第50章 ⑧
それから、しばらく検査が続いた。
質問されて、手を握って、足を動かして。
疲れた。
身体そのものに問題はないらしい。
むしろ、二か月近く眠っていたとは思えないと、何度か確認された。
私だけは理由を知っている。
それでも、検査を続けていれば疲れるものは疲れる。
息子が私の荷物を持ってきた。
見覚えのある鞄。
「これで全部だって」
「ありがとう」
受け取る。
少し重い。
中を見る。
財布。
スマホ。
ハンカチ。
ティッシュ。
ガム。
車の鍵。
全部ある。
スマホは当然、電源が切れていた。
「充電しといて」
「今?」
「後でいい」
息子が呆れた顔をした。
鞄の底に、見覚えのある缶がある。
ネズミの国の缶。
開ける。
じゃら。
小銭が入っていた。
かなりある。
「……ある」
「何が?」
「小銭」
「そりゃあるだろ」
ある。
百円玉。
五百円玉。
向こうで使った。
子供たちに渡した。
孫たちにも渡した。
それなのに、ここにもある。
言われた通りだった。
こっちにあった物は、そのまま残っていた。
私は百円玉を一枚取る。
同じもの。
多分。
向こうにあるものと。
指で転がす。
「何してんの?」
「ちょっとね」
二か月。
私は二か月、眠っていた。
その間に、二十年分の夢を見た。
そう考えた方が、普通なのかもしれない。
森。
洞窟。
ルーク。
サラ。
カイル。
ミラ。
ニコ。
イナ。
おばちゃん。
商人。
ギルドマスター。
家。
畑。
温泉。
結婚式。
孫たち。
二十年。
長い夢だったと言われれば。
そんな気もする。
私は百円玉を缶へ戻した。
じゃら。
蓋を閉める。
「母ちゃん」
「何?」
「それ、何?」
息子が私を指差している。
「何が?」
「首」
首?
手をやる。
指に紐が触れた。
止まった。
ゆっくり引き出す。
小さな石。
金属の枠。
橙色を中心に、細い赤と紺が混じった紐。
「……え」
ある。
裏返す。
一文字。
仁。
見間違えない。
私のために、あの子たちが作ったものだ。
「それ、何?」
息子が聞く。
私はしばらく答えられなかった。
持って帰れないと言われた。
向こうに残ると言われた。
なのに。
ある。
「母ちゃん?」
「……お守り」
「そんなの持ってた?」
「ううん」
息子が首を傾げる。
「じゃあ、誰にもらったの?」
私は手の中のお守りを見る。
ルークが見つけた石。
カイルが頼んだ枠。
ミラとサラが作った紐。
ニコが考えた形。
五人で作った、私のお守り。
「子供たち」
「俺?」
「違う」
「じゃあ誰だよ」
「遠くの子供たち」
息子はますます分からない顔をした。
説明するのは難しい。
多分、信じない。
私だって、これがなければ夢だったと思ったかもしれない。
窓の外を見る。
空が見える。
向こうと同じような空だった。
今頃。
朝だろうか。
夜だろうか。
分からない。
でも。
あの家には、みんながいる。
私はお守りを握った。
少しだけ笑う。
「ただいま」
息子がこちらを見る。
「何?」
「何でもない」
鞄の中で、小銭が鳴った。
今度こそ。
郵便局へ持っていかないと。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これにて『業務スーパー帰りのおばさん、異世界へ行く』本編完結です。
明日、番外編を二話投稿します。
おばさんが残したものと、その後のお話です。
番外編二話をもって、本作は完結となります。
最後まで、もう少しだけお付き合いいただけましたら嬉しいです。




