第11話「採決」
議論は、そのまま数日続いた。
毎晩のように、長老会が開かれた。ヨーナは、その全てに出席した。祖父の帳面は、机の上に置かれたままだった。誰も、それを片付けようとはしなかった。
賛成する者もいた。反対する者もいた。決めかねる者もいた。
ヨーナの言葉で、皆が急に態度を変えたわけではなかった。夜ごとに、同じ問いが、同じ場所を回り続けた。
五日目の夜、粉屋の隣家の子が、また熱を出したという知らせが入った。
集会所の空気が、一度に硬くなった。
羊飼いの男が、ゆっくりと立ち上がった。
「聞いておきたい」
男は、帳面ではなく、ヨーナを見ていた。
「あの女を裁かずに置いて、また子どもが死んだら。そのとき、誰が責めを負う」
誰も、答えなかった。
六十余年前の広場と、同じ沈黙だった。ヨーナには、それが分かった。問いに答えられないのではない。答えれば、自分が引き受けることになる。だから、誰も口を開かない。
書記の男が、視線を落とした。若い顔ぶれの一人も、膝の上で手を組み直した。ミラを信じると言っていた者たちでさえ、黙っていた。
ヨーナは、立ち上がった。
「私が」
声は、震えなかった。自分でも、意外なほどだった。
「私が、負います」
羊飼いの男の目が、わずかに細くなった。
「口で言うのは、たやすい」
「分かっています」
それ以上、ヨーナは何も言わなかった。言葉を足せば、足した分だけ軽くなる気がした。
しばらくして、部屋の隅から、しわがれた声がした。それまでほとんど口を開かなかった、老いた長老だった。
「若いのが、ひとりで背負うと言うとる」
長老は、誰に向けるでもなく、呟いた。
「六十余年前は、誰も背負わなんだ。背負わんまま、ひとり死なせた」
長老は、机の上の帳面に目をやった。
「わしは、あの女が魔女でないと、確信しとるわけじゃない。分からんものは、分からん。だが――裁くのは、もう、たくさんだ」
疲れ切った声だった。正しさに目覚めた者の声ではなかった。
それでも、その一言で、場が動いた。
採決が、行われた。
票は、割れた。僅差だった。
ミラを、裁判にはかけない。
羊飼いの男は、腕を組んだまま、最後まで表情を変えなかった。
書記の男が、羊皮紙の束を引き寄せ、ペンを取った。
「結果を、記す」
「待ってください」
ヨーナは言った。
「裁かないと決めたこと。それから、その責めを負う者の名も、書いてください」
書記の男は、ペンを止めた。
「記録に残すのは、決まったことだけだ。誰が何を言ったかまでは書かん。昔から、そうなっている」
「だから、あの一行しか、残らなかったんです」
書記の男は、答えなかった。
ヨーナは、手を差し出した。
書記の男は、長い間、その手を見ていた。それから、黙って、ペンを渡した。
ヨーナは、羊皮紙をめくった。途中で、指が止まった。
『薬草に通じた女エレナ、魔女の疑いにより裁かれる』
その一行の上で、しばらく手が動かなかった。
ヨーナは、さらにめくり、白い頁を開いた。
ペン先をインクに浸し、書いた。
『旅の女ミラ、長老会の採決により、裁かず』
その下に、一行空けて、もう一行。
『この決定の責めは、ヨーナが負う』
インクが、ゆっくりと乾いていった。
誰も、何も言わなかった。
ヨーナは、ペンを置き、祖父の帳面を懐に戻した。集会所を出ると、夜風が、汗の滲んだ手のひらを冷やした。
村のどこかで、子どもが咳をしていた。
ヨーナは、その音のする方角を、しばらく見ていた。それから、家路についた。
第11話 完




