第34章 ⑮
所長は止まった。
来た。
私は所長を見る。
「誰に言われたの?」
男は黙っている。
「中央研究所の誰が」
ギルドマスターが聞く。
「子供を集めろと指示した」
「誰が投与量を決めた」
「誰が、吐いても続けろと決めた」
「誰が、不要な記録を残すなと命じた」
所長は答えない。
ギルドマスターが指示書を見る。
「この署名は読めない」
名前のところだけ。
インクが滲んでいる。
違う。
滲んでいるのではない。
削られていた。
紙の表面が。
薄く剥がされている。
「誰が消した」
所長の目が動く。
「届いた時からそうだった」
「嘘だな」
商人が言った。
別の紙を出す。
「写しがある」
所長が商人を見る。
「どうして――」
言いかけて。
止まった。
商人の口元が上がる。
「写しがあると困るのか?」
机へ置かれた紙。
同じ指示書。
同じ日付。
同じ内容。
でも。
署名は消えていない。
ギルドマスターが読む。
「王都中央研究所」
次。
「研究統括部」
その下。
一人の名前。
知らない名前だった。
でも。
所長は知っている。
顔を見れば分かる。
「この男か」
所長は答えない。
「指示を出したのは、この男か」
「……研究計画の責任者だ」
答えた。
「お前の上司か」
「中央の統括官だ」
「名前を言え」
所長は紙を見る。
「書いてある」
「お前の口で言え」
男の唇が動いた。
声は出ない。
ギルドマスターは待った。
衛兵も。
商人も。
薬師も。
誰も急かさない。
逃げられないから。
所長はしばらく黙っていた。
やがて。
小さく名前を言った。
衛兵が書く。
王都中央研究所。
研究統括官。
名前。
書かれた。




