第28章 ➂
第28章③ 米
町へ着く。
商人の店の前だった。
いつもより広く空いている。
台がある。
火を焚く場所もある。
水桶もある。
鉄板もある。
焼き網もある。
人もいた。
商人の店の人だ。
何人かがこちらを見る。
そして。
カートを見る。
鍋を見る。
サラとニコを見る。
イナを見る。
最後に私を見る。
うん。
気持ちは分かる。
商人が手を叩く。
「始めるぞ」
店の人達が動く。
一人がカートへ近付いた。
「小さい子は、こちらで見ています」
私は頷く。
「お願いします」
サラが私を見る。
「みー?」
私は言う。
「ここで待ってて」
「立たない」
「手を出さない」
「熱いから」
サラは真剣に頷く。
ニコも頷く。
多分。
分かっていない。
ルークがカートの横へ立つ。
カイルも反対側に立つ。
ミラはサラとニコの近くにいる。
うん。
大丈夫。
多分。
イナは私の足元にいた。
近い。
近すぎる。
私は見る。
「イナ」
「火は駄目」
イナは尻尾を振る。
分かっていない顔だった。
私はもう一度言う。
「駄目」
イナは少しだけ下がった。
えらい。
多分。
商人が袋を運んでくる。
いつもの袋だ。
前なら鳥の餌と呼ばれていた袋。
私は袋を見る。
商人も袋を見る。
少し間があった。
商人が大きな声で言う。
「今日は、米を炊く」
周りの人がざわつく。
「米?」
「鳥の餌じゃないのか」
声が聞こえた。
私は振り向く。
男が一人、少し離れた所に立っている。
腕を組んでいた。
私は言う。
「米」
男は眉を寄せる。
「鳥が食うやつだろ」
私は頷く。
「鳥も食べますが人も食べます」
男は黙った。
私は続ける。
「炊くとご飯になります」
「それを握った物がおにぎりです」
「お握りを焼くと、もっと美味しいですよ」
周りが少し静かになる。
商人が私を見る。
何か言いたそうだった。
でも言わなかった。
仕事だから。
私は袋を開ける。
米を見る。
まだ殻付きではない。
商人が用意した米は、石臼で殻を外してあった。
茶色い。
玄米だ。
私は頷く。
「これでいい」
カイルが聞く。
「白くしない?」
私は少し考える。
「今日は、少しだけ」
白い方が見た目は良い。
でも全部を白くするのは大変だ。
それに。
玄米でも食べられる。
よく噛めば美味しい。
多分。
私は平らな石を出す。
家から持ってきたものだ。
ルークがすぐ横へ来る。
「やる」
私は頷く。
「少しだけ」
ルークとカイルが米を少しずつ擦る。
ざり。
ざり。
白くなりすぎない。
少しだけ。
細かい粉が出る。
私はそれを布で軽く払う。
水桶へ米を入れる。
水を注ぐ。
手を入れる。
冷たい。
米を回す。
白く濁る。
水を捨てる。
また水を入れる。
もう一度洗う。
町の人達が見ている。
私は手を動かしながら言う。
「こうやって洗います」
「そして水を吸わせる」
「そうすると美味しく炊き上がります」
商人が聞く。
「すぐ炊かないのか」
私は首を振る。
「少し待つ」
「待つのも料理」
商人は苦笑した。
「またそれか」
私は頷く。
「大事」
鍋を火の近くへ置く。
カイルと店の人が手伝ってくれた。
重い。
でも安定している。
水を量る。
米を入れる。
水を入れる。
蓋をする。
火に掛ける。
じわじわと鍋が温まる。
私は火を見る。
強すぎない。
弱すぎない。
ここが大事。
多分。
店の前には、人が増えていた。
通りすがり。
近所の人。
市場の人。
子供もいる。
みんな少し離れている。
近付きたい。
でも近付きたくない。
そんな顔だった。
「本当に食うのか」
「腹壊さないのか」
「鳥の餌だぞ」
また聞こえる。
商人が口を開きかける。
私は先に言う。
「米です」
商人が止まる。
私は鍋を見たまま言う。
「今日からこれは米と呼びます」
少しの沈黙。
その後、商人が笑った。
「そうだ」
「米だ」
「俺の店では、今日から米として売る」
ざわめきが大きくなる。
商人は声を張る。
「食ってから決めろ」
「嫌なら買わなくていい」
「だが、食わずに文句を言うな」
おお。
商人っぽい。
私は少し感心した。
鍋から湯気が上がる。
音が変わる。
ぐつぐつ。
ことこと。
私は火を少し見る。
もう少し。
サラがカートの上で身を乗り出しそうになる。
ミラがすぐ支える。
「サラちゃん、座って」
サラは座り直す。
「いいにおい」
ニコも鼻を動かす。
「ごはん?」
私は頷く。
「ご飯」
イナも鼻を動かす。
かなり動かす。
私は見る。
「まだ」
イナは一歩出た。
「まだ」
イナは止まった。
えらい。
多分。
蓋の隙間から湯気が強く出る。
私は耳を澄ます。
音。
匂い。
火。
そろそろ。
私は火を弱める。
店の人が不思議そうに見る。
「消すのか?」
私は首を振る。
「弱くする」
「焦げすぎる」
「でも、少し焦げると美味しい」
ルークが反応した。
「お焦げ?」
私は頷く。
「少し」
ルークの目が少し明るくなる。
カイルも鍋を見る。
ミラも笑う。
子供達は知っている。
お焦げは美味しい。
少し待つ。
火から下ろす。
また待つ。
商人が腕を組む。
「まだか」
私は頷く。
「まだ」
「蒸らす」
商人は息を吐いた。
「米は待つことが多いな」
私は頷く。
「うん。パン焼くよりは、早い」
「でも美味しい」
待つ。
町の人も待つ。
何故か、みんな待っている。
不思議だ。
私は蓋に手を掛ける。
熱い。
布を使う。
ゆっくり開ける。
湯気が上がった。
白い湯気。
ふわっと匂いが広がる。
町の人達が少し黙る。
私はしゃもじを持つ。
ご飯を切るように混ぜる。
底から返す。
少し茶色いところがある。
お焦げだ。
ルークが見た。
サラも見た。
ニコも見た。
イナも見た。
私は言う。
「後でね」
全員、少し残念そうだった。
私は手を水で濡らす。
塩を少し付ける。
ご飯を取る。
熱い。
でも握る。
丸く。
小さく。
もう一つ。
もう一つ。
皿に並べる。
町の人が見る。
私は言う。
「塩むすびです」
「米の味が分かりますよ」
商人が皿を持つ。
「まずはこれだ」
誰もすぐには手を出さない。
私は一つ取る。
食べる。
もぐ。
うん。
美味しい。
少し固い。
でも美味しい。
私は頷く。
「大丈夫」
「美味しい」
ルークが手を出す。
私は小さいのを渡す。
ルークが食べる。
頷く。
サラも食べたがる。
ニコも。
ミラが小さく割って渡す。
サラが食べる。
笑う。
「ごはん!」
ニコも食べる。
「ごはん」
イナが前に出る。
私は止める。
「イナは後」
イナは不満そうだった。
でも待った。
多分。
ようやく、一人の男が手を伸ばす。
さっきの男だった。
塩むすびを取る。
眺める。
匂いを嗅ぐ。
少し齧る。
噛む。
噛む。
噛む。
黙る。
周りが見る。
男は首を傾げた。
「……食えるな」
商人が眉を動かす。
男はもう一口食べる。
「不味くはない」
私は少し考える。
反応が薄い。
食べられる。
不味くはない。
それでは駄目だ。
今日は仕事だ。
私は鉄板を見る。
味噌を見る。
味噌の上に溜まった濃い汁を見る。
次だ。
私は言う。
「焼く」
商人がこちらを見る。
私はおにぎりをもう一つ握る。
少し固めに。
崩れないように。
鉄板へ置く。
じゅう。
小さな音がした。
町の人がまた静かになる。
私は思った。
ここからだ。




