第49章 ①
最近、少し困っている。
糸が見えない。
まったく見えないわけではない。
見える。
でも、細かいところが見づらい。
私は編みかけを顔へ近づけた。
ぼやける。
少し離す。
見える。
もう少し離す。
もっと見える。
「……これか」
とうとう来たらしい。
老眼。
昔いたところでは、同じくらいの年の人が眼鏡を少し下げて、遠くしたり近くしたりしているのを見たことがある。
私もやる年になった。
いや。
とっくになっている。
むしろ今まで普通に見えていた方がおかしい。
この体は丈夫だ。
腰も痛くならない。
膝もまだ大丈夫。
重いものも持てる。
風邪もほとんど引かない。
でも、目まではずっと若いままではなかったらしい。
「おばさん、何してるの?」
サラが来た。
「見てる」
「何を?」
「編み目」
私はまた腕を伸ばした。
サラが不思議そうな顔をする。
「何でそんな遠くで見るの?」
「近いと見えない」
「目、悪くなった?」
「多分」
サラが私の顔を覗き込む。
近い。
「何?」
「見てる」
「何を?」
「目」
見ても分からないと思う。
サラはしばらく私の目を見ていた。
「普通だよ?」
「そうだろうね」
病気ではない。
多分。
歳だ。
それだけだ。
「医者に見てもらう?」
「今度ね」
一応、見てもらった方がいいかもしれない。
老眼だと思って違ったら困る。
サラはまだ私を見ている。
「そんなに見なくていいよ」
「見えなくなるの?」
「ならないよ」
多分。
「近いところが見づらくなるだけ」
「治る?」
「歳なら治らないんじゃない?」
サラの顔が少し曇った。
私は編みかけを置いた。
「別に困らないよ。遠くにすれば見えるから」
「でも腕より遠くなったら?」
そこまで考えていなかった。
「その時考える」
サラが笑った。
「おばさん、いつもそれだね」
そうかもしれない。
しばらくして、ニコが帰ってきた。
話を聞いたらしい。
夕飯の後、私の前に座った。
「本当に近くだけ?」
「多分」
「遠くは?」
「見える」
「文字は?」
本を渡された。
普通に見える。
少し離せば。
「これくらい」
腕を伸ばす。
ニコが何とも言えない顔をした。
「明日、医者に行こう」
「今度でいいよ」
「明日」
「仕事は?」
「休まなくても行ける時間にする」
もう決定らしい。
サラも頷いている。
ルークまで頷いた。
「俺、連れていこうか?」
「何でみんなそんな大事にするの?」
三人が黙った。
私はまだ元気だ。
目が少し見えづらくなっただけ。
「歳を取ったら普通にあることだよ」
そう言うと、また三人が黙った。
変な空気になった。
「何?」
「何でもない」
サラが答えた。
私は編み物を持ち直した。
少し離す。
見える。
まだできる。
問題ない。
ただ。
前より少しだけ、腕が疲れる。
眼鏡が欲しい。
そう思った。




