第34章 ⑨-1
胸に札を下げた男が止まった。
投与責任者。
そう書いてある。
男は廊下の奥を見る。
逃げ道を探した。
でも後ろには冒険者がいる。
横には衛兵。
前には私達。
逃げ道はなかった。
「こちらへ来い」
ギルドマスターが言う。
男は動かない。
「聞こえなかったか」
冒険者が一歩近付く。
男はようやく歩いた。
机の前へ来る。
四の札を見る。
三の札を見る。
二人とも目を逸らした。
「お前が投与責任者か」
ギルドマスターが聞く。
「現場の管理を任されている」
「責任者か」
「投与業務の管理者だ」
また言い換えた。
私は男の胸を見る。
「責任者って書いてあるよ?」
男も札を見る。
「便宜上の呼称だ」
「責任は取らないの?」
男の顔が動いた。
「そういう意味ではない」
「じゃあ、どういう意味?」
「投与が適切に行われているか確認する役目だ」
適切。
その言葉に薬師が顔を上げた。
「適切だったのか」
責任者は薬師を見る。
「中央研究所の規定に従っている」
「聞いているのは規定ではない」
薬師が三歳の子の記録を持ち上げる。
「この子への投与は適切だったのか」
男は記録を見た。
「番号は」
「子供だ」
薬師の声が低くなる。
「番号ではなく、子供を見ろ」
男の口が閉じた。
私は紙を机へ置く。
「三歳」
「発熱」
「嘔吐」
「食事を取れない」
「水も吐いた」
一つずつ読む。
「次の日も投与」
「吐いたから、もう一度」
「食べなかったから、大人二人で押さえた」
責任者は黙っている。
「これ」
私は男の札を指す。
「あなたが確認したの?」
「記録は確認している」
「じゃあ、知ってたんだ」
「症状は把握していた」
知っていた。
全部知っていた。
「誰が続けると決めたの?」
「基準に従った」
「誰が決めたの?」
男は答えない。
ギルドマスターが投与記録を取る。
一枚ずつ捲る。
「ここに承認印がある」
紙を男へ向ける。
「お前の印だな」
「確認した印だ」
「何を確認した」
「投与量と魔力反応だ」
「子供の体調は?」
「記録に含まれている」
「確認したのか」
男は少し黙った。
「確認した」
「その上で印を押したんだな」
「基準上は投与可能だった」
薬師が立ち上がった。
「何の基準だ」
「中央研究所が定めたものだ」
「熱があってもか」
「一定以下なら継続する」
「吐いてもか」
「魔力反応が戻れば継続する」
「食べられなくてもか」
「必要量を摂取させる」
薬師が男を見る。
「体が弱っていても?」
責任者は答えなかった。
「魔力反応が戻れば」
薬師が続ける。
「体が弱っていても、薬を増やすのか」
「抑制が不十分なら」
「死にそうでも?」
「死亡の兆候があれば中止する」




