表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
199/239

第28章 ⑦

第28章⑦ 商会の仕事


夕方になる。


火を落とす。


鉄板の音が小さくなる。


じゅう。


じゅ。


最後に。


しん。


少し静かになった。


町の人達は、少しずつ帰っていく。


米の袋を抱えた人もいる。


肉巻きおにぎりの話をしている人もいる。


カレーの匂いを思い出している顔の人もいる。


商人は上機嫌だった。


店の人達は忙しそうだった。


米の袋を運ぶ。


器を片付ける。


鉄板を避ける。


串を数える。


スパイスの器に布を掛ける。


カレーの粉も隠す。


私はそれを見る。


減っている。


本当に少し。


私は遠い目になる。


出してしまった。


切り札。


出してしまった。


「助かった」


商人が言う。


私は頷く。


「うん、仕事だから」


商人は笑った。


「いや、本当に助かった」


「これなら売れる」


「明日から店で扱い方を聞かれるだろうな」


私は頷く。


「うん、頑張って」


商人が止まった。


「……おい」


私は片付けを続ける。


しゃもじ。


布。


水筒。


器。


カートに戻す。


サラとニコは眠そうだ。


カートの上で、こくこくしている。


ミラが二人を見ている。


カイルは鍋の固定を確認している。


ルークは鉄板をまだ見ている。


肉巻きおにぎりを覚えている。


イナは肉の残りを見ている。


私は言う。


「イナ」


「終わり」


イナは私を見る。


とても不満そうだった。


「終わり」


イナはしぶしぶ座った。


えらい。


商人が私を見る。


「明日も少し頼めるか」


明日。


明日か。


家がある。


畑がある。


芽が出るかもしれない土がある。


ご飯を待っている子供達がいる。


犬もいる。


鍋もある。


洗濯もある。


片付けもある。


肉の匂いを付けた服も洗わないといけない。


多分。


私は商人を見る。


「商人さん」


「ああ」


「私は米を売る人じゃない」


商人が黙った。


私は続ける。


「食べ方は見せた」


「美味しいも見せた」


「おにぎりも」


「焼きおにぎりも」


「肉巻きも」


少し考える。


「カレーも」


商人が少し笑いそうになる。


私は笑わない。


「後は商会の仕事」


商人は何も言わない。


私は米の袋を見る。


「精米」


「炊き方」


「水の量」


「売った人に教える」


「それは商会」


商人は少しだけ苦い顔をした。


でも怒らなかった。


多分。


分かっている。


今まで私に頼り過ぎていたことを。


私も頼られた方が楽だった。


欲しい物が手に入る。


商人が動いてくれる。


町の人に話を通してくれる。


鍋も。


石臼も。


味噌も。


米も。


私は助かった。


かなり。


だから悪い話ではなかった。


でも今は違う。


家族が増えた。


食べる人が増えた。


待っている人が増えた。


守るものが増えた。


私は言う。


「今日は帰る」


「家のご飯がある」


商人は私を見る。


それからカートを見る。


サラ。


ニコ。


ミラ。


カイル。


ルーク。


イナ。


順番に見る。


そして息を吐いた。


「……そうだな」


「ここから先は、うちの仕事だ」


私は頷く。


「うん」


「頑張って」


商人は苦笑した。


「軽いな」


「応援」


「助かるよ」


商人は店の人を呼ぶ。


「明日から米を買った奴には扱い方を教える」


店の人が固まる。


「扱い方、ですか」


商人は頷く。


「石臼を用意しろ」


「殻を外す」


「白くする石も置け」


「洗い方と炊き方も覚えろ」


店の人が私を見る。


とても見る。


私は目を逸らす。


頑張って。


心の中で応援する。


声には出さない。


商人が言う。


「見ていただろう」


「覚えたな?」


店の人達が黙る。


一人が小さく言う。


「多分」


私は少し安心した。


仲間だった。


多分で生きている人は。


この世界にもいる。


商人が私を見る。


「最初だけ確認してくれ」


私は首を振る。


「今日は終わり」


「明日も家」


商人は少し困った顔をした。


でもすぐ頷いた。


「分かった」


「なら、今日見た奴らでやる」


私は頷く。


「失敗したら」


「お粥」


商人が止まる。


「お粥?」


私は頷く。


「水を多くして炊く」


「柔らかい」


「焦げにくい」


「子供も食べやすい」


商人が目を細める。


「また新しいものを言ったな」


私は口を閉じる。


しまった。


言った。


でもこれは大事。


失敗対策だ。


多分。


商人は笑った。


「それも商会で試す」


私は頷く。


「うん」


「頑張って」


「だから軽い」


ミラが器を布に包む。


「みーさん、片付きました」


私は頷く。


「ありがとう」


カイルが鍋の縄を引く。


「動かない」


「大丈夫だと思う」


「ありがとう」


ルークが私を見る。


「帰る?」


私は頷く。


「帰る」


サラが眠そうに顔を上げる。


「ごはん?」


私は頷く。


「帰ってご飯」


ニコも顔を上げる。


「にく?」


私は少し考える。


「今日は」


「米」


「肉は少し」


ニコは頷いた。


分かっていない顔だった。


でも嬉しそうだった。


イナが立つ。


帰る気だ。


肉の皿からやっと目を離した。


えらい。


商人が近付いてくる。


小さな袋を一つ持っていた。


「持っていけ」


私は見る。


中身は米だった。


少し多い。


「報酬だ」


私は首を傾げる。


「半額」


「契約」


商人は頷く。


「それとは別だ」


私は商人を見る。


商人は少し真面目な顔だった。


「今日の仕事分だ」


私は少し黙る。


仕事。


そうだ。


今日は仕事だった。


ただの手伝いではない。


商人が売りたかった。


私は食べ方を見せた。


米は売れた。


だから。


報酬。


私は袋を受け取る。


「ありがとう」


商人は頷く。


「また頼む時は、ちゃんと頼む」


私は頷く。


「うん」


「聞く」


「受けるかは」


「考える」


商人は少し笑った。


「強くなったな」


私は首を傾げる。


「そう?」


商人はカートを見る。


「守るものが増えたからだろう」


私は少し黙る。


カートを見る。


眠そうなサラ。


こくこくするニコ。


器を抱えるミラ。


縄を押さえるカイル。


鉄板をまだ気にしているルーク。


私の足元にいるイナ。


私は頷く。


「多分」


商人は手を振った。


「気を付けて帰れ」


私は頷く。


「うん」


「また」


カートを押す。


がらがら。


がらがら。


少し重い。


鍋。


器。


米。


子供。


いろいろ乗っている。


でも進む。


町の道を抜ける。


後ろでは商人の声がする。


「明日から米の扱いを教える!」


「買った奴は店に来い!」


「分からないまま煮るなよ!」


町の人達が笑った。


私は少し笑う。


商会の仕事だ。


頑張れ。


私は帰る。


家へ。


今日のご飯を作るために。


夕方の風が吹く。


肉とカレーの匂いが、まだ服に残っている。


多分。


帰ったら。


またお腹が空く。


私は思う。


仕事は終わった。


でも。


家の仕事は。


これからだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ