第3話「疑い」
翌朝、ヨーナはミラの様子を、遠くから見に行った。
何をするつもりもなかった。ただ、確かめたかった。祖父の帳面に書かれていたことと、目の前の女が、本当に同じ形をしているのかどうか。
ミラは、粉屋の家の裏手で、回復期の子どもたちを診ていた。
一人の子の額に手を当て、それから、脈を診るように手首に触れる。何も言わずに、しばらくじっとしている。それから、傍らの母親に短く告げる。
「もう大丈夫。あと二日で、起き上がれる」
母親が礼を言うと、ミラは小さく頷いただけだった。
次の子のところへ移る。今度は、額には触れず、匂いを確かめるように、少し身を屈めた。
「この子は、まだ薬を変えない方がいい」
ヨーナは、その様子を見ながら、小さな違和感を覚えた。
触れる子と、触れない子がいる。匂いを確かめる子と、確かめない子がいる。そこにどんな基準があるのか、傍から見ていても分からなかった。
昼過ぎ、ミラは村の外れの畑近くで、見慣れない草を摘んでいた。ヨーナが名前を知らない植物だった。
「それは、何に使うの」
ヨーナが声をかけると、ミラは顔を上げた。
「傷に。血を止める効きがあります」
「この辺りに、そんな草が生えているなんて、知らなかった」
「よそから来ると、逆に気づくこともあります。土地の人が見慣れているものほど、見えなくなっていたりして」
筋の通った答えだった。だが、ヨーナの中の小さな引っかかりは、消えなかった。
むしろ、その理路整然とした答え方そのものが、どこか出来過ぎているようにも思えた。
その夜、ヨーナは、ミラの寝泊まりしている納屋の近くを、遠回りしながら通った。
窓から、灯りが漏れていた。
ミラは、まだ起きているようだった。それから、しばらくして、灯りが動いた。
人影が、納屋を出て、森の方へ向かっていくのが見えた。
ヨーナは、足を止めた。
追う理由はなかった。だが、追わない理由も、うまく説明できなかった。
結局、ヨーナはその場に立ち尽くしたまま、闇に消えていく灯りを見送った。
家に戻る道すがら、ヨーナは自分に問いかけた。
祖父の帳面を読んだ。エレナが、無実のまま裁かれたことも知った。
それでも――今、目の前のミラを、素直に「ただの薬草使いだ」と、言い切れずにいる自分がいる。
歴史を知ったからといって、疑いという感情そのものが消えるわけではない。
その事実に、ヨーナは、静かに打ちのめされていた。
自分は、祖父より賢いわけではなかった。
そして今、自分もまた、祖父が見たものと同じものを、見始めているのかもしれなかった。
第3話 完




