第1章 おばさん、異世界へ行く ⑤
私はひとつ食べる。
もぐ。
「…………」
しばらく噛み――
「すっごく微妙」
正直な感想だった。
だが食べられる。
ちゃんと火も通ってる。
多分。
私は少し冷ましてから、妹へ差し出した。
男の子がすぐ前へ出る。
「待って!」
かなり必死だった。
私は慌てて止まる。
「あ、ごめん。熱いよね」
違った。
男の子は餃子を睨んでいる。
毒を警戒しているらしい。
私はもう一つ自分で食べた。
「ほら。大丈夫」
男の子はまだ迷っていた。
でも妹は限界だった。
そっと餃子を受け取り、かなり慎重に齧る。
もぐ。
その瞬間。
妹の目が丸くなった。
私は少し緊張する。
「……どう?」
妹はもぐもぐ噛みながら、小さく言った。
「……あったかい」
その言葉で、男の子の顔が少し変わった。
味より先に。
そこだった。
私は少し黙る。
妹は夢中で続きを食べ始めた。
男の子はまだ警戒している。
でも妹の様子を見て、少しずつ警戒を解いた。
私は苦笑する。
「すっごく微妙な餃子なんだけどね」
男の子は恐る恐る一つ取る。
かなり慎重に食べる。
もぐ。
しばらく無言。
私は何となく聞いた。
「……どう?」
男の子は少し考えてから、ぽつりと言った。
「……変な味」
私は吹き出した。
「だよね!!」
異世界でも普通に微妙だった。
私は笑いながら、ぺたんこの餃子を見る。
「バター風味餃子だからなぁ……」
かなり嫌な響きだった。
だが問題は、そこではない。
私はアルミ皿を見る。
残り三個。
私は真顔になる。
「……足りないな」
ちなみに冷凍餃子は十二個入りだった。
最初は十分だと思っていた。
だが。
私。
兄。
妹。
犬。
思ったより口が多い。
私はしばらく真剣に考え込み――
「……チャーハン行くか」
男の子が固まる。
私は冷凍チャーハンを取り出した。
かなり柔らかい。
危険である。
私はアルミ皿を見る。
煤けている。
しかも小さい。
かなり不安だった。
だがもう後戻りは出来ない。
私は意を決して、チャーハンを投入した。
じゅわぁっ!!
「うわっ!!」
一気に音が大きくなる。
油が跳ねた。
妹がびくっとする。
犬が下がる。
男の子は完全に警戒態勢だった。
私は慌てて箸で混ぜる。
「あっ待って待って! 焦げる焦げる!!」
だがそもそも。
ポップコーンの皿は小さい。
かなり小さい。
そこへ冷凍チャーハンを入れた結果。
山である。
チャーハンの山。
私は真顔になった。
「多い」
今さらだった。
しかも混ぜにくい。
箸を動かすたび、端から米が落ちそうになる。
「あっ待って待って!」
私は慌てて押し戻す。
じり……
端は焦げる。
だが中央はまだ冷たい。
最悪だった。
私は半泣きで箸を動かした。
だが何とか全部に火が通った。
多分。
私はしばらくアルミ皿を見つめた。
端は少し焦げている。
中央はべちゃっとしている。
見た目はかなり怪しい。
でも。
「……出来た」
私は達成感に満ちていた。
異世界初チャーハン完成である。
私は恐る恐る一口食べた。
もぐ。
「…………」
しばらく噛み――
「すっごく普通」
ぽつりと言った。
焦げているのに。
べちゃっとしているのに。
何故か味は普通だったのである。
私はちょっと感動した。
「冷凍食品って偉大だな……」
妹は夢中でチャーハンを食べていた。
男の子も、途中から普通に食べ始めている。
犬までおこぼれを貰っていた。
やがて。
アルミ皿は綺麗に空になった。
私は静かに息を吐く。
「ごちそうさま」
洞窟の中には、少しだけ穏やかな空気が流れていた。
私は荷物を見る。
今度は在庫確認だった。
冷凍食品は後で考える。
むやみに発泡スチロールを開け閉めしたくない。
私は肩掛け鞄を引き寄せた。
財布。
スマホ。
車の鍵。
ティッシュ。
ハンカチ。
髪ゴム。
保温水筒。
裁縫セット。
私は裁縫セットを見る。
「何で入ってるんだろ」
覚えていなかった。
さらに漁る。
エコバッグ。
エコバッグ。
エコバッグ。
私は少し黙る。
「多いな」
さらに。
ガム。
小銭缶。
竹箸。スプーン。フォーク。お手拭き。
ご自由にお持ちください。一掴み。
私は頷く。
「うん」
生きてはいけそうだった。
たぶん。
次に段ボールの中を見る。
塩。
味噌。
めんつゆ。
料理酒。
パスタ。
お吸い物。
缶詰。
カレー。
シチュー。
私は一つずつ確認する。
「食料はあるな」
男の子は荷物を見る。
私を見る。
もう一度荷物を見る。
何か言いたそうだった。
でも言わなかった。
私は中身を段ボールからだした。
「よし」
段ボールを横倒しにする。
簡易ベッド完成だった。
さらにエコバッグを丸める。
枕だった。
私は満足して頷く。
男の子はもう反応しなかった。
私はそのまま転がる。
ガサッ。
微妙だった。
でも。
床よりはマシだった。
その時だった。
男の子がぽつりと言った。
「名前」
「あ」
そういえば名乗っていなかった。
私は少し考える。
本名。
アバターネーム。
少し迷い――
「みー」
男の子は頷いた。
そして自分の名前を教えてくれた。
私は何度か繰り返して覚える。
少しだけ会話が続いた。
街の事。
冬の事。
木の実の事。
そんな話だった。




