閑話 襲来
閑話 襲来
その日は朝から平和だった。
鍋蓋がある。
ナイフもある。
お玉もある。
主人公は思った。
完璧だった。
私は機嫌良く朝ご飯の準備をしていた。
鍋に水を入れる。
火をつける。
鍋蓋を乗せる。
主人公は思った。
良い。
実に良い。
鍋蓋は素晴らしかった。
その時だった。
何かが飛んだ。
ぶーん。
私は止まる。
ぶーん。
もう一度飛ぶ。
私はゆっくり振り返った。
いた。
黒かった。
飛んでいた。
虫だった。
終わった。
私は立ち上がる。
その場から下がる。
さがる。サガル。
犬が首を傾げた。
兄が振り返る。
「どうした」
私は震える指で前を指した。
兄は見る。
虫を見る。
そして言った。
「虫だな」
主人公は思った。
知ってる。
問題はそこではなかった。
虫だった。
飛んでいた。
こちらへ来た。
私は鍋蓋を掴んだ。
勇者の初期装備だった。
使う時が来た。
来てほしくなかった。
私は鍋蓋を構えた。
兄は少し考える。
そして虫を見る。
虫が飛ぶ。
ぶーん。
私は下がる。
兄は避ける。
犬が追う。
主人公は思った。
何故みんな平気なのか。
理解出来なかった。
虫が方向を変える。
こちらへ来た。
私は悲鳴を上げた。
「来たぁぁぁ!!」
鍋蓋を前へ出す。
カン。
虫が当たった。
落ちた。
私は少し安心する。
その瞬間だった。
虫が起き上がった。
主人公は思った。
終わった。
兄は落ちた虫を見る。
少し考える。
そして。
踏んだ。
ぷち。
静かになった。
洞窟も静かになった。
私は虫を見る。
兄を見る。
虫を見る。
兄を見る。
そして言った。
「倒した」
兄は頷いた。
「倒した」
私の戦果ではなかった。
完全に兄だった。
犬が尻尾を振る。
兄は虫を外へ捨てに行った。
私は鍋蓋を見る。
少し傷が付いていた。
主人公は思った。
勇者の盾だった。
多分。
だが。
それより気になる事があった。
私は立ち上がる。
兄が戻って来る。
「どうした」
私は答えた。
「洗う」
兄は少し考えた。
「何を」
私は鍋蓋を見せる。
兄は黙った。
主人公は思った。
虫だった。
私は洞窟の外へ出る。
水を汲む。
鍋蓋を洗う。
ごしごし。
洗う。
ごしごし。
まだ洗う。
兄が見ていた。
犬も見ていた。
主人公は思った。
大事だった。
物凄く大事だった。
私はもう一度洗う。
ごしごし。
やがて満足する。
鍋蓋は綺麗だった。
安心した。
私は鍋蓋を抱える。
洞窟へ戻る。
兄が聞いた。
「そんなに嫌か」
私は即答した。
「嫌」
兄は少し考える。
そして頷いた。
「そうか」
分かっていない。
だが。
虫はいなくなった。
鍋蓋も綺麗になった。
今はそれで良かった。
主人公は思った。
勇者装備はあった。
鍋蓋もあった。
ナイフもあった。。
オタマもあった。
だが。
虫には勝てなかった。
強敵であった。




