表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
206/223

第29章④ 洗濯

第29章④ 洗濯


昼ご飯の後、私は外を見る。


晴れている。


風もある。


強すぎない。


弱すぎない。


良い風だ。


洗濯日和だった。


私は布を見る。


服を見る。


寝る時に使った布を見る。


昨日の町で使った布を見る。


肉とカレーの匂いが残っている服を見る。


多い。


私の服。


子供達の服。


布。


手ぬぐい。


犬が踏んだ布。


何故踏んだ。


私はイナを見る。


イナは何も知らない顔をしている。


私は息を吸う。


「洗う」


サラが顔を上げる。


「おふろ?」


イナが立った。


そして一歩下がった。


早い。


違う。


「服」


イナが止まる。


サラが首を傾げる。


「ふく?」


「うん」


「洗濯しよう」


イナは少し戻ってきた。


分かっているのか。


分かっていないのか。


お風呂ではないことだけ分かった。


私は洗濯物を籠へ入れる。


やっぱり多い。


カイルがすぐ持とうとする。


「持つ?」


私は頷く。


「お願い」


ミラが布を分ける。


「これは服」


「これは布」


「これは汚れが強いです」


仕事が早い。


でも。


私は灰の入った小さな桶を見る。


「ミラ」


「はい」


「これは私」


ミラが桶を見る。


「灰ですか?」


「うん」


「強いから、手が痛くなるかも」


ミラは真剣に頷いた。


「子供達には触らせません」


「ミラも」


ミラが少し止まる。


「私もですか」


「うん」


「今日は見てて」


ミラは少し不満そうだった。


本当に少し。


でも頷いた。


「はい」


この世界では。


八歳でも働く。


分かっている。


でも。


灰の上澄みは別。


強いものは強い。


子供に任せるものではない。


洗い場へ行く。


家の横。


水を使える場所。


桶を並べる。


石鹸の実。


米ぬか。


竈の灰。


水。


洗う布。


干す場所。


準備だけで大仕事だった。


サラとニコは小さい布を持っている。


二人とも真剣だ。


イナは水桶を覗いている。


飲まないでほしい。


私は石鹸の実を取る。


お風呂で使っているものだ。


潰すと泡が出る。


泡は偉い。


かなり偉い。


「これは」


サラが言う。


「おふろ」


私は頷く。


「お風呂の実」


「服にも使う」


ニコが覗く。


「ぶくぶく?」


「うん」


「ぶくぶく」


石で軽く潰す。


水へ入れる。


揉む。


少し泡が出る。


サラの目が丸くなる。


「ぶくぶく!」


ニコも笑う。


「ぶく!」


イナも鼻を近付ける。


私は止める。


「食べない」


イナは鼻を引っ込めた。


少し不満そうだった。


何でも食べようとしないでほしい。


私は次に米ぬかを見る。


米を擦った時に出たもの。


白っぽい粉。


少し茶色。


捨てるのは勿体ない。


米は食べる。


籾殻は畑。


米ぬかは洗う。


無駄がない。


かなり良い。


私は米ぬかを布に包む。


小さな袋にする。


ぎゅっと縛る。


ぬか袋。


「これは?」


ミラが聞く。


「米の残り」


「汚れ落とす」


カイルが覗く。


「粉で洗うのか」


「うん」


「こする」


私はぬか袋を水に浸ける。


揉む。


水が少し白くなる。


手で布をこする。


ぬるっとするような。


しっとりするような。


良いのか悪いのか。


多分良い。


昔、米ぬかで掃除とか聞いたことがある。


詳しくは知らない。


次に灰。


竈の灰を少しだけ桶へ入れる。


水を入れる。


木の棒で混ぜる。


濁る。


サラが近付こうとする。


私は止める。


「これは駄目」


サラが止まる。


「だめ?」


「うん」


「強い」


「手、痛い」


サラは自分の手を見る。


ニコも手を見る。


二人とも下がった。


偉い。


私は灰の桶を見る。


待つ。


濁りが下に落ちるまで。


上の水だけを使う。


灰汁。


多分。


強い。


危ない。


でも、汚れには効く。


多分。


また待つ。


米も待つ。


畑も待つ。


灰も待つ。


春は待つことが多い。


私はそう思いながら、石鹸の実の水で普通の服を洗う。


ミラは横で見ている。


かなり真剣に。


「こうですか」


「うん」


「強くこすりすぎない」


「布、傷む」


ミラは頷く。


サラとニコには、小さい布を渡す。


泡の水で、もみもみするだけ。


「ぎゅっ」


「じゃぶ」


「ぎゅっ」


サラは楽しそうだった。


ニコは布を水へ沈めすぎた。


ばしゃ。


水が跳ねる。


私の服にかかる。


「……」


ニコが固まる。


サラも固まる。


ミラも固まる。


イナだけが楽しそうだった。


私は服を見る。


濡れた。


また洗うものが増えた。


私は息を吐く。


「大丈夫」


「水だから」


ニコはほっとした顔をした。


「みず」


「うん」


「水」


イナが濡れたところを舐めようとする。


「イナ」


イナは止まる。


忙しい。


洗濯は戦いだった。


灰の桶を見る。


少し落ち着いてきた。


上の水が澄んでいる。


私はそれを別の器へそっと移す。


下の濁りは入れない。


上だけ。


少しだけ。


匂いの強い布を持つ。


昨日の肉。


カレー。


味噌。


煙。


全部吸った布。


これは強い。


かなり強い。


私は灰の上澄みを少し薄める。


さらに水を足す。


そして布を浸す。


少し揉む。


ぬか袋でもこする。


匂いが少し薄くなる。


おお。


効いている。


私は嬉しくなる。


でも手が少しぬるぬるする。


少しだけ、きしむ。


やっぱり強い。


私はすぐ水で手を洗う。


「これは少しだけ」


ミラが頷く。


「はい」


「手を洗う」


「はい」


「子供達は触らない」


「はい」


カイルも頷いた。


「俺は?」


私は少し考える。


十歳。


でも子供。


「見る」


カイルは少し不満そうだった。


でも頷いた。


「分かった」


男の子だからとか。


力があるからとか。


それで危ないものを持たせるのは違う。


必要になったら頼む。


でも今は私がやる。


大人なので。


洗う。


すすぐ。


絞る。


干す。


洗う。


すすぐ。


絞る。


干す。


繰り返す。


ミラは干すのが上手い。


布の端を揃える。


しわを伸ばす。


風が通るように間を空ける。


すごい。


八歳。


でもすごい。


「上手」


私が言うと、ミラは少し照れた。


「商団で、布を干していました」


そうか。


商団。


私は少し黙る。


ミラの手を見る。


小さい手。


でも働いてきた手。


「助かる」


それだけにした。


可哀想、と言いそうになった。


言わない。


ミラは今、洗濯物を干している。


今ここで必要なのは。


可哀想ではなく。


ありがとうだった。


カイルは水を運ぶ。


重い桶を持つ。


何度も。


無理はしていないか見る。


多分、大丈夫。


でも見る。


ルークは小さい布を絞る。


かなり真剣だ。


火の魔法を持っている子。


でも。


目の前のルークは。


小さい布を絞っている。


ぎゅう。


水が落ちる。


ぽた。


ぽた。


サラは泡を見ている。


ニコも泡を見ている。


二人とも洗濯より泡だった。


まあいい。


小さいから。


イナは干した布の下をくぐろうとする。


私は止める。


「だめ」


イナは止まる。


「倒れる」


イナは布を見る。


「乾くまで」


イナは座った。


本当に分かっているのか。


分からない。


でも座った。


えらい。


洗濯物が少しずつ並んでいく。


服。


布。


手ぬぐい。


寝る時に使った布。


町で使った布。


カレーの匂いがした布。


イナが踏んだ布。


全部。


風に揺れる。


春の風が通る。


石鹸の実の匂い。


米ぬかの匂い。


灰の少し乾いた匂い。


土の匂い。


昼ご飯の匂い。


いろいろ混ざっている。


悪くない。


「終わり?」


サラが聞く。


私は洗濯籠を見る。


やっと空。


「終わり」


サラが笑う。


ニコも笑う。


イナも尻尾を振る。


カイルが水桶を置く。


ミラが最後の布を整える。


ルークが自分の手を見る。


しわしわだった。


私は笑う。


「水仕事の手」


ルークが手を見る。


「しわ」


「うん」


「乾く」


ルークは頷いた。


サラも自分の手を見る。


ニコも見る。


二人とも、なぜか嬉しそうだった。


私は干した布を見る。


人数が増えた。


洗うものも増えた。


汚れるものも増えた。


水もたくさん使う。


手間も増えた。


でも。


干された布が揺れているのを見ると。


少しだけ嬉しい。


家族がいる分だけ。


洗濯物がある。


そう思った。


春は。


汚れも増える。


洗う物も増える。


でも。


乾くのも早い。


それはかなり助かる。


風が吹く。


布が揺れる。


その向こうで。


畑の小さな芽も揺れていた。


洗った。


干した。


乾くのを待つ。


また待つ。


春は本当に。


待つことが多い。


でも。


今日は。


少し好きだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ