八話 01 賞賛と勲章
ハーツゲッヘ伯爵邸の大ホールが驚きと興奮が入り混じり沸き立っていた。
俺ことテルト・リバースが騎士アレクレスに勝ってしまうとは誰も思って無かったから当然だろう。
その最中アレクレスが怒りに震えながら立ち上がる。
「まっ、まだだ! 今のは少し油断していただけだ! まだ勝負は終わっていない!」
「いいや、勝負は終わりじゃ」
アレクレスの言葉をハーツゲッヘ伯爵が制止する。
「伯爵ッ……しかし!!」
「この勝負はどちらが強いか決める為のものではない。皆の者今の戦いを見たであろう、レベル17のテルトがレベル38のアレクレスの膝を折らせたのだ。レベル26の盗賊を倒せたとして何の不思議がある!」
「確かに……伯爵様の仰る通りだ!」
「今の強さなら倒せていても不思議はない!」
伯爵の筋の通った理屈に観衆は納得するように頷く。
「しかし! 確かに盗賊を倒したのは私なのです。本当です! 伯爵はテルトが盗賊を倒す所を見たのですか!!」
でもアレクレスは必死の形相で食い下がる。
「……見てはおらん。だがアレクレスよ、盗賊が来るのは4の刻ではなく2の刻だったのじゃ」
「なに!?」
「テルトはお前に嘘の時刻を教えていた。お前に盗賊を止める事が出来る筈が無いのじゃ」
「バカな!」
アレクレスは伯爵が告げる衝撃の事実を聞いて、それが恐らく事実だと理解して顔面蒼白になり表情を歪ませる。
まさか俺が嘘を付くなんて思ってなかったのかな。それは嬉しいね。
「盗賊を足止めしていたのはテルト。お前じゃな?」
「……はい。そうです」
オオオオォォーー……
伯爵が全ての真相を観衆の前で暴露してしまった。
縛りの為だけに違いますとは流石に言えないよな。
「嘘だ! 嘘に決まってる! 何かの間違いだ!」
アレクレスがまだ事実を認められず観衆に向かって呼びかける。
「まだ続けますの? みっともない」
「素敵な方かと思っていたのに幻滅しましたわ」
「本当ねぇ、顔は良くてもおつむの方は悪いのかしら?」
「まだ恥の上塗りを続けるとは、まったく騎士の名折れだな」
「引き際を知らないとは惨めだな」
周囲の観衆がアレクレスに冷ややかな目線と言葉を浴びせた。
「もうよい! 下がれアレクレスよ!」
「くっ……くそおぉー!」
ワァアアアアアアァァァァーーーー…………!
伯爵の命令でアレクレスが兵士達に引きずり出される様にホールから追い出され、周囲から決着を決定づける歓声が湧き上がった。
「少し余興が長くなってしまいワシもすっかり腹が減った。さあ皆料理が冷めきる前に頂くとしよう!」
パンッパンッ!
伯爵が手を叩いたのを合図にホールでの華やかな宴がやっと始まった────
【シークレットミッション「拒否したミッションの条件を達成する」達成】
【スキル「《極念の心》」を取得しました】
【閉じる】
なんだこのミッション? まいっか。
宴が始まると俺は大勢の貴族や招待客に囲まれてしまった。
「お兄ちゃんさっきの凄かったね!」
「驚いたわ、まさか騎士様に勝ってしまうなんて!」
「それに盗賊まで倒してしまうなんて、素晴らしい勇気ですわ!」
パーティが始まると招待客や貴族からの賞賛の言葉が相次いだ。
「ねえ! 盗賊を倒した時の話を聞かせて!」
「それ! わたくしも聞きたいですわ!」
「えっと……それは……」
そんな同時に聞かれても答え切れないって。
「どこでそんな見事な武術を習ったんだい?」
「その若さで大した物だ、是非我が歩兵連隊に入隊しないか!」
続けて軍関係者らしき人達からの勧誘の嵐だ。
軍隊か……そこってダンジョンに行ける?
行けないよね。それに規律が厳しいのは俺は苦手だ。
「いや我が第三騎士団でその腕を活かすべきだ!」
「なっ、横取りは止めてもらおうか!」
「あっ、あのっ……」
断る暇も与えてくれないし俺を他所に言い争いを始める始末だ。
弱ったな。
「テルト様、伯爵閣下がお呼びです。別室でお待ちですのでお連れ様とご一緒にいらして下さい」
「あっ、はい!」
執事から呼び声が掛かってやっと俺は人集りの輪から抜け出す事ができた。
助かった。
「行こうシャロン」
「はいミャ!」
ご馳走にありつけてご満悦のシャロンと一緒に執事に付いて行った。
◇◇◇
大ホールから追い出されたアレクレスとビシターは客室へ逃げ帰って来た。
「アレクレス様、大丈夫ですか?」
「くそっ! 手柄どころか大恥だ! 父上に何と言えば!」
アレクレスは悲壮な顔をしながら頭をかきむしる。
「…………」
「俺のせいじゃない、俺は悪くない、俺は……そうだ、ハメられたんだ……!」
「……何か飲み物でも取って参ります」
アレクレスの醜態を見かねたビシターが部屋から出ようと背を向けた。
……ズシャリ……
「っ! かはっ」
ビシターの腹にアレクレスの剣が突き刺さり目を見開く。
「全てお前のせいだビシター……」
「……まさか、バレて……!」
苦悶の表情を浮かべたビジターが僅かに後ろのアレクレスの顔を振り返る。
「全て貴様が仕組んだ事。そういう事にする」
「そっ……ん……な…………」
ヒュッ ……ドサッ!
ビジターは目を上に向け床に倒れ込む。
盗賊団と通じていた事がバレていたわけではなく、アレクレスの下らない誰かへの言い訳の為にビシターは呆気なく殺された。
「あのガキもいつか、こうしてやる!」
アレクレスが狂気に満ちた顔で醜悪に笑う。
◇◇◇
執事さんに案内されて入ったのは目立たない小さめの部屋だった。
「失礼します」
「おおっ、来たか。大変じゃったろう?」
「はい、あの伯爵様……その姿は?」
目の前には居たのは先ほどの威厳あるハーツゲッヘ伯爵ではなく初めて会った時の物乞い姿の老人だった。
すごい本当に別人になってる。
姿を変えるスキルか、俺も欲しいなぁ!
「ほっほ。この姿の方が気楽に話せると思ってな」
「確かに気が楽かな」
「大丈夫じゃ、下がっておれ」
「はっ」
伯爵が執事と護衛を下がらせる。
「伯爵はどうして物乞いの格好なんかして町に?」
「…………少しテルトはワシを誤解してるかもしれんが、ワシは善人では無い」
「え?」
俺の素朴な質問に伯爵は神妙な顔で答えた。
「ワシは人からどう見られてるか。それが気になって気になってしょうが無くてのう」
「そんな」
「領民にどう思われてるか、それを知りたくてたまに変装して町に出ておったのじゃ」
伯爵は俺の中で名君って感じの印象だったけど謙遜で言ってるのかな。
「名主だと褒められたくて、領民にクジ引きをさせ、食事に招待しては点数稼ぎよ」
「でも、結果として良い事をしてるなら」
「本当にそう思っておるか? テルト」
「……はい」
やらない善よりやる偽善って考えに俺は賛成だ。
最終的にそれを利用して悪い事をしないのであればだけど。
まあそれも程度によるかな? 難しいな。
伯爵はひげを撫でながら上を見上げ少しして俺に向き直った。
「テルトは褒められるのが苦手か?」
「……それはまあ、得意では無いかな」
伯爵の言葉に俺は俺の事を見透かされた気がしてギクリとした。
「何故じゃ?」
「それは……褒められると、次も期待に答えなきゃいけない気がして」
「ふむ?」
「自分が本当にやりたい事が、ねじ曲がってしまうって言うか」
俺には褒められたいって気持ちと誘惑に振り回されない自信が無かった。
だから誰にも見られたくないんだ。
「なるほどのう、確かにそうかもしれん」
伯爵は深く頷く。
「テルトは色々頑張ってて偉い!」
シャロンが突然会話に割って入って来た。
伯爵も少し驚いてシャロンを見る。
「急にどうしたの? シャロン」
「テルトは褒められ慣れてないの! だからシャロンが褒めてあげる!」
「ありがとうシャロン。シャロンも偉いよ、盗賊団を退治できたのもシャロンのお陰だ」
俺は隣に座っていたシャロンの頭を撫でる。
「えへへー……あっ。テルトの気持ち、分かったー! なんだ褒められるとくすぐったい!」
「なら俺も、シャロンが慣れるよう褒めてあげるよ」
「うん!」
「ほっほ」
伯爵はしばらく目を細めて笑った後。
深く考えこんだ顔をする。
「しかし年端も行かぬ若者に気付かされる事があるとは、ワシもまだまだじゃな」
「いやそんな」
別に人に褒められる様にするのが悪いって言いたい訳じゃない。
俺の心が弱くてそれに支配されるのが怖いだけだ。
「……そんな未熟な老人から一言いいかの?」
「はい?」
「テルトよ褒められる事から逃げるのではなく受け止め。その上で変わらないように、強く在れば良いのではないかのう?」
「……はい、そうですね。難しいけどいつかそう成れれば」
「うむ」
ハーツゲッヘ伯爵の言葉に確かにそうだとは思う。
けれど俺がそこまで強くなれるのは大分先だろうな────
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