第29章③ 昼ご飯
第29章③ 昼ご飯
水をやった、柵もできた。
畑の周りを、もう一度見る。
低い枝の柵。
小さな芽。
濡れた土。
うん。
かなりいい。
私は息を吐く。
その瞬間。
お腹が鳴った。
サラが私を見る。
「みー?」
私は頷く。
「ご飯にしよう」
ニコも反応した。
「ごはん」
イナも反応した。
かなり早い。
家へ戻り戸を開ける。
中へ入る。
そこで止まった。
台の上に、皿が並んでいた。
布が掛かっている。
鍋からは、少し湯気が出ていた。
私は瞬きをする。
一回。
二回。
「ご飯」
ミラが少し慌てて前へ出た。
「水やりの前に、用意していました」
「朝、みーさんがご飯を炊いてくれていたので」
「私は握って、スープを温めただけです」
私は台を見る。
布を少しめくる。
おにぎりがあった。
小さいおにぎり。
少し大きいおにぎり。
形は揃っていない。
丸い。
細長い。
少し平たい。
少し崩れそうなものもある。
でも。
おにぎりだった。
ちゃんと。
おにぎりだった。
別の皿には野菜があった。
切ってある。
大きいもの。
小さいもの。
少し斜めのもの。
かなり斜めのもの。
でも。
食べられる。
鍋の中にはスープ。
昨日の残りに、野菜が足されている。
干し肉も少し。
湯気が立っている。
私はしばらく見ていた。
ご飯がある。
私が今作ったのではない。
でも。
ご飯がある。
不思議だった。
ミラが不安そうに私を見る。
「変でしたか?」
私は首を振る。
「変じゃない」
ミラは少し瞬きをした。
「でも、私は握っただけです」
「スープも温めただけで」
「野菜も、少し切っただけで」
私はもう一度首を振る。
「握った、温めた、切った」
「それ、ご飯」
ミラは黙った。
私は言う。
「ありがとう。助かる」
ミラの顔が、少しだけ明るくなった。
ほんの少し。
でも分かった。
嬉しかったのだと思う。
サラが台の下から覗く。
「おにぎり?」
ミラが頷く。
「小さいのは、サラちゃんとニコくん用です」
サラの顔が明るくなる。
「ちいさい!」
ニコも覗く。
「ぼく?」
ミラが少し笑う。
「ニコくんのもあります」
ニコは嬉しそうに頷いた。
分かっているのか。
いないのか。
でも嬉しそうだった。
カイルが鍋を見る。
「火、使ったのか?」
ミラは少し胸を張る。
「少しだけ」
カイルの顔が少し硬くなる。
私はそれを見る。
ミラを見る。
八歳。
まだ八歳。
でも、この世界では。
働く年なのだと思う。
カイルは十歳。
ミラは八歳。
二人は商団で働いていた。
荷物を持って。
小さい子を見て。
火も使って。
歩いて。
我慢して。
生きてきた。
それは、多分。
この世界では珍しくない。
でも、私の中には別の当たり前がある。
八歳。
まだ子供。
十歳も。
まだ子供。
火は怖い。
鍋は重い。
包丁も危ない。
それでも。
何もしないでいいとは言えない。
この家では。
みんなで暮らす。
みんなで食べる。
だから、みんなで動く。
でも。
全部を背負うのは違う。
私はミラを見る。
「ミラ」
「はい」
「助かった」
ミラが頷く。
「はい」
私は続ける。
「でも」
ミラが少し固まった。
私はゆっくり言う。
「火は一人でつけない」
「鍋は一人で持たない」
「包丁も急がない」
ミラは黙る。
少しだけ。
それから頷いた。
「はい」
私は考える。
言葉が足りない気がした。
だからもう少し言う。
「仕事はお願いする」
「助かる」
「でも、一人で全部しない」
ミラが私を見る。
私は言う。
「一緒にやろう」
ミラは少しだけ、目を伏せた。
怒られたと思ったのかもしれない。
違う。
怒っていない。
かなり助かった。
でも。
危ない。
それも本当だった。
私はもう一度言う。
「ありがとう」
「でも、危ない時は呼ぶ」
ミラは小さく頷いた。
「分かりました」
カイルが横で息を吐いた。
少し安心した顔だった。
やっぱり兄だ。
ルークはおにぎりを見ている。
真剣な顔だ。
昨日の肉巻きおにぎりを思い出している顔だった。
私は聞く。
「ルーク」
「何?」
「作る?」
ルークは少しだけ目を上げた。
「肉?」
「今日は肉少し」
ルークは頷いた。
「巻く?」
私は少し考える。
昼。
畑。
水やり。
柵。
みんな少し疲れている。
面倒。
でも。
練習。
「一つだけ」
ルークの目が少し明るくなった。
ミラがすぐ言う。
「肉、少し残っています」
仕事が早い。
私は台を見る。
薄い肉ではない。
昨日の残りの肉。
少し厚い。
でも小さく切れば巻ける。
多分。
「焼く」
サラが反応する。
「にく!」
ニコも反応する。
「にく!」
イナが立った。
本当に早い。
私はイナを見る。
「まだ」
イナは座った。
でも尻尾はブンブン動いている。
ミラが小さな皿を出す。
カイルが火の様子を見る。
ルークがおにぎりを一つ持つ。
少し冷めている。
熱くない。
良い。
私は肉を小さく切る。
包丁を置く。
「ここ」
「巻く」
ルークは頷く。
肉をおにぎりに巻く。
昨日より小さい。
少しずれる。
でも巻けた。
私は頷く。
「いいね」
ルークは少しだけ笑った。
本当に少し。
私は鉄板ではなく、小さいフライパンで焼く。
火は弱く。
肉が焦げすぎないように。
じゅう。
小さな音がする。
サラが椅子代わりの木へ座る。
ニコも座る。
ミラが二人を見ている。
カイルは火を見ている。
イナは鍋を見ている。
全員、見ている。
米はすごい。
肉もすごい。
でも。
見ている人数が増えると。
やりにくい。
肉が焼ける。
少しだけ味噌の汁を塗る。
じゅっ。
小さく香る。
昨日ほどではない。
でも十分だった。
ルークの作った肉巻きおにぎりを皿へ取る。
少し冷ます。
切る。
小さく分ける。
「ルークの」
サラが言う。
「ルークのにく?」
ルークは少し照れた顔をした。
「うん」
ニコも言う。
「るーく、にく」
ルークはさらに照れた。
私はルークへ一切れ渡す。
「作った人が先」
ルークは受け取る。
食べる。
黙る。
それから小さく頷いた。
「おいしい」
私は頷く。
「いい」
次にサラ。
ニコ。
ミラ。
カイル。
最後に私。
イナは。
少しだけ。
肉の付いていない端。
「待て」
イナは待った。
偉い。
「よし」
イナは食べた。
一瞬だった。
そして、もっとという顔をした。
「終わり」
イナは納得していない。
でも座った。
本当に偉い。
みんなで昼ご飯を食べる。
小さいおにぎり。
少し大きいおにぎり。
野菜。
スープ。
ルークの肉巻きおにぎり。
少しだけ。
豪華ではない。
でも。
ちゃんとご飯だった。
サラは小さいおにぎりを両手で持っている。
ニコは少し崩しながら食べている。
ミラはスープの量を見ている。
カイルは肉巻きの残りを見て、ニコへ少し分けた。
ルークは自分の作ったものを、ゆっくり食べている。
イナは全員の手元を見ている。
忙しそうだった。
私はおにぎりを食べる。
少し塩が少ない。
形もばらばら。
でも。
美味しい。
私はミラを見る。
「美味しい」
ミラが少し驚いた顔をした。
「本当ですか?」
「うん」
「塩、もう少しでもいい」
ミラは真剣に頷く。
「次は、もう少し」
「うん」
「次」
次。
その言葉が、少し嬉しかった。
また作る。
また食べる。
また失敗する。
また直す。
家のご飯は。
そうやって増えていく。
私は周りを見る。
食べる人が増えた。
でも。
手も増えた。
作る人も。
運ぶ人も。
見る人も。
待つ人も。
笑う人も。
増えた。
一人だったら。
多分。
おにぎり一つで終わっていた。
でも今は。
小さいおにぎりがあって。
スープがあって。
野菜があって。
肉巻きが一つあって。
誰かが「おかわり」と言う。
サラだった。
私は少し笑う。
「あるよ」
ミラがすぐ皿を見る。
「小さいの、もう一つあります」
「ありがとう」
ミラは頷く。
サラへおにぎりを渡す。
サラが笑う。
「ありがと」
ミラも少し笑った。
私はそれを見る。
春の昼。
外には芽がある。
畑には柵がある。
家の中には。
昼ご飯がある。
私は思う。
家が。
少しずつ。
家になっていく。




