第28章 ⑤
第28章⑤ 肉
肉はすぐに来た。
店の人が皿を持って走ってくる。
薄い肉。
かなり薄い。
ちゃんと薄い。
その横に串。
小さな器も並ぶ。
スパイス。
カレーの粉。
まだ使わない。
多分。
私は肉を見る。
ご飯を見る。
鉄板を見る。
うん。
いける。
私は細長く握ったご飯を取る。
熱い。
でも我慢する。
肉を一枚広げる。
ご飯に巻く。
端を少し重ねる。
もう一枚。
少し斜めに。
ご飯が見えすぎないように。
店の人が見ている。
町の人も見ている。
商人も見ている。
すごく見ている。
やりにくい。
でも仕事だ。
私はもう一つ作る。
もう一つ。
少しずつ早くなる。
ミラが近くへ来る。
「手伝います」
私は頷く。
「お願い」
「こっち」
ミラは肉を見る。
少し驚いた顔をした。
でもすぐ頷く。
一枚ずつ取る。
私が握る。
ミラが渡す。
カイルが串を渡す。
ルークはじっと見ている。
目が真剣だった。
多分。
覚えるつもりだ。
私は一本に串を刺す。
ご飯が崩れないように。
肉が外れないように。
そっと。
肉の巻き終わりを下にして鉄板へ乗せる。
じゅう。
音が違った。
さっきより強い。
肉の脂が鉄板に落ちる。
じゅう。
匂いが出る。
一瞬で。
町の人が動いた。
一歩。
二歩。
近い。
私は思う。
やっぱり肉は強い。
商人が笑った。
かなり笑っている。
「これは分かりやすいな」
私は頷く。
「分かりやすい」
肉は偉い。
多分。
私は焼けるのを待つ。
すぐ触らない。
肉がくっつく。
肉が焼ける。
色が変わる。
白っぽくなる。
少し茶色くなる。
そこで転がす。
じゅっ。
また音。
子供達が揃って身を乗り出した。
ミラがサラを押さえる。
「座ってね」
サラは座る。
でも目は鉄板だった。
ニコも目が鉄板だった。
イナも。
かなり鉄板だった。
私は見る。
「イナ」
「近い」
イナは座ったまま、少しだけ下がる。
偉い。
でも鼻は動いている。
私は味噌の上澄みを少し取る。
肉に薄く塗る。
じゅっ。
匂いが変わる。
肉。
味噌。
焦げ。
ご飯。
これは強い。
強すぎる。
商人が小さく言った。
「……売れるな」
私は聞こえないふりをした。
肉巻きおにぎりが焼ける。
表面がつやつやしている。
ところどころ焦げている。
いい。
とてもいい。
私は一本を皿に取る。
熱い。
串も熱い。
布で持つ。
少し冷ます。
切る。
小さく切る。
中が見える。
ご飯。
肉。
周りの人が静かになった。
私は言う。
「肉巻きおにぎりです」
「ご飯に肉を巻いて焼きます」
「手で持てます」
「腹持ちもいいです」
「味を変えることも出来ます」
私はスパイスを見る。
カレーの粉も見る。
でもまだ使わない。
まずはこれ。
私は小さく切ったものをルークへ渡す。
ルークが食べる。
噛む。
止まる。
目が開く。
「……肉のお焦げ」
私は頷く。
「肉のお焦げ」
ルークはもう一口欲しそうな顔をした。
珍しい。
かなり珍しい。
サラにも渡す。
ミラが冷ましてから口へ入れる。
サラは食べた瞬間、両手を握った。
「にく!」
ニコも食べる。
「にく!」
うん。
分かりやすい。
イナが立つ。
私は言う。
「待て」
イナは止まる。
すごい。
肉の前で止まった。
偉すぎる。
後であげよう。
少しだけ。
町の人達がざわつく。
「肉だ」
「匂いがいい」
「中に米か」
「握ってあるのか」
さっきの男が手を出した。
早かった。
焼きおにぎりの時より早い。
一切れ取る。
口へ入れる。
噛む。
黙る。
また噛む。
周りが見る。
男は飲み込んだ。
そして言った。
「これは飯だ」
商人が笑った。
「だから米だと言っただろう」
男は皿を見る。
「もう一つ」
商人がすぐ言う。
「一人一つだ」
男が顔をしかめる。
「少ない」
「試食だからな」
商人は楽しそうだった。
女も食べる。
「肉の脂がご飯に合うね」
別の男も頷く。
「仕事の昼にいい」
「串なら持てる」
「腹に溜まりそうだ」
商人の目がさらに光る。
まずい。
売る気が強くなっている。
でも。
成功だ。
多分。
私は次を焼く。
今度は少し小さく作る。
試食用。
数がいる。
ミラが肉を渡す。
カイルが串を渡す。
ルークは横で見ている。
「こう?」
ルークがご飯を少し取る。
細長く握ろうとする。
熱そうだった。
私は止める。
「熱いよ」
ルークは頷く。
でも手は止めない。
少し不格好な細長いご飯が出来た。
私は肉を渡す。
「巻く」
ルークは慎重に巻く。
少しずれる。
でも巻けた。
私は頷く。
「いい」
ルークは少しだけ笑った。
それを鉄板へ乗せる。
じゅう。
ルークが見る。
かなり見る。
自分で作ったご飯だ。
多分。
嬉しい。
焼けた物を少しずつ配る。
町の人の手が増える。
遠巻きだった人が近付く。
子供も覗く。
店の人が列を作るように声を掛ける。
商人が袋を見せる。
「これが米だ」
「炊けばご飯になる」
「焼いてもいい」
「肉を巻いてもいい」
「腹持ちがいい」
「パンより安い」
その言葉に、町の人が少し反応した。
そう。
そこだ。
安い。
腹持ち。
手で持てる。
仕事の途中で食べられる。
そこが大事。
私は頷く。
「冷めても食べられます」
「朝作って」
「昼に食べられます」
「焼けば崩れにくいです」
商人がすぐ重ねる。
「商団にも向くな」
「狩人にもいい」
「日持ちは?」
私は少し考える。
「その日中」
「次の日は」
「よく焼けば」
「でも早く食べた方がいい」
商人は頷く。
「保存食ではない」
「携帯食だな」
私は頷く。
「うん」
「携帯ご飯」
商人は笑った。
「変な名だ」
私は少し考える。
「おにぎり」
「それでいい」
商人は頷いた。
「おにぎりか」
その言葉を、近くの人が繰り返す。
「おにぎり」
「肉巻きおにぎり」
「米を握るから、おにぎり?」
私は頷く。
「うん」
「握るから」
多分。
語源は知らない。
でも多分そう。
主人公は思った。
詳しいことは知らない。
でも。
今は通じればいい。
私は聞かなかったことにした。
肉巻きおにぎりは減っていく。
焼いても焼いても減る。
塩むすびより早い。
焼きおにぎりより早い。
これは勝った。
私はそう思った。
その時。
商人が小さく聞いた。
「スパイスは?」
私はスパイスを見る。
カレーの粉も見る。
少し考える。
肉巻きは売れている。
今はこれでいい。
でも。
一つだけ。
少しだけなら。
私はカレーの粉を取る。
ほんの少し。
肉に振る。
鉄板へ置く。
じゅう。
匂いが変わった。
町の人が止まる。
商人も止まる。
子供達も止まる。
イナは立った。
私は言う。
「座って」
イナは座った。
えらい。
でも目が本気だった。
カレーの匂いが広がる。
肉。
焦げ。
ご飯。
カレー。
あ。
これは。
駄目かもしれない。
商人が私を見る。
目が怖い。
商売人の目だ。
「それも売れるな」
私は静かにカレーの粉を見る。
しまった。
出してしまった。
主人公は思った。
切り札は。
出した瞬間。
切り札ではなくなる。
私はまた聞かなかったことにした。




