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閑話 安全な薬

机の上に。


小さな薬瓶が置かれた。


研究所から押収した薬。


子供達へ飲ませていたもの。


所長は椅子に座らされている。


両手は後ろ。


縄で縛られていた。


商人が薬瓶を持ち上げる。


光へ透かす。


濁った液体が揺れた。


「これは」


所長を見る。


「魔力を抑える薬なんだろう?」


所長は薬瓶を見た。


「そうだ」


「効くのか?」


「投与記録を見れば分かる」


「安全か?」


所長の口が止まった。


「規定通りに使用すれば、問題はない」


商人が笑う。


「なら、商品になるな」


所長の眉が動く。


「何?」


「魔力犯罪者の拘束」


薬瓶を指先で転がす。


「魔力暴走の鎮静」


次の指へ。


「護衛が捕らえた賊へ使ってもいい」


商人の顔が。


少しずつ。


商売人の顔になっていく。


「需要はある」


「そのような目的で作られたものではない」


「魔力を抑えるんだろう?」


「そうだが」


「なら、使える」


商人は所長の前へ薬瓶を置いた。


「子供を集めなくても金になるぞ」


所長は黙った。


薬師が瓶を取る。


蓋を開ける。


匂いを嗅いだ。


少しだけ。


顔を顰める。


「商品にするなら」


瓶を机へ戻す。


「安全性を確認する必要がある」


「当然だな」


商人が頷いた。


「研究体が要る」


二人の視線が。


所長へ向いた。


所長の顔が強張る。


「何を考えている」


「ここにいるじゃないか」


商人が所長を指した。


「薬を作らせた」


一つ。


「投与を承認した」


二つ。


「安全だと主張している」


三つ。


商人が笑う。


「これ以上の研究体はいないな」


所長が椅子ごと下がろうとした。


脚が床を擦る。


「待て」


私は薬瓶を見る。


それから。


所長を見る。


「安全なんだよね?」


「子供用に調整された薬だ」


「大人には使えないの?」


「そういう意味ではない」


「じゃあ、使える?」


所長は答えない。


私は薬師を見る。


「大人なら少なくすればいい?」


薬師が所長を見る。


頭から足まで。


ゆっくり。


確かめる。


「体重と魔力量を測れば、投与量は計算できる」


所長の顔から。


色が消えた。


「待て!」


声が大きくなる。


商人が薬瓶を持ち上げた。


「どうした」


「人体への影響が確認されていない!」


「子供へ飲ませたんだろう?」


「研究のためだ!」


「なら」


商人は瓶を揺らした。


「今度も研究だ」


「私は研究体ではない!」


「子供も研究体ではないぞ」


所長の口が閉じた。


私は首を傾げる。


「嫌なの?」


所長はこちらを見る。


「当然だ!」


言った。


すぐに。


何かに気付いた。


でも。


遅い。


「子供達も嫌だって言ったよ」


「私は子供とは違う」


「何が?」


「研究を管理する立場だ」


「薬を飲んだら」


私は聞く。


「痛いの?」


「分からない」


「苦しい?」


「分からない」


「吐くかもしれない?」


「可能性はある」


「血も出る?」


所長は答えなかった。


分からないのだ。


子供達へ飲ませた薬なのに。


何も。


分かっていない。


「大丈夫」


私は言った。


所長が顔を上げる。


「吐いたら、もう一度飲ませるから」


男の顔が引き攣った。


「規定量に届くまで」


「やめろ」


「嫌がったら、大人二人で押さえる」


「やめろ!」


「動かないように顎を掴む」


所長が椅子を鳴らした。


衛兵が肩を押さえる。


「離せ!」


「安全に飲ませるためだよ」


「そんなものが安全なはずがない!」


部屋が静かになった。


言った。


自分で。


商人が薬瓶を見た。


「そうか」


所長を見る。


「安全ではないのか」


「そういう意味では――」


「でも、あなたが言ったよ?」


私は瓶を指す。


「安全じゃないって」


「大人への使用は想定されていない!」


「子供ならいいの?」


「違う!」


「何が違うの?」


所長は答えない。


薬師が瓶を手に取った。


所長が身を固くする。


「投与量を計算する」


「待て!」


「魔力量を測る」


「やめろ!」


「投与後は魔力反応を確認」


薬師は淡々と続ける。


「嘔吐した場合は再投与」


「やめろと言っている!」


「拒否した場合は拘束」


所長が衛兵を見る。


「助けろ!」


誰も動かなかった。


「まだ死亡の兆候はない」


薬師は所長を見る。


「投与可能だ」


所長が息を呑んだ。


薬師は薬瓶の蓋へ指を掛ける。


所長の体が震えた。


「やめてくれ」


小さな声だった。


聞こえた。


薬師の手が止まる。


「飲ませない」


所長の肩から力が抜けた。


大きく。


息を吐く。


薬師は続けた。


「安全性が確認できていない薬を」


薬瓶を机へ置く。


「本人の意思に反して投与するべきではない」


所長の顔が止まった。


「嫌だと言っている者へ、無理に飲ませてはならない」


一つずつ。


薬師は言う。


「吐いたら中止する」


「熱が出たら治療する」


「血が出たら、原因を調べる」


「死にそうになるまで続けるようなものではない」


所長は何も言わない。


「お前にも」


薬師は男を見る。


「子供達にもだ」


薬瓶が。


机の上に残された。


所長はそれを見ている。


自分が飲むかもしれないと思った時だけ。


嫌だと言えた。


怖いと思えた。


助けを求めた。


子供達も。


同じだった。


でも。


誰も止めなかった。


「聞こえた?」


私は所長に聞く。


男はこちらを見ない。


「あなたが嫌だって言ったから」


薬師を見る。


「この人は止めたよ」


所長は俯いた。


「子供達が嫌だって言った時」


私は聞く。


「あなたは、どうしたの?」


答えはなかった。

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