第49章 ④
眼鏡にも慣れた。
最初は、かけたまま遠くを見て変な感じになったり、外すのを忘れて立ち上がったりした。
今は大丈夫。
編み物をする時だけかける。
よく見える。
便利だ。
今日はサラが畑へ行っている。
ニコは代官府。
ルークも仕事。
家にいるのは私とイナ。
それから、もう一人。
サラとニコの娘。
床に座っている。
少し前までは寝転がっているだけだったのに、最近はよく動く。
まだ歩かない。
でも、速い。
私は椅子に座って編み物をしていた。
細い糸も眼鏡があれば問題ない。
一段編む。
もう一段。
足元で何か動いた。
見る。
いる。
こっちを見ている。
「何?」
返事はない。
当たり前だ。
また編む。
少しして。
糸が引っ張られた。
「ん?」
見る。
いない。
糸だけが伸びている。
その先を見る。
いた。
小さな手に糸を握っている。
「待て」
逃げた。
這って。
速い。
「こら」
追う。
向こうも逃げる。
糸を持ったまま。
当然、糸玉も転がる。
ころころ。
ころころ。
椅子の下を抜けて、床を転がっていく。
「それ返して」
笑った。
逃げる。
速い。
何でそんなに速い。
私も床に手をついて追いかける。
その時。
イナが来た。
転がる糸玉を見る。
嫌な予感がした。
「イナ」
見るな。
「イナ」
行くな。
イナが走った。
「参加するな!」
遅かった。
イナが糸玉を追う。
孫がイナを見て、さらに喜ぶ。
逃げる。
糸が伸びる。
イナが追う。
私は二人を追う。
何だこれ。
「止まりなさい!」
止まらない。
当然だ。
一人はまだ言葉が分からない。
一匹は分かっていて無視している。
多分。
孫が机の下へ入った。
イナも入ろうとする。
「イナは駄目!」
首輪を掴んだ。
その隙に孫が反対側から出る。
まだ糸を持っている。
「返して!」
笑っている。
完全に遊んでいる。
ようやく捕まえたのは、部屋を一周した後だった。
抱き上げる。
「捕まえた」
きゃっきゃと笑う。
楽しかったらしい。
私は疲れた。
体力ではない。
気持ちが。
小さな手を開く。
糸を回収する。
よだれがついていた。
「……洗える糸でよかった」
イナが横から匂いを嗅ぐ。
「おまえのせいでもあるからね」
イナは知らない顔をした。
夕方。
サラが帰ってきた。
床に伸びた糸を見た。
私を見る。
孫を見る。
イナを見る。
「何したの?」
「聞かないで」
サラが娘を抱き上げる。
「おばさん困らせたの?」
娘は笑った。
反省していない。
「イナも?」
イナは寝たふりをした。
絶対に分かっている。
私は眼鏡を外した。
今日の編み物は、あまり進まなかった。
でも。
まあいい。
明日やればいい。




