第29章④ 洗濯
第29章④ 洗濯
昼ご飯の後、私は外を見る。
晴れている。
風もある。
強すぎない。
弱すぎない。
良い風だ。
洗濯日和だった。
私は布を見る。
服を見る。
寝る時に使った布を見る。
昨日の町で使った布を見る。
肉とカレーの匂いが残っている服を見る。
多い。
私の服。
子供達の服。
布。
手ぬぐい。
犬が踏んだ布。
何故踏んだ。
私はイナを見る。
イナは何も知らない顔をしている。
私は息を吸う。
「洗う」
サラが顔を上げる。
「おふろ?」
イナが立った。
そして一歩下がった。
早い。
違う。
「服」
イナが止まる。
サラが首を傾げる。
「ふく?」
「うん」
「洗濯しよう」
イナは少し戻ってきた。
分かっているのか。
分かっていないのか。
お風呂ではないことだけ分かった。
私は洗濯物を籠へ入れる。
やっぱり多い。
カイルがすぐ持とうとする。
「持つ?」
私は頷く。
「お願い」
ミラが布を分ける。
「これは服」
「これは布」
「これは汚れが強いです」
仕事が早い。
でも。
私は灰の入った小さな桶を見る。
「ミラ」
「はい」
「これは私」
ミラが桶を見る。
「灰ですか?」
「うん」
「強いから、手が痛くなるかも」
ミラは真剣に頷いた。
「子供達には触らせません」
「ミラも」
ミラが少し止まる。
「私もですか」
「うん」
「今日は見てて」
ミラは少し不満そうだった。
本当に少し。
でも頷いた。
「はい」
この世界では。
八歳でも働く。
分かっている。
でも。
灰の上澄みは別。
強いものは強い。
子供に任せるものではない。
洗い場へ行く。
家の横。
水を使える場所。
桶を並べる。
石鹸の実。
米ぬか。
竈の灰。
水。
洗う布。
干す場所。
準備だけで大仕事だった。
サラとニコは小さい布を持っている。
二人とも真剣だ。
イナは水桶を覗いている。
飲まないでほしい。
私は石鹸の実を取る。
お風呂で使っているものだ。
潰すと泡が出る。
泡は偉い。
かなり偉い。
「これは」
サラが言う。
「おふろ」
私は頷く。
「お風呂の実」
「服にも使う」
ニコが覗く。
「ぶくぶく?」
「うん」
「ぶくぶく」
石で軽く潰す。
水へ入れる。
揉む。
少し泡が出る。
サラの目が丸くなる。
「ぶくぶく!」
ニコも笑う。
「ぶく!」
イナも鼻を近付ける。
私は止める。
「食べない」
イナは鼻を引っ込めた。
少し不満そうだった。
何でも食べようとしないでほしい。
私は次に米ぬかを見る。
米を擦った時に出たもの。
白っぽい粉。
少し茶色。
捨てるのは勿体ない。
米は食べる。
籾殻は畑。
米ぬかは洗う。
無駄がない。
かなり良い。
私は米ぬかを布に包む。
小さな袋にする。
ぎゅっと縛る。
ぬか袋。
「これは?」
ミラが聞く。
「米の残り」
「汚れ落とす」
カイルが覗く。
「粉で洗うのか」
「うん」
「こする」
私はぬか袋を水に浸ける。
揉む。
水が少し白くなる。
手で布をこする。
ぬるっとするような。
しっとりするような。
良いのか悪いのか。
多分良い。
昔、米ぬかで掃除とか聞いたことがある。
詳しくは知らない。
次に灰。
竈の灰を少しだけ桶へ入れる。
水を入れる。
木の棒で混ぜる。
濁る。
サラが近付こうとする。
私は止める。
「これは駄目」
サラが止まる。
「だめ?」
「うん」
「強い」
「手、痛い」
サラは自分の手を見る。
ニコも手を見る。
二人とも下がった。
偉い。
私は灰の桶を見る。
待つ。
濁りが下に落ちるまで。
上の水だけを使う。
灰汁。
多分。
強い。
危ない。
でも、汚れには効く。
多分。
また待つ。
米も待つ。
畑も待つ。
灰も待つ。
春は待つことが多い。
私はそう思いながら、石鹸の実の水で普通の服を洗う。
ミラは横で見ている。
かなり真剣に。
「こうですか」
「うん」
「強くこすりすぎない」
「布、傷む」
ミラは頷く。
サラとニコには、小さい布を渡す。
泡の水で、もみもみするだけ。
「ぎゅっ」
「じゃぶ」
「ぎゅっ」
サラは楽しそうだった。
ニコは布を水へ沈めすぎた。
ばしゃ。
水が跳ねる。
私の服にかかる。
「……」
ニコが固まる。
サラも固まる。
ミラも固まる。
イナだけが楽しそうだった。
私は服を見る。
濡れた。
また洗うものが増えた。
私は息を吐く。
「大丈夫」
「水だから」
ニコはほっとした顔をした。
「みず」
「うん」
「水」
イナが濡れたところを舐めようとする。
「イナ」
イナは止まる。
忙しい。
洗濯は戦いだった。
灰の桶を見る。
少し落ち着いてきた。
上の水が澄んでいる。
私はそれを別の器へそっと移す。
下の濁りは入れない。
上だけ。
少しだけ。
匂いの強い布を持つ。
昨日の肉。
カレー。
味噌。
煙。
全部吸った布。
これは強い。
かなり強い。
私は灰の上澄みを少し薄める。
さらに水を足す。
そして布を浸す。
少し揉む。
ぬか袋でもこする。
匂いが少し薄くなる。
おお。
効いている。
私は嬉しくなる。
でも手が少しぬるぬるする。
少しだけ、きしむ。
やっぱり強い。
私はすぐ水で手を洗う。
「これは少しだけ」
ミラが頷く。
「はい」
「手を洗う」
「はい」
「子供達は触らない」
「はい」
カイルも頷いた。
「俺は?」
私は少し考える。
十歳。
でも子供。
「見る」
カイルは少し不満そうだった。
でも頷いた。
「分かった」
男の子だからとか。
力があるからとか。
それで危ないものを持たせるのは違う。
必要になったら頼む。
でも今は私がやる。
大人なので。
洗う。
すすぐ。
絞る。
干す。
洗う。
すすぐ。
絞る。
干す。
繰り返す。
ミラは干すのが上手い。
布の端を揃える。
しわを伸ばす。
風が通るように間を空ける。
すごい。
八歳。
でもすごい。
「上手」
私が言うと、ミラは少し照れた。
「商団で、布を干していました」
そうか。
商団。
私は少し黙る。
ミラの手を見る。
小さい手。
でも働いてきた手。
「助かる」
それだけにした。
可哀想、と言いそうになった。
言わない。
ミラは今、洗濯物を干している。
今ここで必要なのは。
可哀想ではなく。
ありがとうだった。
カイルは水を運ぶ。
重い桶を持つ。
何度も。
無理はしていないか見る。
多分、大丈夫。
でも見る。
ルークは小さい布を絞る。
かなり真剣だ。
火の魔法を持っている子。
でも。
目の前のルークは。
小さい布を絞っている。
ぎゅう。
水が落ちる。
ぽた。
ぽた。
サラは泡を見ている。
ニコも泡を見ている。
二人とも洗濯より泡だった。
まあいい。
小さいから。
イナは干した布の下をくぐろうとする。
私は止める。
「だめ」
イナは止まる。
「倒れる」
イナは布を見る。
「乾くまで」
イナは座った。
本当に分かっているのか。
分からない。
でも座った。
えらい。
洗濯物が少しずつ並んでいく。
服。
布。
手ぬぐい。
寝る時に使った布。
町で使った布。
カレーの匂いがした布。
イナが踏んだ布。
全部。
風に揺れる。
春の風が通る。
石鹸の実の匂い。
米ぬかの匂い。
灰の少し乾いた匂い。
土の匂い。
昼ご飯の匂い。
いろいろ混ざっている。
悪くない。
「終わり?」
サラが聞く。
私は洗濯籠を見る。
やっと空。
「終わり」
サラが笑う。
ニコも笑う。
イナも尻尾を振る。
カイルが水桶を置く。
ミラが最後の布を整える。
ルークが自分の手を見る。
しわしわだった。
私は笑う。
「水仕事の手」
ルークが手を見る。
「しわ」
「うん」
「乾く」
ルークは頷いた。
サラも自分の手を見る。
ニコも見る。
二人とも、なぜか嬉しそうだった。
私は干した布を見る。
人数が増えた。
洗うものも増えた。
汚れるものも増えた。
水もたくさん使う。
手間も増えた。
でも。
干された布が揺れているのを見ると。
少しだけ嬉しい。
家族がいる分だけ。
洗濯物がある。
そう思った。
春は。
汚れも増える。
洗う物も増える。
でも。
乾くのも早い。
それはかなり助かる。
風が吹く。
布が揺れる。
その向こうで。
畑の小さな芽も揺れていた。
洗った。
干した。
乾くのを待つ。
また待つ。
春は本当に。
待つことが多い。
でも。
今日は。
少し好きだった。




