第50章 ④
目を開けた。
白い。
天井ではない。
空でもない。
何だ、これ。
起き上がる。
ベッドがない。
孫もいない。
イナもいない。
代わりに、少し離れたところに机があった。
その向こうに、若い男が座っている。
机の横には札がある。
【第七転生管理局】
その下。
【神官見習い 研修中】
私はしばらく札を見た。
男を見る。
もう一度札を見る。
「……何ここ」
男が顔を上げた。
「第七転生管理局です。神官見習いのアルトと申します」
「それは書いてある」
「はい」
転生。
私は周りを見る。
白い。
何もない。
さっきまで孫と一緒に寝ていた。
イナもいた。
少し昼寝するだけだった。
ということは。
「私、死んだの?」
アルトが少し困った顔をした。
「まず確認いたします。お名前をお願いします」
名乗る。
アルトが手元の書類を確認する。
一枚めくる。
もう一枚。
さらに一枚。
止まった。
「……あの」
「何?」
「少々お待ちください」
また書類をめくる。
今度はかなり速い。
「……ない」
「何が?」
「本日の受付記録に、お名前がありません」
「じゃあ、何で私ここにいるの?」
「それを確認します」
「お願い」
アルトが別の書類を取り出した。
しばらく確認する。
首を傾げる。
また別の記録を見る。
「おかしいですね」
「だから何が?」
「こちらへ来る方には、通常、処理記録があります」
「私は?」
「ありません」
「間違えて連れてきた?」
アルトの手が止まった。
「……確認します」
「さっきから確認ばっかりだね」
「申し訳ありません」
さらに調べる。
今度はずいぶん古い記録まで遡っているらしい。
しばらくして。
「あ」
「何?」
「同じお名前があります」
「いつの?」
「約二十年前です」
二十年前。
それなら心当たりがある。
「世界間移動の記録です」
「ああ」
「ご存じなんですか?」
「二十年前ならね」
私は思い出す。
業務スーパーで買い物をした。
車へ戻ろうとした。
鍵を押した。
顔を上げたら森だった。
「いきなり別の世界に飛ばされた」
アルトが記録を見る。
「はい。転移処理となっています」
「やっぱり転移だったんだ」
それくらいは分かる。
死んで生まれ変わったわけではない。
身体も大人のままだった。
「身体適応処理も実行されています」
「何それ」
「移動先の環境で生活できるよう、身体機能を補正する処理です」
思い当たる。
重い荷物。
畑仕事。
長い距離を歩いても、思ったより疲れなかった。
腰も膝も、心配していたほど痛くならなかった。
「あれか」
「心当たりがありますか?」
「ある」
そういうことだったらしい。
でも今知りたいのは、そこではない。
「それ、二十年前の話だよね」
「はい」
「私が聞いてるのは、今日ここにいる理由」
アルトが止まった。
「さっきまで家で孫と昼寝してたの」
「はい」
「目を開けたらここ」
「はい」
「ここ、転生管理局」
「はい」
「だから私、死んだの?」
「……現在、それを確認しています」
「まだ分からないの?」
「申し訳ありません」
私は息を吐いた。
アルトが再び記録を見る。
やがて眉間に皺を寄せた。
「二十年前の転移について、その後の処理記録がありません」
「ない?」
「はい」
「それが今と関係あるの?」
「可能性があります」
「じゃあ調べて」
「転移案件は、別の管理窓口になります」
「そっちに聞けば分かる?」
アルトが黙った。
嫌な予感がした。
「何?」
「現在、転移管理窓口は通常業務を行っておりません」
「……何で?」
「担当者が長期休暇中です」
「いつ戻るの?」
「約三百年後の予定です」
私は黙った。
三百年。
もう一度聞く。
「私、向こうで二十年暮らしてるんだけど」
「はい」
「二十年前の転移記録はある」
「はい」
「その後の記録はない」
「はい」
「担当者は三百年休み」
「……はい」
私は笑った。
仕事をしていた頃によく使っていた笑顔だった。
怒っている時ほど、丁寧になる。
「アルトさん」
「はい」
「あなた、神官見習いなんですよね?」
「はい」
「研修中?」
「はい」
「分かりました」
にっこり笑う。
「責任者の方をお願いします」
アルトの顔が引きつった。
「……少々お待ちください」
私は目を細めた。
「それ、今日何回目?」
アルトは答えず、静かに立ち上がった。




