第49章 ⑤
しばらくして。
歩くようになった。
最初は二歩。
座る。
三歩。
転ぶ。
立つ。
また歩く。
そのうち、普通に歩くようになった。
成長は早い。
私は喜んだ。
サラも喜んだ。
ニコも喜んだ。
ルークは仕事から帰ってくる度に歩かせようとした。
みんな喜んだ。
でも。
一つ問題があった。
手が届く。
今までは床にあるものだけ気をつければよかった。
今は違う。
机の端。
椅子の上。
低い棚。
全部届く。
私は編み物を机の真ん中へ置くようになった。
糸も真ん中。
針も真ん中。
カルト芋も真ん中。
何でも真ん中。
それで大丈夫だと思っていた。
甘かった。
ある日。
私は眼鏡を机に置いた。
ほんの少しだけ。
お茶を取りに行った。
戻る。
ない。
「……眼鏡?」
机を見る。
ない。
椅子の下を見る。
ない。
床を見る。
ない。
嫌な予感がした。
振り向く。
いた。
眼鏡を持っている。
「それは駄目」
逃げた。
今度は歩いて。
「待って」
速い。
ハイハイの時も速かった。
歩いても速い。
「それ返して!」
笑う。
返さない。
私は追う。
糸なら、まだいい。
洗えばいい。
少しくらい絡まっても直せる。
眼鏡は駄目だ。
壊されたら困る。
高かった。
「待ちなさい!」
本気で追った。
向こうも本気で逃げた。
何で喜ぶ。
遊びじゃない。
「それ高いんだから!」
多分、意味は分かっていない。
イナが顔を上げた。
「おまえは来るな」
先に言った。
イナは動かなかった。
よし。
少しは学んだらしい。
孫が机を回る。
私も回る。
反対へ行く。
向こうも反対へ行く。
読まれている。
「頭いいね」
褒めている場合ではない。
ようやく壁際へ追い込んだ。
しゃがむ。
「ちょうだい」
眼鏡を握ったまま、私を見る。
「お願い」
差し出した。
「ありがとう」
受け取る。
確認する。
曲がっていない。
割れていない。
よかった。
私はすぐにかけた。
これで取られない。
多分。
夕方、ニコが帰ってきた。
話をした。
「届かないところに置かないと」
「置いたつもりだったんだよ」
「もう机の上は届くよ」
知ってる。
今日知った。
サラも帰ってきた。
話を聞いて笑った。
「糸の次は眼鏡?」
「笑い事じゃないよ。高かったんだから」
「壊れなかった?」
「大丈夫」
ルークも帰ってきた。
また話を聞いて笑った。
何で全員笑う。
「おばさん、負けてるね」
「勝負してないよ」
そもそも何の勝負だ。
私は眼鏡を外した。
置く場所を考える。
棚の上。
ここなら届かない。
多分。
孫を見る。
こっちを見ている。
棚を見る。
また私を見る。
「……登らないでよ」
笑った。
嫌な予感がした。
明日から、椅子の位置にも気をつけよう。




