第34章 ⑥
薬師は次の記録を取った。
「この子は吐いている」
研究所の薬剤師を見る。
「その日の薬は止めたか」
「一度休ませた」
「次の日に同じ量を飲ませている」
「魔力反応が戻った」
「体は戻っていない」
薬師が記録を机へ置く。
「食事を取れていない」
次の紙。
「熱も上がっている」
さらに次。
「その翌日に増量した」
薬師の声は静かだった。
「何故だ」
「抑制が不十分だった」
「何の」
「魔力の」
「子供の体は?」
男は答えない。
「魔力しか見ていないのか」
「研究の目的は――」
「子供の体はどうでもよかったのか」
研究所の薬剤師が顔を上げる。
「違う」
「では何故、止めなかった」
「所長が継続を決めた」
「何故、止めなかった」
同じ質問だった。
男は答えられない。
薬師がもう一枚取る。
その紙だけ。
持つ手に力が入った。
「この子は意識を失っている」
呼びかけても反応しなかった。
長い間。
動かなかった。
「しばらくして回復した」
研究所の薬剤師が言う。
「だから次を飲ませたのか」
「必要な処置だった」
「必要?」
初めて。
薬師の声が揺れた。
怒っている。
「吐いた時点で止める」
記録を机へ置く。
「熱が出たなら原因を調べる」
次を置く。
「食事も取れず、体が弱っているなら薬を抜く」
次。
「意識を失ったなら、二度と同じ調合を使わない」
最後の紙を置く。
「まして増量などあり得ない」
研究所の薬剤師の額から汗が流れる。
一の札の紐へ染みていく。
「中央からの指示だった」
「誰が決めたかは聞いていない」
薬師は男を見る。
「お前は、この調合を見た」
「飲ませる相手も知っていた」
「結果も見た」
「それでも作った」
男の手が震える。
「拒否すれば、私が外される」
小さな声だった。
「別の者が作るだけだ」
薬師はしばらく黙る。
それから。
薬瓶を一つ手に取った。
「俺なら作らない」
男が顔を上げる。
「外されても作らない」
薬師は瓶を置く。
「別の者が作るなら、そいつを止める」
次の瓶。
「止められないなら、外へ知らせる」
調合の記録。
「薬師とは」
薬師が言う。
「薬を作れる者のことじゃない」
男の顔が歪む。
「薬を使っていいか判断する者だ」
机の上には。
薬がある。
記録がある。
中央から届いた配合表がある。
その薬を飲んだ子供達も。
すぐ近くにいる。
薬師はギルドマスターを見る。
「この薬は押収しろ」
「分かった」
「子供達には、今後一切飲ませるな」
「当然だ」
「急に止めた影響が出るかもしれない。俺が全員診る」
ギルドマスターが頷く。
薬師は中央の配合表を持ち上げた。
「これも借りる」
「何が分かる?」
「全部調べる」
薬師の目が細くなる。
「使った薬草」
「混ぜた量」
「一緒に使った時の作用」
「子供ごとの差」
「何日続けたか」
「出た症状」
「一つずつだ」
商人が聞く。
「どれくらい掛かる?」
薬師は商人を見る。
「三日」
商人が止まる。
私も止まる。
三日。
前にも聞いた気がする。
薬師はもう記録を纏め始めていた。
「寝ろよ?」
商人が言う。
「黙れ」
「飯も食えよ?」
「追い出すぞ」
いつもの薬師だった。
少しだけ。
でも。
記録を見る目は戻らない。
薬師は本当に。
三日やるつもりだった。
多分。
商人が私を見る。
私は頷く。
止めても無駄だと思う。
ただ。
今回は。
カレーではない。
子供達のためだった。




