胸の白い肌には《核呪》刻まれていた。

 本来エナにあるはずの《核呪》が。


「……そんな」


 《核呪型》の呪いは解かれると呪いが呪者に跳ね返る。

 リベットはエナの呪いが既に解かれて居る事悟り全身から血の気が引いた。


「どうしてよ!」


 普段のリベットならばその可能性にもっと早く気付けていただろう。


 リベットはエナにもう1つ呪いをかけていた。

 《薔薇の縛冠ロサオリオ・ディアノイア》それは被呪者の思考を制限する呪いで、エナがこの地から逃れようと考える事を縛っていた。

 それもエナが自力で解呪済みでリベットに跳ね返っていたのだった。


 そして《薔薇の縛冠ロサオリオ・ディアノイア》の効果も変質していて、リベットの解呪いに関する記憶を縛っていた。


「許さない! エナお姉ちゃん! 私からお父様もお母様も大切な人全部奪って! 絶対に許さない!」


 リベットの本来なら美しい顔が怒りで醜く歪み狂気を放つ。


「殺してやる! もっと強い呪いを掛けて! エナお姉ちゃんの大事な物も全部殺してやる!」


ゾワゾワゾワゾワッ…………!


「……えっ?」


 リベットの胸の《核呪》から赤黒いアザが出来て邪悪にうごめきはじめる。


「嘘……そんな……嫌、嫌! 嫌! 嫌! 嫌! 嫌! 死にたくない! 死にたくない! 死にたくない! 死にたくない! 死にたくない!」


 変質した《魍魎の疫災(ダイオロス・カタラ)》の効果は被呪者も対象となっていた。


「いやぁああああああああぁぁぁぁぁぁーーーーーー‼」


 山中にリベットの最後の絶叫が鳴り響く────




◇◇◇




 俺とエナとシャロンはセラスールの入口の馬繋場で出立の準備をしていた。

 食料、野宿用の道具、使えそうな道具などを積み込んでいる。


「エナお嬢様」

「マリエール! どうしてここに?」

「あっ、いえ、その姿をお見かけしたので。お出かけですか?」


 マリエールがやって来た。

 まさかマリエールが暗殺者?

 なんて事は無いだろうし俺は準備を続ける。


「うん、これからテルトと一緒に王都に行くの」

「そうですか、呪いはもう大丈夫なんですか?」

「……うん、もう大丈夫!」

「そう、それは良かった」


 よしっ、準備完了!


「エナ、もう準備が終わったから。別れの挨拶が済んだら声かけてよ」

「あっ、いえ。最後に挨拶出来てよかった。エナお嬢様お元気で」

「うん。マリエールもこれまでありがとう」


 別れの挨拶を済ませてエナは馬車に乗り込む。


 俺の肩をトントンと指が叩くので振り向くとマリエールが頭を下げていた。


「エナお嬢様の事どうかよろしくおねがいします」

「……はい、わかりました」


 そう言って笑顔でマリエールは立ち去って行った。

 なんか少し様子がおかしい気もしたけど、まいっか。


「シャロン! お願い‼」

「うん!」


 既に御者台に乗ってるシャロンの横に俺は座った。


パシンッ! カッ、カッポ、カッポ、カッポ、カッポ…………


 シャロンの軽い縄捌きで馬車がゆっくり走り出す。


 少し時間が経ってから俺はセラスールの町を振り返る。


「テルト、どうかした?」

「うん。本当はさ、ハイルム男爵の家に行ってリベット達に『エナの呪いは解いてやったぞ! ざまぁ見ろ!』って言ってやりたかったなって思ってさ」


 解呪すれば呪いは呪者に跳ね返る。


 でも相手は呪術に長けたリベットだ。自分で作った呪いくらい自分でなんとか出来るだろう。

 エナだけが苦しみ損だ。


 何か1つくらいやり返してから町を出たかったけど今の俺にはその力が無い。


「なんでしないの?」

「……何ていうか俺は良いんだけど、エナにはそういうの見せたくないって言うか」

「そっかー」


 エナには俺の様に捻くれて欲しくない、誰かの不幸を願ってほしくない。

 そんな感じかな上手く言えないけど。


「テルト!」

「ん……?」

「ちゅ……」


 突然シャロンが俺を小声で呼ぶと、ほっぺにチューをしてきた。


「……シャロン?」

「ありがとうエナを笑顔にしてくれて!」

「……どういたしまして」


 シャロンがはにかんで笑う。

 シャロンも笑顔になって嬉しいよ。


「2人共さっきから何の話です?」

「ううん、何でも無いよ」

「内緒ー!」


 いいぞーシャロン。

 今の事は2人だけの秘密だ!


「なーんか、疎外感です……」


 エナが何か言ってるけど気にしない気にしない。


 何にしてもエナを助ける事が出来たんだ。それだけで十分だ。

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