表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
197/249

第28章 ⑤

第28章⑤ 肉


肉はすぐに来た。


店の人が皿を持って走ってくる。


薄い肉。


かなり薄い。


ちゃんと薄い。


その横に串。


小さな器も並ぶ。


スパイス。


カレーの粉。


まだ使わない。


多分。


私は肉を見る。


ご飯を見る。


鉄板を見る。


うん。


いける。


私は細長く握ったご飯を取る。


熱い。


でも我慢する。


肉を一枚広げる。


ご飯に巻く。


端を少し重ねる。


もう一枚。


少し斜めに。


ご飯が見えすぎないように。


店の人が見ている。


町の人も見ている。


商人も見ている。


すごく見ている。


やりにくい。


でも仕事だ。


私はもう一つ作る。


もう一つ。


少しずつ早くなる。


ミラが近くへ来る。


「手伝います」


私は頷く。


「お願い」


「こっち」


ミラは肉を見る。


少し驚いた顔をした。


でもすぐ頷く。


一枚ずつ取る。


私が握る。


ミラが渡す。


カイルが串を渡す。


ルークはじっと見ている。


目が真剣だった。


多分。


覚えるつもりだ。


私は一本に串を刺す。


ご飯が崩れないように。


肉が外れないように。


そっと。


肉の巻き終わりを下にして鉄板へ乗せる。


じゅう。


音が違った。


さっきより強い。


肉の脂が鉄板に落ちる。


じゅう。


匂いが出る。


一瞬で。


町の人が動いた。


一歩。


二歩。


近い。


私は思う。


やっぱり肉は強い。


商人が笑った。


かなり笑っている。


「これは分かりやすいな」


私は頷く。


「分かりやすい」


肉は偉い。


多分。


私は焼けるのを待つ。


すぐ触らない。


肉がくっつく。


肉が焼ける。


色が変わる。


白っぽくなる。


少し茶色くなる。


そこで転がす。


じゅっ。


また音。


子供達が揃って身を乗り出した。


ミラがサラを押さえる。


「座ってね」


サラは座る。


でも目は鉄板だった。


ニコも目が鉄板だった。


イナも。


かなり鉄板だった。


私は見る。


「イナ」


「近い」


イナは座ったまま、少しだけ下がる。


偉い。


でも鼻は動いている。


私は味噌の上澄みを少し取る。


肉に薄く塗る。


じゅっ。


匂いが変わる。


肉。


味噌。


焦げ。


ご飯。


これは強い。


強すぎる。


商人が小さく言った。


「……売れるな」


私は聞こえないふりをした。


肉巻きおにぎりが焼ける。


表面がつやつやしている。


ところどころ焦げている。


いい。


とてもいい。


私は一本を皿に取る。


熱い。


串も熱い。


布で持つ。


少し冷ます。


切る。


小さく切る。


中が見える。


ご飯。


肉。


周りの人が静かになった。


私は言う。


「肉巻きおにぎりです」


「ご飯に肉を巻いて焼きます」


「手で持てます」


「腹持ちもいいです」


「味を変えることも出来ます」


私はスパイスを見る。


カレーの粉も見る。


でもまだ使わない。


まずはこれ。


私は小さく切ったものをルークへ渡す。


ルークが食べる。


噛む。


止まる。


目が開く。


「……肉のお焦げ」


私は頷く。


「肉のお焦げ」


ルークはもう一口欲しそうな顔をした。


珍しい。


かなり珍しい。


サラにも渡す。


ミラが冷ましてから口へ入れる。


サラは食べた瞬間、両手を握った。


「にく!」


ニコも食べる。


「にく!」


うん。


分かりやすい。


イナが立つ。


私は言う。


「待て」


イナは止まる。


すごい。


肉の前で止まった。


偉すぎる。


後であげよう。


少しだけ。


町の人達がざわつく。


「肉だ」


「匂いがいい」


「中に米か」


「握ってあるのか」


さっきの男が手を出した。


早かった。


焼きおにぎりの時より早い。


一切れ取る。


口へ入れる。


噛む。


黙る。


また噛む。


周りが見る。


男は飲み込んだ。


そして言った。


「これは飯だ」


商人が笑った。


「だから米だと言っただろう」


男は皿を見る。


「もう一つ」


商人がすぐ言う。


「一人一つだ」


男が顔をしかめる。


「少ない」


「試食だからな」


商人は楽しそうだった。


女も食べる。


「肉の脂がご飯に合うね」


別の男も頷く。


「仕事の昼にいい」


「串なら持てる」


「腹に溜まりそうだ」


商人の目がさらに光る。


まずい。


売る気が強くなっている。


でも。


成功だ。


多分。


私は次を焼く。


今度は少し小さく作る。


試食用。


数がいる。


ミラが肉を渡す。


カイルが串を渡す。


ルークは横で見ている。


「こう?」


ルークがご飯を少し取る。


細長く握ろうとする。


熱そうだった。


私は止める。


「熱いよ」


ルークは頷く。


でも手は止めない。


少し不格好な細長いご飯が出来た。


私は肉を渡す。


「巻く」


ルークは慎重に巻く。


少しずれる。


でも巻けた。


私は頷く。


「いい」


ルークは少しだけ笑った。


それを鉄板へ乗せる。


じゅう。


ルークが見る。


かなり見る。


自分で作ったご飯だ。


多分。


嬉しい。


焼けた物を少しずつ配る。


町の人の手が増える。


遠巻きだった人が近付く。


子供も覗く。


店の人が列を作るように声を掛ける。


商人が袋を見せる。


「これが米だ」


「炊けばご飯になる」


「焼いてもいい」


「肉を巻いてもいい」


「腹持ちがいい」


「パンより安い」


その言葉に、町の人が少し反応した。


そう。


そこだ。


安い。


腹持ち。


手で持てる。


仕事の途中で食べられる。


そこが大事。


私は頷く。


「冷めても食べられます」


「朝作って」


「昼に食べられます」


「焼けば崩れにくいです」


商人がすぐ重ねる。


「商団にも向くな」


「狩人にもいい」


「日持ちは?」


私は少し考える。


「その日中」


「次の日は」


「よく焼けば」


「でも早く食べた方がいい」


商人は頷く。


「保存食ではない」


「携帯食だな」


私は頷く。


「うん」


「携帯ご飯」


商人は笑った。


「変な名だ」


私は少し考える。


「おにぎり」


「それでいい」


商人は頷いた。


「おにぎりか」


その言葉を、近くの人が繰り返す。


「おにぎり」


「肉巻きおにぎり」


「米を握るから、おにぎり?」


私は頷く。


「うん」


「握るから」


多分。


語源は知らない。


でも多分そう。


主人公は思った。


詳しいことは知らない。


でも。


今は通じればいい。


私は聞かなかったことにした。


肉巻きおにぎりは減っていく。


焼いても焼いても減る。


塩むすびより早い。


焼きおにぎりより早い。


これは勝った。


私はそう思った。


その時。


商人が小さく聞いた。


「スパイスは?」


私はスパイスを見る。


カレーの粉も見る。


少し考える。


肉巻きは売れている。


今はこれでいい。


でも。


一つだけ。


少しだけなら。


私はカレーの粉を取る。


ほんの少し。


肉に振る。


鉄板へ置く。


じゅう。


匂いが変わった。


町の人が止まる。


商人も止まる。


子供達も止まる。


イナは立った。


私は言う。


「座って」


イナは座った。


えらい。


でも目が本気だった。


カレーの匂いが広がる。


肉。


焦げ。


ご飯。


カレー。


あ。


これは。


駄目かもしれない。


商人が私を見る。


目が怖い。


商売人の目だ。


「それも売れるな」


私は静かにカレーの粉を見る。


しまった。


出してしまった。


主人公は思った。


切り札は。


出した瞬間。


切り札ではなくなる。


私はまた聞かなかったことにした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ