第21章 ⑨
第21章 ⑨
犬は嬉しそうに戻ってくる。
私は戸を閉めようとした。
遅かった。
犬が中へ入った。
泥だらけ。
サラが笑う。
チビも笑う。
お姉ちゃんは固まった。
ルークも固まった。
カイルも固まった。
おばちゃんは大きく笑った。
私は犬を見る。
犬は尻尾を振っている。
元気。
私は言う。
「犬」
サラも言う。
「いぬ」
チビが真似をする。
「いな」
犬が振り返った。
尻尾を振る。
サラが笑う。
「いな?」
チビも言う。
「いな」
犬はさらに尻尾を振った。
私は犬を見る。
反応している。
もう遅い。
名前はイナになった。
「イナ」
私が言う。
イナは尻尾を振った。
決まった。
完全に決まった。
元、犬。
名前はイナ。
出世した。
名前は大事。
分かっている。
凄く大事。
でも昨日は吹雪だった。
大変だった。
名前は後になった。
仕方ない。
私はおばさんだった。
優先順位が生活だった。
そこは許してほしい。
だから。
今聞く。
私は三人を見る。
カイル。
お姉ちゃん。
チビ。
呼びやすい。
でも名前ではない。
もう一度聞く。
「名前。もう一回」
お姉ちゃんが瞬きをする。
「え?」
「名前」
お姉ちゃんは少し驚いた顔をした。
でも、すぐに背筋を伸ばした。
「ミラです」
ミラ。
私は頷く。
お姉ちゃん。
ミラ。
次にチビを見る。
チビはお姉ちゃんの服を掴んだまま、こちらを見る。
「ニコ」
小さい声だった。
ニコ。
私は頷く。
チビ。
ニコ。
カイルを見る。
「カイル」
それは覚えている。
ルークと一緒に薪を運んでいた。
カイル。
ミラ。
ニコ。
私は三人を見る。
覚えた。
でも。
カイル。
お姉ちゃん。
チビ。
多分、しばらくそうなる。
仕方ない。
私の頭は、名前より役割で覚えるらしい。
名前が増えた。
かなり増えた。
ルーク。
サラ。
カイル。
ミラ。
ニコ。
イナ。
五人と一匹。
多い。
…………。
兄。
妹。
カイル。
お姉ちゃん。
チビ。
イナ。
こっちの方が分かりやすい。
でも名前は大事だ。
覚える。
私は頷いた。
頑張ろう。
イナがくしゃみをした。
泥が少し飛んだ。
私はイナを見る。
イナは何もしていない顔だった。
信用できない。




