第30章 ①-2 白い部屋
「白い部屋」
私は繰り返す。
ルークは頷いた。
「寒くない」
「でも、寒かった」
私は黙っている。
「薬の匂い」
「変な匂い」
「知らない人」
「いっぱい」
ルークの声は小さい。
でも消えない。
火の音の中で、ちゃんと聞こえる。
「母さんがいた」
私は動かない。
「母さんが」
「手を引いて」
「王都に行くって」
「言った」
王都。
私はその言葉を頭に置く。
聞く。
まだ聞く。
「王都に行ったの?」
ルークは頷く。
「馬車」
「人がたくさん」
「サラ、泣いた」
サラは寝ている。
小さな寝息が聞こえる。
ルークはそちらを見ない。
見られないのかもしれない。
「母さんは」
「大丈夫って言った」
「ご飯もあるって」
「暖かいって」
私は拳を握りそうになる。
膝の上で、指を止める。
まだ。まだ駄目だ。
ルークが話している。
今はルークの時間だ。
「それから」
「大きい建物」
「白い」
「石」
「中も白い」
研究所。
その言葉が浮かぶ。
でも言わない。
ルークの言葉で聞く。
「そこに、母さんはいた?」
ルークは少し黙った。
火を見る。
長く。
長く。
「最初は」
そう言った。
私は喉の奥が冷たくなる。
最初は。
「途中から」
ルークは毛布をさらに握る。
「いなかった」
私は頷く。
「うん」
それだけ言う。
ルークは続ける。
「知らない人が来た」
「手を見た」
「目を見た」
「石を持たされた」
「火を出せって」
火。
ルークの火。
私は黙る。
「出したの?」
ルークは小さく頷く。
「出た」
「少し」
「そしたら」
「もっとって」
私は目を閉じそうになる。
閉じない。
見ている。
ルークを見る。
「もっと?」
「うん」
「もっと大きく」
「もっと長く」
「何回も」
ルークの声が少し震える。
「疲れた」
「でも、やめてって言えなかった」
私は言う。
「言えなくていい」
ルークが初めて私を見た。
私は続ける。
「四歳」
「言えなくていい」
「悪くない」
ルークは黙った。
目が少し揺れる。
私はもう一度言う。
「悪くない」
ルークは火を見る。
「でも」
「サラがいた」
その声で分かった。
ここからだ。
私は息を吸う。
「サラ」
「うん」
「サラは、最初」
「母さんと一緒にいた」
「泣いてた」
「俺のところに来たがった」
「でも、来られなかった」
ルークの指が白くなる。
「それから」
「知らない人が」
「サラを見た」
「この子もって」
私は喉の奥が熱くなる。
この子も。
「この子も?」
ルークは頷く。
「まだ小さいって」
「でも、調べるって」
「土だって」
サラ。
土属性。
まだ覚醒していない。
でも。
知られていた。
私は膝の上の手を握る。
静かに。
かなり静かに。
「サラは泣いた」
「俺の方を見た」
「母さんは」
ルークは止まった。
止まったまま。
声が出ない。
私は言う。
「言わなくていい」
ルークは首を横に振った。
「言う」
小さい声。
でも強かった。
ルークは火を見る。
「母さんは」
「見てた」
それだけだった。
でも十分だった。
母親は見ていた。
サラが泣いているのを。
ルークが疲れているのを。
知らない人が、サラへ手を伸ばすのを。
見ていた。
私は静かに息を吐く。
「それから?」
ルークは目を伏せる。
「俺」
「サラの前に行った」
「駄目って言った」
「でも」
「大人が来た」
「押さえられた」
ルークの肩が震える。
小さい肩。
四歳だった肩。
今もまだ小さい。
「熱くなった」
「体が」
「手が」
「頭も」
「火が出た」
私は火を見る。
今、目の前にある火とは違う火。
ルークの中から出た火。
「怖かった?」
ルークは頷く。
「怖かった」
「でも」
「サラの方が怖かったと思う」
その言葉に。
私は胸が痛くなった。
ルークは続ける。
「白い部屋が赤くなった」
「誰かが叫んだ」
「サラが泣いた」
「俺、サラを掴んだ」
「離したら駄目だと思った」
私は頷く。
「うん」
「離さなかった」
ルークは頷いた。
「離さなかった」




