第34章 ⑤
薬師は薬瓶を三本並べた。
「この薬は、魔力の働きを鈍らせる」
一つ目を指す。
「同時に、体の動きも鈍くなる」
二つ目。
「これは眠気を強くする」
三つ目。
「これは痛みや苦しさへの反応を弱める」
私は瓶を見る。
「痛くなくなる?」
「違う」
薬師が答えた。
「痛みが消えるわけではない」
少し間を置く。
「訴えにくくなる」
言えなくなる。
苦しい。
痛い。
助けて。
それを伝えにくくする。
「何で混ぜるの?」
薬師は答えなかった。
研究所の薬剤師を見る。
「何のためだ」
男が目を逸らす。
「魔力を安定させるためだ」
「これが?」
薬師が三本の瓶を指す。
「魔力だけを抑える配合だと、本気で思っているのか」
「中央の研究では効果が確認されている」
「何への効果だ」
男が黙る。
薬師は子供達の記録を開いた。
「泣かなくなった」
次の紙。
「抵抗しなくなった」
さらに次。
「呼びかけへの反応が弱くなった」
紙を机へ置く。
「これを安定と呼んだのか」
誰も答えない。
私は子供達を思い出す。
研究所から出てきた時。
静かだった。
怖いくらい。
声を出さない子もいた。
泣かないのではない。
泣けなかったのかもしれない。
「安定って」
私は聞く。
「何?」
研究所の薬剤師が答える。
「魔力の反応が一定の範囲に収まった状態だ」
「子供は?」
「何だ」
「子供の状態は?」
男が言葉に詰まる。
「魔力の乱れが収まれば、本人の負担も――」
「泣けないのに?」
私は記録を指した。
「動けないのに?」
返事はない。
薬師が別の紙を取る。
「投与前。泣いて抵抗した」
次の記録。
「投与後。抵抗が減った」
さらに次。
「追加投与後。呼びかけへの反応が低下」
薬師の指が止まる。
「魔力の数字は下がっている」
研究所の薬剤師が頷いた。
「だから効果はあった」
薬師が顔を上げる。
「子供の反応も一緒に消えている」
「一時的な鎮静だ」
「何日続いた」
男は答えない。
薬師が記録を捲る。
一日。
二日。
三日。
それより長い子もいる。
「これが一時的か?」
「薬を止めれば回復する」
「止めたのか」
「研究中だった」
薬師の顔から表情が消えた。
机の上には。
同じ言葉が並んでいる。
安定。
鎮静。
抑制。
でも。
その下にあるのは。
泣かなくなった。
抵抗しなくなった。
呼んでも答えなくなった。
だった。
「便利だった?」
私は聞いた。
男が私を見る。
「何がだ」
「泣かない子」
「逃げない子」
「嫌だって言わない子」
「研究しやすかった?」
「そのための薬ではない」
「でも、続けた」
男の目が揺れる。
私は薬瓶を見る。
魔力を抑える薬。
眠らせる薬。
訴えにくくする薬。
全部を混ぜた。
薬師が配合表を持ち上げた。
「これは魔力を安定させる薬じゃない」
研究所の薬剤師の顔が強張る。
「では何だと言う」
薬師は子供達の記録を見た。
「子供を扱いやすくする薬だ」
部屋が静かになった。
研究所の薬剤師は。
もう反論しなかった。




