第1章 おばさん、異世界へ行く ➂
グゥゥゥ……
洞窟の中に、情けない音が響いた。
私は静かに顔を伏せる。
「……お腹すいた」
異世界だった。
魔物も居る。
でも。
お腹は空く。
現実は容赦無かった。
そして。
冷凍食品も待ってくれない。
私は発泡スチロール箱を見る。
転移してから、ずっと気になっていた。
異世界も大事だ。
でも。
冷凍食品は溶ける。
それはそれ。
これはこれだった。
私は蓋を開ける。
冷凍チャーハン。
唐揚げ。
餃子。
等々。
私は真顔になる。
「……餃子からだな」
男の子は警戒したまま、こちらを見ている。
私は焚き火跡の前へ座り込む。
そして止まった。
「あ」
火が無い。
私は周囲を見回す。
ライター。
無い。
私はしばらく考え込み――
「あ」
思い出した。
ライターは車だった。
普段なら車へ積みっぱなしである。
私は少し黙る。
そして首を振った。
「いや待て」
ここは異世界だ。
魔物がいる。
なら
魔法がある筈だ。
なら。
私だって何かあるかもしれない。
私は右手を前へ出した。
「ファイア」
無。
「フレイム」
無。
「イグニッション」
無。
「バーニング」
無。
「インフェルノ」
無。
私は腕を組む。
「言い方か?」
少し考える。
「エンチャント」
無。
「マジック」
無。
「マナ」
無。
沈黙。
私はしばらく考え込んだ。
その時だった。
ぽふ。
小さな音がした。
私は固まる。
「え?」
右手を見る。
何かが起きた気がする。
でも火は出ていない。
私はしばらく右手を見つめ――
ふと。
今まで唱えた言葉を思い出した。
ファイア。
フレイム。
イグニッション。
バーニング。
インフェルノ。
私は静かに固まる。
ここは洞窟だった。
薪がある。
布がある。
子供がいる。
犬も居る。
私はゆっくり顔を上げた。
「……待てよ」
もし。
『ファイア』で成功していたら。
まぁ。
まだ良い。
たぶん。
『フレイム』だったら。
ちょっと危なかった気がする。
『イグニッション』はよく分からない。
『バーニング』だったら。
結構危ない。
『インフェルノ』だったら。
私はしばらく考え込む。
洞窟。
薪。
布。
子供。
犬。
もう一度。
洞窟。
薪。
布。
子供。
犬。
私は勢いよく立ち上がった。
「あぶなっ!!」
男の子がびくっと肩を震わせた。
私は慌てて頭を抱える。
「危なかった……」
実際には何も起きていない。
でも。
成功していたら危なかった。
かなり。
私は深く息を吐いた。
そして現実へ戻る。
「で」
火が無い。
そこだった。
その時だった。
ぽっ。
小さな火が灯った。
私は固まる。
男の子の指先。
そこに、小さな火が浮かんでいた。
男の子は警戒したまま、焚き火跡へ火を移す。
枯れ枝が燃え始めた。
普通に火がついた。
私はゆっくり立ち上がる。
「ちょっと待って」
男の子はびくっとする。
私は真顔で、男の子の指を指差した。
「今、火出した?」
男の子は困った顔をした。
私は数秒固まり――
勢いよく立ち上がった。
「あるじゃん魔法ぉぉぉ!!」




