第34章 ⑰
「違う」
「何が?」
「私がいなければ、もっと酷くなっていた」
「何を止めたの?」
所長は答えない。
「誰を助けたの?」
答えない。
「何を減らしたの?」
何も。
出てこない。
「中央の命令を断ったことは?」
ギルドマスターが聞く。
「ない」
「投与を中止させたことは?」
「一時停止ならある」
「中央の視察中に止めたか」
「できない」
「子供の受け入れを拒否したことは?」
「ない」
「仲介人へ、連れてくるなと言ったことは?」
「ない」
ギルドマスターは衛兵を見る。
「記録しろ」
筆が動く。
「所長は中央研究所からの研究計画を受領」
次。
「実施困難として返送できることを認識しながら、自ら受け入れを決定」
次。
「研究体一名ごとの支給金を受領」
次。
「余剰金を子供の生活環境ではなく、研究設備へ使用」
次。
「中央研究所統括官の視察時、対象児が嘔吐、出血している状態で強制投与を継続」
次。
「統括官の指示に従い、記録を優先した」
所長が顔を上げる。
「待て」
筆は止まらない。
「私は命令を受けたんだ」
ギルドマスターが頷く。
「それも書いている」
「中央の指示だ」
「書いた」
「責任者は統括官だ」
「それも書く」
所長の顔に。
少しだけ安堵が浮かんだ。
自分の責任が。
上へ移ったと思った。
でも。
ギルドマスターは続ける。
「その指示を受け入れ、実行させたのがお前だということもな」
安堵が消えた。
「私は逆らえなかった」
「断れば殺されたのか」
「地位を失う」
「家族を人質に取られていたか」
「そうではない」
「脅されていたのか」
「中央に逆らえば、研究者として終わる」
ギルドマスターは所長を見る。
「子供を傷付けるのを拒めば」
声が低くなる。
「研究者でいられなくなるから、従ったんだな」
所長は答えない。
「言え」
男の喉が動いた。
「……そうだ」
書かれた。
自分の地位を守るため。
中央の指示へ従った。
「指示書の署名を削ったのは誰だ」
商人が聞く。
所長の肩が動く。
「届いた時から――」
「写しがあると言っただろう」
商人が紙を並べる。
「こちらは受領した当日の写しだ」
次に。
名前が消された原本。
「削られたのは、その後だ」
所長は黙る。
「誰がやった」
「分からない」
「原本を保管していたのは?」
「私の執務室だ」
「鍵は?」
「私と副所長が持っている」
「副所長はどこだ」
所長の目が。
廊下へ向いた。
誰もいない。
さっきまで。
白い服の男が一人いた。
所長を支えた男。
今はいない。
ギルドマスターが冒険者を見る。
「探せ」
数人が走る。
所長が口を開いた。
「待て」
「何だ」
「副所長は関係ない」
「何故分かる」
「指示書を削ったのは」
止まる。
自白。
来る。
私は待った。
所長は目を閉じた。
そして。
息を吐く。
「私だ」




