第34章 ⑧-2
「逃げられたか」
答えない。
「口を閉じられたか」
答えない。
「嫌だと言えば、やめたのか」
何も答えない。
「なら拘束だ」
衛兵が続きを書く。
男の額に汗が浮かぶ。
「子供が怪我をしないためだった」
今度は安全のため。
新しい言い訳。
「怪我?」
私は聞く。
「どんな?」
「抵抗すれば、寝台から落ちることもある」
「押さえなければ?」
「投薬できない」
「怪我の話じゃないね」
男が黙る。
「押さえたから怪我した子は?」
薬師が別の記録を取った。
「いる」
四の札の顔が動く。
薬師は紙を読む。
「右手首に腫れ」
「左肩に内出血」
「口の端が切れて出血」
「顎に指の痕」
薬師は四の札を見る。
「全部、投薬後だ」
「抵抗が激しかった」
「三歳の子供に負けたのか」
男の顔が歪む。
「違う!」
「では何故、怪我をした」
「動くからだ!」
「動けないように押さえたんだろう」
薬師の声は冷たかった。
「その状態で怪我をしたなら」
記録を机へ置く。
「お前が力を掛けすぎた」
「必要な力だった」
「骨を折る前までなら必要か」
男は答えない。
「血が出るまでか」
答えない。
「痕が残るまでか」
答えない。
薬師の手が記録を押さえる。
紙の端が曲がった。
「どこまでなら」
低い声だった。
「子供を傷付けてもいいと思っていた」
男は何も言わなかった。
私は四の札を見る。
この人は。
子供の泣き声を聞いた。
逃げようとする手を掴んだ。
痛がる体を押さえた。
口から血が出ても。
やめなかった。
感情が無かったわけではない。
今。
自分が責められて。
怖がっている。
汗も出る。
声も荒くなる。
自分が傷付くのは嫌らしい。
「痛いって言わなかった?」
私は聞く。
男の目が止まる。
「子供が痛いってやめてって」
「言わなかった?」
答えない。
「聞こえなかった?」
男の喉が動く。
「……言っていた」
聞こえていた。
分かっていた。
それでも。
離さなかった。
「何でやめなかったの?」
「命令だった」
また。
それだった。
私は頷く。
「じゃあ」
男を見る。
「今度は命令した人を呼ぼう」
四の札が顔を上げる。
「私は従っただけだ」
「うん」
私は言った。
「従って、押さえた」
「違う」
「何が?」
「私は投薬を補助しただけだ!」
「子供が嫌がった」
私は言う。
「逃げようとした」
「大人二人で押さえた」
「口を開けた」
「血が出ても離さなかった」
男は黙る。
「それを」
私はギルドマスターを見る。
「何て言うの?」
ギルドマスターは衛兵へ言った。
「暴行」
筆が動く。
紙へ。
はっきりと。
書かれた。
四の札の男が一歩下がる。
冒険者が後ろに立つ。
逃げられない。
ギルドマスターは続けた。
「拘束しておけ」
「待て!」
男が声を上げる。
「命令したのは私ではない!」
「分かっている」
ギルドマスターは答えた。
「だから次を呼ぶ」
四の札が廊下の奥を見る。
その先で。
一人の男が。
ゆっくり後ろへ下がった。
胸に。
投与責任者の札が下がっていた。




