四話 02 ゴルトン商会
俺がアミーネに案内されたのは『ゴルトン商会』と書かれた看板の建物だ。
中に入るとそこは年季の入った作物倉庫だった。
シャロンが尻尾をふりながら鼻をクンクンさせて商品を嗅ぎ回りだす。
奥のテーブルでひげをモミアゲから顎まではやし、オデコから頭の後ろまでハゲたおっさんが帳簿整理をしている。
「親父ーっ、変なモン拾って来てやったよ」
「アミーネか。終わったら鑑定してやる……って、お客じゃねぇか」
おっさんがアミーネをチラリと見ると横にいた俺とシャロンに気付く。
顔はあまり似てないけど親子らしい。
「クンックンッ」
「シャロン、また勝手に食べちゃ駄目だからね」
「はーい」
シャロンが積み上げてある木箱の上をぴょんぴょん跳ねながら覗こうとしてる。
かわいい。もし妹が居たらこんな感じなのかな。
「道端で拾って来たの、何か仕事紹介してやってよ」
「あっ、お願いします」
「随分若いの連れてきたな、ちょっと待ちな」
おっさんが棚から別の帳簿のような物を取り出した。
「ここに名前を書いてくれ、字は書けるよな? 代筆しようか?」
「はい、大丈夫です」
テーブル滑らせて差し出されたのは何かの名簿だ。
俺はペンを受け取ってスキル《自動翻訳筆記》を使った。
カタカナが良いよな照斗はテルト。
裏瑪はウラメ……、テルト・ウラメか何かしっくりこないな。
「偽名でもバレやしないよ」
「アミーネ、余計な事を吹き込むな」
なるほど偽名にしとこっと。
裏からとってリバースでいいか。
逆って意味が俺のポリシーにもピッタリだ。
よし、『テルト・リバース』これがこの世界での俺の名前だ!
「テルトって言うのか、何か仕事に役立ちそうな特技はあるか?」
「えーと、ありません」
少し考えたけど仕事に役立つ様なスキルはまだ持ってないな。
「魔物退治の仕事あったらテルトに回してあげてよ」
「魔物? んなもん町中にいるわけねぇだろ」
「そいつ魔法使えるんだってさ、へっへっへ」
「ぐっ……」
アミーネがニヤニヤしながらからからかってくる。ムキー!
かわいくない。もし姉が居たらこんな感じなのかもな。
「知り合いの商店の荷運びがある。服屋だからそんなに重くは無いと思うが、いけるか?」
「それでお願いします!」
服なら軽いだろうし簡単そうだ。
俺が答えるとゴルトンはペンを取って紙に何かを書き始めた。
「そこの《シャルク》はどうする? ここで留守番するか?」
「シャロンもテルトと行く!」
「まあ躾けられてるようだし大丈夫か。ほれこれ紹介状」
「ありがとうございます」
ゴルトンは紙を振ってインクを乾かすと3つに折って俺に手渡す。
「場所はアミーネが教えてやれ」
「あいよ」
外に出ようとするとアミーネが急に立ち止まり、思い出したような顔で振り返る。
どうかした?
「そういやテルト、宿は取ってあるの?」
「いやまだ」
「親父ぃ! ここの部屋使える?」
「一晩20ルド、朝晩のメシ付きなら32ルドだ」
「どうする?」
少し考える。この国の通貨の種類と価値はこんな感じ。
屑銅文 1トセン = 1円
小銅文 5トセン
中銅文 10トセン
大銅文 50トセン
小銅銭 1ルド = 100円
中銅銭 5ルド
大銅銭 10ルド
銀銭 50ルド
銀貨 100ルド = 1万円
大銀貨 500ルド
金貨 1000ルド
大金貨 5000ルド
金棒 1万ルド =100万円
100トセン=1ルド。
大体100円が1ルドくらいだ。
確か一番安い宿で48ルドだったからここの方がお得ではある。
けどなぁ。
「宿にお風呂場ってある?」
「風呂? この町に風呂場がついてる宿屋は無いはずだ。うちにも無い。公衆浴場に行くしかねぇな」
確かに、外から見た限り宿屋に風呂場があるように見えなかった。
ならどっちでも一緒だな。
「ならメシ付きの方でお願いします」
「あいよ」
ここ1週間水タオルで拭く生活で限界だ。温かい湯に肩までつかりたい。
仕事の終わりが待ち遠しい。
◇◇◇
夕暮れ時。
ゴルトン商会の居間で仕事を終えた俺はぐったりと椅子にもたれ掛かっていた。
一体いつから服なら軽いと錯覚していた?
明日はきっとまた筋肉痛だ……。
「あらシャロンおかえり」
「ただいまアミーネ!」
アミーネが帰って来てテーブルに荷物を置くと、シャロンに駆け寄る。
「ほんと可愛いね。ねえシャロン、キスしてもいい?」
「うん!」
「うーん、チュッチュッ……」
「ちゅっちゅっ!」
アミーネがシャロンの両頬にキスするとシャロンも真似してお返しした。
眼福だったけど何やってんのよ。
アミーネはシャロンを気に入ってるみたい。
2人ともすっかり仲良しだ。
「テルトはお疲れのようね」
「もうダメ、うごきだぐない……」
アミーネがテイクアウトで買ってきた食べ物を並べて夕食の準備を始めた。
俺にはキスしてくれないの?
ふとゆらゆら揺れる影を見て光源を見上げる。
この世界に来てからずっと見慣れたランプだ。
「このランプってどうやって光ってるの?」
「そんな事もしらないの? テルトあんた冒険者になりたい魔法使いなんでしょ?」
「もちろん知ってる。でも今丁度ド忘れしてしまって、何でだっけ?」
アミーネが横目で俺を呆れた目で見るので、俺はとぼけた感じを装って聞く。
正直に知りませんって言うのが癪だ。
「信じらんない……これは魔石の力で光ってるのよ」
「魔石? それってもしかして魔物を倒すと手に入ったりする?」
「そうよ。冒険者がダンジョンに入って魔石を取って、売って稼ぐ」
当たり前だけど魔物を倒してお金が手に入るのはゲームの世界だけ。
現実では魔石を落とすってわけだ。
……いやいやそれもおかしいけど。
実際に魔石を落とす所を見てみたいな。
「いや、知ってたし」
「……嘘なんだかホントなんだか」
もちろん嘘でーす。
「ダンジョンってどんな所?」
「さあねぇ、陽炎のようにユラユラしてる所らしいけど」
「陽炎か」
「冒険者しか中には入れないから、冒険権はいまや大権益だし」
ダンジョンの事も何も知らなかったな。
冒険者組合で聞くつもりだったし。
「魔石の需要は急上昇中だからな。さあ晩飯にしようや」
近くで作業をしていたゴルトンが割って入って椅子に座り晩飯を催促する。
まあともかく今はメシだ!
◇◇◇
ゴルトン商会に世話になって6日が過ぎ。
俺はもうすっかり馴染んでいた。
今日は仕事の依頼が無いのでゴルトン商会の手伝いだ。
ちなみにおっさんの名前がゴルトン。
この世界では店名に自分の名前を使うのが一般的らしい。
代替わりの時に困らないのだろうか、看板屋が儲かりそう。
18歳になるまで待ってられないし別の方法でダンジョンに行く方法を見つけないととは思う。
でも先立つものはこの世界でもお金だ。
ある程度稼いでおかないと先に飢え死にしてしまう。
何か効率の良い稼ぎが無いかも考えてみた。
例えば俺の世界での発明をこの世界で作って売るとかだ。
でも何か作ろうにも技術とか設備とか知識が無いから無理だ。
自分でも呆れるくらい俺は俺の世界の事を知らなかった事に気付いた。
「クンクンッ……これ変な匂いがする! テルト嗅いでみて!」
「どれどれ? ……別になんの匂いもしないぞ?」
シャロンに促されて箱の中の小さな木の実を嗅いでみたけどなんの匂いもしない。俺の鼻がおかしいか?
「それは《アレセトの実》だな、《シャルク》にしか感じない匂いがあるらしい」
「へぇ、シャロンどんな匂い?」
「すっごい強い匂い! 遠くからでも分かるくらい!」
なるほどマタタビは猫を酔わせるって言うけどそれかな?
マタタビの匂いも知らないけど。
「ふぅん、ゴルトンさんこの《アレセトの実》幾つか貰っていい?」
「ん? そうだな傷付いてるの数個くらいなら」
「ありがと、瓶に入れとけば匂いも漏れないよな」
傷付いてるのと言われても面倒くさいな。適当に10個くらい貰っちゃえ。
俺は小さいけど厚くて上部な小瓶に《アレセトの実》を入れてコルクで栓を閉めた。コルクか知らないけど。
「ゴルトンさん、これはどこに運びましょうか?」
「おうトッチ、それは大事なもんだ俺が持っていく」
「落とさないようにね。高い物なんだから」
トッチと呼ばれた20歳くらいの男が小さい小包を持って店内に入って来た。
前からたまにこの店の手伝いをしている人らしい。
俺と違って住み込みじゃないけど。
ゴルトンが小包を受け取ると大事そうに抱えて2階に上がって行った。
「なんだろ」
「宝石細工だよ、それもかなりの高級品のね」
「宝石細工?」
「金持ち連中の間で流行ってる芸術品ってやつさ、何が良いんだか知らないけど高い値が付いてるの」
椅子で何やら頭を悩ませながら書物をしていたアミーネが答える。
商人修行ってやつだそうだ。
「金貨12枚で買い付けたらしい。信じられる?」
「そんなに?」
アミーネが小声で言ってきた。
金貨12枚は1万2000ルドだから……120万円くらいか。
確かに結構な金額だ。
「投機ってやつだね、値上がりしなきゃ儲けが出ない」
「ふーん」
投機ねぇ、正直お金の話はよく分からないな。
義務教育でも教わらなかったし。
◇◇◇
オロファン市に来て8日目の夕方。
俺は貰った給料を勘定していた。
「ひいふうみい……たったの200ルド。おかしい少なすぎる。これは中抜きされてるに違いない」
「おいおいテルト3日前に家賃半額にしてやったばかりだろ? 難癖はやめてくれ」
俺はゴルトンに2度目の値切り交渉バトル仕掛けた。
目標は家賃さらに半額……いやタダだ!
「いーや、それとこれとは別だ! ピンハネされてる! 不当労働だ!」
「バカいうなよ。給料は出先で直接お前が受け取ってるだろ?」
ゴルトンが呆れた顔でそっぽを向いた。
逃げる気だな? そういは行くか!
「金が貯まらないのは、テルトが毎日浴場に通ってるからでしょ?」
「いや、お風は毎日入るものだし」
「3日に一度もあれば十分でしょ?」
こらこらアミーネそんな事を日本で言ったら一部のマニア以外には幻滅されちゃうよ?
「その分じゃ、他にも色々無駄遣いしてるんだろ。帳簿でも付けるか?」
「シャロン、今日テルトと何食べた?」
「カグロサンドとキリ魚の串焼き! テルトは大盛りモモ肉サンドも追加してたよ!」
アミーネの質問にシャロンは大はしゃぎで答えた。
「ありがとうシャロン」
はむっ!
アミーネが一切れの干し肉をシャロンに口に差し入れる。
餌付けはズルいぞ!
「食費を抑えろ」
「……食べざかりなの!」
ぐぬぬ。今回のバトルは敗北か。
トトンッ……
「ん?」
「ん?」
俺がは2階で物音がした気がして上を見上げる。
同時にシャロンも真似して見上げた。真似っこめ。
「気のせいかな」
「テルト、2階に誰か入って来たね」
シャロンが耳をピクピクさせて言った。
俺の真似じゃなくて本当に音がしたらしい。
「誰か居るんですか?」
「いや……、まさか!」
ガタッ!
ゴルトンが2階に駆け上がって行った。
アミーネは突然の事にキョトンとしてる。
シャロンは真面目な顔で警戒態勢を取った。
俺もシャロンの野生の感を信じて立ち上がる。
「お前ら何してる!」
「ふんっ!」
「うわっ!!」
ガシャーン!
2階からゴルトンの叫び声の後に何かが壊れる音が響く。
「泥棒だ!」




