エピローグ「見送り」
ミラが村を去る朝、ヨーナは、村の外れまで見送りに出た。
空は晴れていた。荷物をまとめたミラは、旅の身なりに戻っていた。
「もう、行くの」
「ここに、留まる理由は、もうありません」
ミラの声に、恨みも、安堵も、感じられなかった。ただ、淡々とした事実として、そう言っただけだった。
ミラは、荷の中から乾いた薬草の束を一つ取り出し、ヨーナに差し出した。
「粉屋の隣の子に。朝と晩、煎じて飲ませてください。三日で熱が引きます」
ヨーナは、両手でそれを受け取った。
少しの間迷ってから、口を開いた。
「一つだけ、聞いてもいいですか」
「何です」
「あなたは、本当に魔女なんですか」
その問いを口にした瞬間、ヨーナは、自分でも驚いた。あれほど村の人々の疑いを退けてきたのに、最後の最後で、自分自身が、同じことを尋ねてしまっている。
ミラは、少し笑った。
「さあ」
それだけだった。だが、しばらくして、彼女は続けた。
「私は、自分がそう呼ばれるのを待ったことは、一度もありません」
ヨーナは、その答えを、しばらく黙って受け止めていた。
ミラは、背を向け、道の向こうへ歩き出した。振り返ることはなかった。
その後ろ姿が、木々の間に消えていくのを、ヨーナは、長い間、見送っていた。
村に戻る道すがら、ヨーナは、六十余年前のことを思った。
エレナには、名前がつけられた。そして、その名前によって、彼女は死んだ。
ミラにも、同じ名前が向けられかけた。だが今度は、その名前で、誰も裁かれなかった。
「魔女」という言葉は、もう、村から消えることはないだろう。祖父の帳面も、エレナの一行も、これからも同じ場所に残り続ける。
ただ、その先の頁には、ヨーナの名が加わっていた。
ヨーナは、一つのことだけを、確かに知っていた。
名前があることと、その名前で人を裁くことは、同じではない。
村の入り口が見えてきた。井戸端では、いつも通り、誰かが何かを話していた。
ヨーナは、その声に耳を澄ませることはなかった。
ただ、薬草の束を抱え直し、粉屋の隣の家へ足を向けた。
途中、診療所の前を通った。
窓辺に、トーマスが座っていた。
目が合った。老いた医者は、何も尋ねなかった。ヨーナの抱えた薬草の束に目をやり、それから、小さく頷いた。
ヨーナも、頷き返した。
足は、止めなかった。
――完――




