閑話 米講座とおばちゃん
閑話 米講座とおばちゃん
翌朝。
商会の前には、人集りがあった。
昨日、米を買った人達だった。
袋を抱えている人もいる。
小さな器を持っている人もいる。
鍋を持っている人もいる。
何故、鍋。
店の人は困っていた。
かなり困っていた。
店先には、石臼が置かれている。
その横に平たい石。
米の袋。
水桶。
鍋。
火。
昨日見たものが並んでいた。
ただし。
みーはいない。
店の人は石臼を見る。
米を見る。
人を見る。
そして商人を見る。
商人は腕を組んでいた。
「始めろ」
店の人は小さく頷く。
「はい」
町の人が聞く。
「で、どうするんだい?」
店の人は米を掴む。
「まず殻を」
止まる。
石臼を見る。
「外します」
別の店の人が頷く。
「そうです」
「殻を外します」
町の人達が石臼を見る。
「それで?」
「石臼で」
「こう」
店の人が石臼を回す。
ごり。
ごり。
米が擦れる音がする。
町の人達が覗き込む。
「これで食えるのか?」
「まだです」
店の人は首を振る。
「まだ」
「多分」
商人が眉を寄せる。
「多分を付けるな」
店の人は慌てて頷く。
「まだです」
「殻を飛ばして」
「白くします」
「少し」
町の人が首を傾げる。
「白く?」
店の人は平たい石を持つ。
「これで」
「優しく」
「擦ります」
「強くやりすぎると割れます」
「多分」
商人が見る。
店の人は口を閉じた。
少し静かになる。
その時だった。
「何だい。朝から賑やかだねぇ」
おばちゃんだった。
籠を片手に、店先へやって来る。
昨日米を買った袋も持っていた。
商人が少しほっとした顔をした。
「ちょうどいい」
「米の扱い方を教えている」
おばちゃんは石臼を見る。
平たい石を見る。
米を見る。
そして店の人を見る。
「教えているって顔じゃないね」
店の人が目を逸らした。
商人も少し目を逸らした。
町の人達が笑う。
おばちゃんは米を一掴み取る。
指で転がす。
「要するに」
「この硬い殻を外して」
「中を少し擦って」
「洗って」
「水を吸わせて」
「炊けばいいんだろ?」
店の人達が止まった。
商人も止まった。
町の人達も止まった。
おばちゃんは首を傾げる。
「違うのかい?」
店の人が小さく言う。
「……多分、合ってます」
商人が深く息を吐いた。
「合っている」
おばちゃんは頷く。
「なら、そう言えばいいんだよ」
強い。
おばちゃんは強かった。
店の人より強かった。
多分。
おばちゃんは石臼を回す。
ごり。
ごり。
力加減が上手い。
殻が外れる。
町の人達が覗く。
「おお」
「中はこうなってるのか」
おばちゃんは軽く息を吹く。
籾殻が少し飛ぶ。
「これは捨てるのかい?」
店の人が頷きかける。
商人が言う。
「畑に使えるらしい」
おばちゃんの目が動く。
「畑に?」
「捨てるな」
即決だった。
町の人達も頷いた。
捨てる物が減る。
良いことだった。
おばちゃんは平たい石へ米を移す。
少しずつ擦る。
白くなる。
完全には白くない。
でも昨日見たものに近い。
「こんなものかね」
店の人が頷く。
「はい」
「昨日もそれくらいでした」
町の人が聞く。
「もっと白くしちゃ駄目なのか?」
店の人は少し考える。
「出来ます」
「でも」
「時間がかかります」
別の店の人も頷く。
「割れます」
「あと」
少し考える。
「大変です」
町の人達が黙った。
大変。
分かりやすい言葉だった。
おばちゃんは笑う。
「なら、これでいいね」
「腹に入れば同じだよ」
商人が頷く。
「最初はそれでいい」
「慣れたら好きにしろ」
店の人が水桶へ米を入れる。
手で混ぜる。
水が少し濁る。
「洗います」
「水を替えます」
「何度か」
町の人が聞く。
「どのくらいだ」
店の人は止まる。
少し考える。
「水が」
「少しきれいになるくらい」
「多分」
商人が見た。
店の人は小さくなる。
おばちゃんが笑う。
「多分でいいよ」
「昨日のあの人も、多分でやってたじゃないか」
町の人達が笑う。
商人は額を押さえた。
「否定できないのが腹立つな」
洗った米を鍋へ入れる。
水を入れる。
店の人が言う。
「水は」
「米より少し上」
「昨日は」
「このくらいでした」
町の人達が鍋を覗き込む。
「少し上ってどのくらいだ」
「指一本くらいか?」
「手の甲くらいか?」
店の人が困る。
とても困る。
おばちゃんが横から言う。
「最初は多めでいいんじゃないかい」
「硬いよりは食べやすいだろ」
店の人がほっとする。
「そうです」
「水が多ければ」
「お粥になります」
町の人が聞く。
「おかゆ?」
店の人が胸を張る。
「柔らかいご飯です」
商人が小さく言う。
「昨日聞いたばかりだろう」
店の人は聞こえないふりをした。
強い。
少しだけ強くなっていた。
米を水に浸ける。
待つ。
町の人達が待つ。
待つ。
まだ待つ。
「すぐ炊かないのか?」
店の人が頷く。
「水を吸わせます」
「そうすると美味しくなるそうです」
「待つのも料理です」
おばちゃんが笑った。
「あの人が言いそうだね」
商人も苦笑した。
「言った」
町の人達は待ちながら、米を見る。
石臼を見る。
籾殻を見る。
鍋を見る。
昨日まで鳥の餌だったものが。
今日は店先で、みんなに見られている。
不思議なものだった。
しばらくして、鍋を火に掛ける。
湯気が出る。
蓋が少し鳴る。
店の人達が緊張する。
町の人達も緊張する。
おばちゃんは普通に見ている。
商人は腕を組んでいる。
「焦がすなよ」
店の人が頷く。
「はい」
火を弱める。
待つ。
また待つ。
米は待つことが多い。
町の人達が少し飽き始めた頃。
店の人が火を落とした。
「蒸らします」
「まだ開けません」
「まだかい?」
「まだです」
「まだ?」
「まだです」
昨日の誰かの真似のようだった。
商人が少し笑う。
店の人も少し笑う。
やがて蓋を開ける。
白い湯気が上がった。
町の人達が覗き込む。
米は炊けていた。
ただし。
かなり柔らかい。
水が多かった。
店の人が固まる。
商人も見る。
町の人達も見る。
おばちゃんは笑った。
「柔らかいね」
店の人が青ざめる。
「失敗、ですか」
おばちゃんは匙を取る。
少しすくう。
冷ましてから食べる。
もぐ。
もぐ。
頷く。
「いや」
「食える」
店の人が息を吐く。
かなり吐いた。
おばちゃんはもう一口食べる。
「これはこれで悪くないよ」
町の人達も少しずつ食べる。
「柔らかいな」
「腹には溜まりそうだ」
「年寄りにはいいかもしれん」
「子供にも良さそうだ」
おばちゃんは頷く。
「塩を入れてもいいね」
「味噌を少し溶いても良さそうだ」
商人の目が動いた。
店の人も頷く。
「失敗したら水を足して柔らかくして」
「塩か味噌」
町の人が笑う。
「失敗の話が一番役に立つな」
「本当だ」
「焦げたら?」
店の人が止まる。
商人が言う。
「焦げすぎる前に止めろ」
町の人達が笑った。
おばちゃんは炊けた米を見ている。
少し柔らかい。
でも湯気が立っている。
体に優しそうな飯だった。
「よし」
おばちゃんは自分の米袋を持ち直す。
「家でやってみるかね」
商人が聞く。
「分かったか」
おばちゃんは鼻で笑った。
「見たからね」
強い。
そのままおばちゃんは帰った。
台所へ立つ。
米を少し出す。
石臼は家には無い。
だから商会で少し殻を外してもらった米だった。
それを平たい石で軽く擦る。
洗う。
水を入れる。
少し多め。
鍋を火に掛ける。
畑仕事へ出ていた家の者が戻る頃。
鍋から湯気が出ていた。
蓋を開ける。
やはり柔らかい。
昨日の肉巻きおにぎりとは違う。
握れない。焼けない。
でも。
おばちゃんは少し考える。
塩を入れる。
味噌を少し溶く。
干し肉の戻し汁も少し入れる。
残っていた野菜を刻んで入れる。
もう一度、火に掛ける。
くつ。
くつ。
柔らかい米が汁を吸う。
匂いが変わる。
家の者が覗き込む。
「何だい、それ」
おばちゃんは答える。
「米だよ」
「多分」
「柔らかい飯だ」
「多分って何だ」
「多分は多分だよ」
器によそう。
湯気が上がる。
畑仕事で冷えた手に、器が温かい。
一口食べる。
しばらく黙る。
それから。
「うまいな」
おばちゃんは頷く。
「そうだろう」
別の者も食べる。
「腹に優しい」
「でもちゃんと溜まる」
「パンより食べやすいな」
おばちゃんは鍋を見る。
柔らかい米。
味噌の汁。
野菜。
干し肉。
これは昨日聞いた、お粥なのか。
それとも汁に入れた米なのか。
よく分からない。
でも美味しい。
それで良かった。
おばちゃんは笑う。
「明日はもう少し水を減らすかね」
少し間を置く。
「いや」
鍋を見る。
みんなが食べている。
子供も食べている。
年寄りも食べやすそうだ。
「これはこれで、また作るか」
米は。
鳥の餌ではなかった。
焼いてもいい。
握ってもいい。
肉を巻いてもいい。
そして。
柔らかく煮てもいい。
おばちゃんは匙で鍋の底をさらう。
焦げていない。
それも良い。
「なるほどね」
おばちゃんは一人で頷く。
「あの子」
「また面倒なものを持ち込んだねぇ」
言いながら。
少し笑った。
器の中では、柔らかい米が湯気を立てている。
春の夕方。
新しい飯が一つ。
町の家に増えた。




