第50章 ⑥
責任者が別の書類を取り出した。
「順番にご説明します」
「はい」
「まず、地球側に残っている身体については、先ほどご説明した通り、転移直前の状態を基準に原状復帰されます」
私は自分の手を見る。
皺がある。
二十年分。
「じゃあ、この身体は?」
「転移時に構成された身体ですので、こちらに残ります」
「地球に戻ったら、若返るってこと?」
「こちらの身体と比較すれば、結果としては」
二十年。
向こうで過ごした分だけ違う。
「二か月寝てた分も戻るんだよね?」
「はい。昏睡によって生じた身体的な影響についても解消されます」
「じゃあ、起きたら二か月寝たきりの身体ってわけじゃない?」
「ありません」
「それならいい」
二十年前の身体に戻るわけではない。
私にとっては二十年でも、地球では二か月しか経っていない。
なんだか変な感じだ。
「それで、荷物は?」
「元の世界に残っている物については、そのままです」
「服は?」
「元の世界の身体が身につけていたものに戻ります」
「鞄」
「元の世界にあります」
「財布」
「あります」
「スマホ」
「あります」
「車の鍵」
「あります」
「ネズミの国の缶」
責任者が書類を見る。
「……あります」
「中身も?」
「転移発生時の状態で残っています」
「よし」
かなり入っていた。
あれがなくなっていたら困る。
「じゃあ、向こうに持っていった財布もスマホも、地球にある物を元に作られた別物?」
「はい」
「小銭も?」
「はい」
私は少し考えた。
孫たちのお守り。
百円玉。
大人たちに渡した五百円玉。
「じゃあ、向こうに残るんだ」
「はい」
それならいい。
あげた物だ。
今さら返してもらうつもりはない。
「では、転移後に取得された物品について説明します」
「まだあるの?」
「重要な項目です」
責任者が書類を読む。
「転移先で取得された物品は、原則として元の世界へ持ち込むことができません」
私は自分の服を見る。
この服も駄目なのだろう。
靴も。
眼鏡も。
それから。
胸元に手をやる。
お守りがあった。
子供たちが作ったもの。
小さな石。
金属の枠。
裏には、仁。
「これも?」
責任者が見る。
「転移後に取得された物ですね」
「うん」
「申し訳ありません。お持ち帰りいただくことはできません」
「そう」
外す必要があるのだろうか。
「このままでいい?」
「はい。帰還処理の際に、転移先の身体とともにこちらへ残ります」
「分かった」
それなら、そのままでいい。
私は手を離した。
「ほかに確認されたいことはありますか?」
「ある」
アルトの顔が少し引きつった。
「何でしょう」
「買った物」
「はい?」
「業務スーパーで買ったやつ」
二人が黙った。
「冷凍肉とか、魚とか、野菜とか。発泡スチロール箱にいっぱい入ってたの」
「……それも、元の世界に残っています」
「二か月経ってるけど」
「ご家族が保管されているかどうかまでは、こちらでは」
「そこまではいい」
さすがに冷凍食品を二か月そのままにはしていないだろう。
食べたか。
捨てたか。
どちらかだ。
アイスは多分無い。
仕方ない。
「以上でしょうか?」
責任者が聞いた。
少し考える。
「多分」
アルトが小さく息を吐いた。
聞こえてるよ。
「では、帰還処理を行います」
「はい」
責任者が何かを操作する。
足元に淡い光が広がった。
私はそれを見る。
「痛い?」
「痛みはありません」
「時間は?」
「ほとんどかかりません」
「失敗は?」
アルトと責任者が止まった。
私は笑った。
営業用ではない。
普通に。
「冗談」
二人とも笑わなかった。
この部署では笑えないらしい。
「では」
責任者が言う。
「元の世界へお戻しします」
「はい」
光が少し強くなる。
「あ」
「何でしょう」
思い出した。
「向こうの人たちに、何か伝えられる?」
責任者は静かに首を振った。
「できません」
「そう」
仕方ない。
私は頷いた。
「じゃあ、いいです」
言いたいことがなかったわけではない。
でも。
最後に孫を叱った。
次の日には、ちゃんと外へ行くと言いに来た。
一緒に昼寝もした。
それでいい。
「お願いします」
「承知しました」
光が強くなる。
アルトが頭を下げた。
「このたびは、本当に申し訳ありませんでした」
「アルトさんがやったんじゃないでしょ」
アルトが顔を上げる。
「見習い、頑張ってね」
「……はい」
「あと」
責任者を見る。
「転移窓口」
「はい」
「三百年休ませるなら、代わりの人置いた方がいいよ」
「検討いたします」
「検討じゃなくて置きなさい」
「……はい」
視界が白くなった。




