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第29章⑤ 知らせ

第29章⑤ 知らせ


洗濯物が揺れている。


風に揺れる。


ぱた。ぱた。


白い布。


色の違う服。


小さい服。もっと小さい服。


それを見ているだけで。


少し眠くなる。


春の午後だった。


昼ご飯。


畑。


水やり。


柵。


洗濯。


やることは多い。


でも、冬とは違う。


寒さに追われていない。


火を守らないと死ぬ。


食べ物を減らさないと駄目。


外に出たら危ない。


そういう感じではない。


春はやることが多い。


でも、少し前向きだ。


私は干した布の下を通る。


手で触る。


まだ湿っている。


でも乾き始めている。


良い。


サラとニコは泡で遊び疲れて、家の中でころんとしている。


ミラが横で見ている。


カイルは洗い場の水を片付けている。


ルークは畑の柵を見に行った。


何度も見に行く。


気になるらしい。


イナも付いて行った。


信用できない組み合わせだった。


私は少し考えてから言う。


「ルーク」


ルークが振り向く。


「何?」


「イナ」


「掘ったら止めて」


ルークは頷いた。


「うん」


イナは私を見た。


そんなことしない。


そんな顔だった。


信用しない。


私は洗濯籠を逆さにして干す。


中も乾かす。


カイルが水桶を持って戻ってくる。


「終わった」


「ありがとう」


「次は?」


私は少し考える。


次。


かなりある。


でも。


「休憩」


カイルが少し意外そうな顔をした。


「いいの?」


「いい」


「働いた」


カイルは少し黙る。


それから頷いた。


「分かった」


何となく。


まだ慣れていない顔だった。


休むことに。


私は家の入口の近くに座る。


切り株。


前に持ってきたやつ。


かなり重かった。


多分、人が見たら驚く。


でも持てた。


普通に。


私は自分の手を見る。


力はある。


多分、子供を全員乗せたカートも持てる。


でも。


全部、自分で持つのは違う。


家は一人で持つものではない。


カイルが近くに座る。


少し離れて。


でも近い。


ミラも家の中から顔を出す。


「お茶にしますか?」


私は頷く。


「お願い」


ミラが少し嬉しそうに動く。


働きすぎない。


でも、頼む。


難しい。


私は空を見る。


雲が薄い。


春の雲。


遠くで鳥が鳴いた。


イナが反応する。


走ろうとした。


ルークが止める。


「駄目」


イナは止まった。


偉い。


ルークも偉い。


私は少し笑う。


その時だった。


道の方から声がした。


「いるかい」


おばちゃんだった。


私は顔を上げる。


おばちゃんが歩いてくる。


いつもより少しだけ。


顔が硬い。


私は立つ。


「こんにちは」


おばちゃんは頷く。


「こんにちは」


その後ろに。


ギルマスもいた。


私は止まる。


ギルマス。


おばちゃん。


二人。


これは。


多分良くない話だ。


カイルも立った。


ミラも戸口で止まる。


ルークが畑の方から戻ってくる。


イナも戻る。


サラが家の中から顔を出す。


「おばちゃん?」


おばちゃんはサラを見る。


少し笑った。


でも。


すぐに顔を戻した。


やっぱり良くない話だ。


私は聞く。


「何かあった?」


おばちゃんはギルマスを見る。


ギルマスが一歩前へ出る。


「話がある」


私は頷く。


「うん」


「子供達のことだ」


空気が少し変わった。


カイルがミラを見る。


ミラがニコの肩に手を置く。


ルークが止まった。


サラは分かっていない顔で、私を見る。


私はギルマスを見る。


「誰の?」


ギルマスは少し間を置いた。


「ルークとサラだ」


ルークの手が、少し動いた。


私は見た。


ルークは何も言わない。


サラは首を傾げる。


「わたし?」


私はサラの頭を撫でる。


「うん」


「でも、まだ聞くだけ」


サラは分かっていない顔のまま頷いた。


ギルマスが言う。


「今日、町に女が来た」


私は黙る。


「二人の母親だと言っている」


風が吹いた。


干した布が揺れる。


ぱた。ぱた。


さっきまで良い音だったのに。


少し遠く聞こえた。


私は聞く。


「母親」


ギルマスは頷いた。


「本人かどうかは、まだ確かめている」


おばちゃんが言う。


「顔は似ているよ」


「少なくとも、何か知ってる顔だ」


私はおばちゃんを見る。


おばちゃんは真面目な顔だった。


冗談ではない。


私はルークを見る。


ルークは俯いていた。


顔が見えない。


でも。


手が握られている。


強く。


私はすぐに聞きたくなった。


知ってる?


会いたい?


怖い?


何があった?


でも。


聞かない。


今ここで。


みんなの前で。


無理に聞かない。


私はギルマスへ視線を戻す。


「今どこ?」


「ギルドだ」


「一人?」


「一人だ」


私は頷く。


「何て言ってる?」


ギルマスは少し渋い顔をした。


「子供を返してほしい、と」


カイルが息を呑んだ。


ミラの手がニコの肩を強く掴む。


おばちゃんの顔が険しくなる。


私は何も言わない。


言わないようにする。


返してほしい。


返す。


何を。


誰を。


物みたいに。


私は息を吸う。


一回。


吐く。


お仕事。


違う。


まだ違う。


今は家。


でも。


感情で動かない。


まず聞く。


全部聞く。


言わせる。


それから考える。


私は言う。


「分かった」


ギルマスが少し驚いた顔をした。


多分私がもっと何か言うと思ったのだ。


怒るとか。


騒ぐとか。


私も本当はそうしたい。


でも。


まだ早い。


私は聞く。


「今日は会わない」


ギルマスが頷く。


「その方がいいと思う」


おばちゃんも頷いた。


「子供達も疲れてる」


私はルークを見る。


ルークはまだ俯いている。


サラは私の服を掴んでいる。


よく分からないまま。


でも何かを感じている。


私はサラの手を握る。


「明日町へ行く」


ギルマスが頷く。


「俺も同席する」


おばちゃんが言う。


「あたしも行くよ」


私は頷く。


「お願い」


ギルマスは少し迷う。


それから言った。


「無理に返すつもりはない」


私はギルマスを見る。


「うん」


「分かってる」


町は。


多分無理に引き剥がさない。


少なくとも。


ギルマスとおばちゃんは。


でも。


親。


母親。


この世界の決まり。


私には分からないことがある。


だから。


明日聞く。


言わせる。


全部。


おばちゃんが低い声で言う。


「みー」


私は見る。


「今日は、ルークのそばにいてやりな」


私は頷く。


「うん」


おばちゃんはサラを見る。


サラの頭を撫でる。


「大丈夫だよ」


サラは不思議そうに笑った。


「だいじょうぶ?」


「ああ」


おばちゃんは笑う。


でも目は笑っていなかった。


ギルマスはカイル達も見る。


「お前達も、何かあればすぐ町へ来い」


カイルが頷いた。


「はい」


ミラも頷く。


ニコは分かっていない。


イナはギルマスを見ている。


多分かなり警戒している。


偉い。


ギルマスとおばちゃんは、長居せず帰っていった。


帰り際。


おばちゃんがもう一度振り向いた。


私を見る。


何か言いたそうだった。


でも言わなかった。


私も聞かなかった。


今は。


家の中だ。


私は戸を閉める。


ぱたん。


外で布が揺れている。


春の風がまだ吹いている。


でも。


家の中は少し静かだった。


サラが私を見る。


「みー」


「おかあさん?」


私はしゃがむ。


サラと目を合わせる。


「多分」


サラは首を傾げる。


「おかあさん」


その言葉に。


ルークが少し震えた。


私は見た。


サラは見ていない。


私は言う。


「今日は」


「ご飯食べて」


「寝る」


サラはまた首を傾げる。


「おはなしは?」


「明日」


「大人が話す」


少し考える。


「ルークの話も聞く」


ルークが顔を上げた。


目が合う。


「でも」


「今すぐじゃなくていい」


ルークは黙っている。


「言える時でいい」


「言いたくないことは、無理に言わない」


ルークの手が、少しだけ緩んだ。


ほんの少し。


私はそれを見た。


よし。


今はそれでいい。


ミラが静かに言う。


「夕ご飯、手伝います」


私は頷く。


「お願い」


カイルも言う。


「水、汲む」


「お願い」


いつもと同じ。


でも少し違う。


家の中の空気が。


ほんの少し重い。


ご飯は作る。


火は点ける。


水は汲む。


サラとニコはお腹が空く。


イナもお腹が空く。


洗濯物は乾く。


畑の芽は待っている。


明日が来る。


それでも。


今日のご飯はいる。


私は鍋を見る。


手を動かす。


考えるのは後。


今は。


ご飯。


春は待つことが多い。


でも。


待っている間にも。


沢山やることはある。


火が小さく鳴った。


家の中に、いつもの匂いが広がる。


いつもの匂い。


その中で。


ルークは静かに座っていた。


サラは私の近くにいる。


私は二人を見る。


守る。


そう思った。


でも。


明日は。


まず聞く。


それからだ。


全部。


それから。

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