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極貧孤児に転生したので、親を探して文句を言おうと思う  作者: 安野 吽
後編・魔帝国編

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エピローグ①

 白い靴を履いた爪先が、目の前に飛び出た細長く黄色いものを蹴ってしまう。


「わあっと……やっちゃった! あーあ……」


 ついでにいくつもごろごろと転がり出てくるそのお仲間たちを元の位置に戻すため、私は手に持っていた籠を地面に置いた。いけないいけない……考え事をしていたせいで、道端の小石に躓いてしまったのだ。


 せっせせっせとそれらを拾い集め、最後に一番遠くのやつを手に取り土を払うと、浮かんでくるのはにまっとした笑み。だって、あまりにも美味しそうなんだもの……このコーン。


 表面が光を弾いて輝くでっぷりと大きく育ったこれは、手間暇かけて育てた自信作。茹でただけでもおいしいけれど、曳いて粉にしたり、絞って油にしたりと色々使い道も多くて……大好きな野菜だ。


 しかしそれよりも、私は思い出したことを誰かに話したくて、額に浮かぶ汗を拭いつつ帰り道を急ぐ。


 道を囲むように広がったトウモロコシ畑は鈴なりで、結構な広さがあるから収穫を終えるにはまだまだかかりそう。でも、余裕のある範囲で取り組む労働は苦にならない。手の込んだ趣味と同じで、成果を皆と分かち合う瞬間は、このために生きてるんだなってくらいに充実する……今では、人生を彩るのに欠かせないパーツのひとつ。


 目にも眩しい萌黄色の畑を抜けて立ち寄った穀物倉庫で。

 山積みの収穫物の隣に籠を降ろすと……私は小走りで先へと駆けた。


 すると見えて来る、畑から少し離れて建つ民家が。

 この、ホワイトの外壁にイエローの屋根を乗せた小さな家が、今の私の暮らす場所なんだ。


 時間に余裕ができても一度身に着いた習慣はそう簡単には抜けない。

 起床は日の出と同じだけど……それ以外は概ね自由。お昼過ぎまで家や畑で仕事をこなしたら、後はゆったり好きなことだけして過ごすっていう、融通の利いた生活を今は送れてる。


 実は、このお家も私が奇跡で建てたもの。

 住み始めて一年以上経つ今も、ライフスタイルに応じてちょくちょく改造中。つい最近も屋外にワインセラー、燻製小屋など、趣味の設備を追加したところ。その内、あの新しい孤児院みたいな大邸宅になってしまうかも……なんてね。


「ふっふ~ん。畑のトパーズ、お肉のリボン。白と黄色のラッピング。赤いソースで飾り立てれば、素敵なギフトの一丁上がり~! ららら~今日も世界よ大地の恵みをありがとう~」


 家の中に入ると着替えてシャワーを浴び、私は適当な鼻歌混じりに昼食を作り始める。


 取れたてのコーン、ベーコンをチーズと卵でふわっと包んだ熱々オムレツに、トッピングはたっぷりの自家製ケチャップ。


 後はこれも同じく畑で栽培した新鮮野菜のフレッシュサラダを添えて、と……。

 質素でも十分贅沢な食卓だ。なんせ、自分が育てたっていう達成感がこれでもかってまぶしてあるんだから。


 とはいえたまには他の人が作った食事も食べたくなる。またその内街にお出掛けしようと、完成品を並べながら手書きのカレンダーとにらめっこしていると……。


「お待たせ――」


 玄関の扉が開き、すらりと背の高い人影が入り込む。


「ごめん、ちょっと今日は面倒な捕り物があってね。これ、お土産」

「わぁ……おいしそう。それじゃ、お昼にしましょうか」


 紙袋を渡してくれたのは、長い金髪を背中で結わえたひとりの男性。

 わずかに雰囲気は親しみやすくなったにしろ、今もその美しい出で立ちは健在の――元・聖王国騎士団団長、あのアルベール様だ。


 受け取った袋の中身は近所のお店の焼き立てパン。香ばしいそれも有り難くテーブルに乗っけて、私たちは席に着き向かい合うと軽く両手を握って一言。


「「奇跡を(オーリア)」」


 視線を合わせ、なんとなくクスッと。

 すっかり我が家で定着した食前の挨拶も済ませ、平凡なランチタイムが始まった。アルベール様はひとさじずつ優雅に味わいながら、機嫌のよい私に尋ねかける。


「なんだか明るい顔だけど、仕事中に楽しいことでもあった?」

「そうなんです。久しぶりに思い出して……こちら側に来る前のこと」

「ああ……大変だったね。あの時のことは今でも夢に見るよ、すごい体験だった。でもそのおかげで、今はこうしてここで、平和にに暮らせてる。色んな人達に感謝しなくちゃね」

「ですね……」


 お互い感慨深く当時のことを思い遣りながら、食事は進む。


 ところで現在――私とアルベール様はこの家で同居中だ。

 同棲と言ってもいいのかもしれない。

 

 彼は当時の宣言通り王国騎士を辞し、街の自警団で若者たちに剣を教えたりしながら、側で仕事を手伝ってくれている。そして私も今では聖女会を退き、一般人としてこの街で悠々自適の生活を満喫させてもらうことになった。この……以前よりずっと大きく広がった世界の片隅で。


 実は……聖王国を旅立ったあの時からすでにもう、六年もの歳月が経過していた――。




 ――馬車に乗り、ルシエさんが作り上げたあの世界で旅に出た私たちは、大陸にある国家を順繰りに巡っていった。そこには、それぞれ様々な暮らしがあって。


 誰もが幸せそうに生きる国がある一方……聖王国より貧しい国、争いが絶えない国も。思うより気楽な旅にはならなかったけれど、でも大変なことばかりじゃなかった。


 そんな国々の人たちを助けたり、助けられたり……。時にはトラブルに立ち会いながらも、たくさんの出会いと別れを繰り返し、私たちは一冊の書物により形作られたあの世界を渡っていったんだ――。



 ルシエさんとのやり取りは神託のごとし。事あるごとに夢に出てアドバイスをくれる。


 風景やスケッチを命じられたり、時には彼女が直接夢の中であの世界の知識を教えてくれることも。訪れた場所のそこかしこには、彼女や先人たちが残した書物、古代遺産なんかが残されており……ちょっとした宝探しのようでわくわくする日々。


 もちろん、縁のある人たちに会いに行ったよ。


 聖王国の辺境に住むシスター・ラミニや孤児院の皆……。

 シスターの性根は相変わらずとして、街の発展や輪をかけて早い子供たちの成長には大きく驚かされた。


 アミは将来地元の学校の教師を目指しているらしく……リオンはあちこちて配達や店番のアルバイトをしてお金を貯め始め、数年したら聖都で騎士を目指すんだと息巻いていて。


 ロロも、後から孤児院に迎えられた子供たちの面倒を少しずつ見られるようになっていて……。子ども時代って本当あっという間なんだと、ほろり涙をこぼしてしまったくらいだ。


 それから、魔帝国のホルドキア領でラエル兄さんとも再会した。


 でも、あの時はもう最悪。アルベール様とふたり旅してるってことを伝えるなり、なんだかすごい剣幕で怒りだしちゃったの。その夜屋敷の人に叩き起こされたと思ったら、ふたりで決闘騒ぎなんか始めてて……。しかも訓練用の剣じゃなく真剣でだよ?


 強引に割り込んで止めた後、もちろんふたりに強くお説教。

 翌日にはアルベール様を引っ張ってさっさと故郷を出なきゃならなくなって……色々見て回りたい場所もあったのにそんな暇もなかった。本当のシーリを呼び出せるなら代わりにきつく叱りつけて欲しいくらいだったんだから……まったく。


 それから帝都では――ヴァシリーサ様と世界崩壊にまつわる相談なんかをして、メナとも少しだけ話すことができた。


 口数は少なかったけれど――来たるべき事態に強大な魔力を持つ彼女が協力してくれるのとくれないのでは大きな差がある。


 この世界が限界を迎えた時、元の場所に戻す協力を頼みたいと告げると、彼女は償いのひとつとして力になることを快諾してくれた。それでもまだ……多くの人を自分の目的に巻き込んだ後ろめたさは払拭されないみたいで。彼女が自分を許せる日が、いつか来るといいけど……。


 その後は魔女帝にあることをお願いした後……お力を借りて、聖王国とは比較的関わりのない国にも入国していった。

 

 世界は広い……色んな国を巡るとそこにも私たち聖女や、魔女なんかと似た特殊な力を持つ人がいてね。この世界の異変に気付いていた彼女たちとひと悶着あったりもしたんだ……。


 なんとか説得し、来たるべき日に協力を仰ごうとしたけれど、彼女たちは運命に抗うつもりはないと、干渉はしない代わりにこちらへ手を貸すことも拒んだ。この世界に終わりが来るのなら、それを自然に受け入れたい……そういう人たちの気持ちまで変えることは叶わなくて。


 それでも、この一大事に立ち向かおうとするたくさんの人たちと意思疎通を交わしながら――意外とばたばたとしたそんな旅路の中。


 男女ふたりだけの長旅の合間にロマンティックなイベントがあったのかというと。


 ――あはは、そんなわけないない。

 ゼロ――皆無でした。こうして世界の危機を乗り越えた今でも目の前では、穏やかに笑う彼の顔があるだけで。一緒に暮らしご飯を食べて、たまに一緒に街に遊びに出掛ける。そんな生活の中に甘酸っぱい恋人同士の時間は一切含まれていない。


 ただ、そうした旅の最中――。


 アルベール様が、どうしてこんな私に着いてきてくれたのか。

 それを私にはっきりと認識させた時の出来事は、今でも色濃く印象に残っていて……。




 あれは旅の中ほど。聖都を出発して、丁度一年が経った頃のことだったかな。

 御者台で隣り合い、馬の扱いを教わっていた私に、彼は尋ねる。


「……あのさ。シーリ。君はこれまでに人を好きになったことは?」


 後になって考えると……彼がわざわざこんな回りくどい質問をしたのも、こちらの余りの鈍さに痺れを切らしたせいじゃないのかと思う。


 なにせ私の普段の行動から特定の相手なんていないのは分かり切ったことだったろうし。とはいえ、私も相当ズレた答えで返してしまったし、思い出すと恥ずかしくて人のことは言えないんだけれど。

 

「ええ……そりゃもうたくさん。聖女仲間に、孤児院の皆。もちろんアルベール様や兄さんとか、ヴァシリーサ様も好きです」

「…………えーと」


 彼はそれを聞くと、のほほんとした私の態度にこめかみを押さえた後、気まずそうに視線を逸らした。


「聞き方を変えようか。その……恋愛に興味があるのかってことを聞きたかった」

「ああ……」


 代わろう、そう言ってアルベール様が私の手から手綱を攫った際、指が触れ合いびくっとなる。

 改めて問われ、自分でも心が壁を作ったのが分かった。でも彼とは、いつかしっかり向き合わないといけないのは明らかだったし……。逃げ出したい気持ちを抑えながらの自問自答の後、告げた。


「よく……わからないんです。少なくとも、恋っていう感情は……そういう理由で人を好きになったことは、ないと思います」


 そう結論付けた私を、アルベール様はじっと見つめた。穏やかな陽射しを被るその顔は異常に美しく、きっと一目見れば多くがこの人に魅了されてしまうはずだ。かつて私も、出会いたての頃そんな感情を少しだけ抱いていた……。


 けれど……あれはきっと、少女が絵本の王子様に抱く淡い憧れのようなものだったのだろう。


 そして私がいくら鈍感だろうと……こんなところまで着いてきてくれてこういう質問をされたら、どういうことなのかくらいは否が応にもわかる。証拠に彼は手綱を膝の上に置いたまま……息を殺し、痛いくらい瞳に力を込めてこちらの言葉を待っていたから。


 でも……それが真実ならなおさらと――私ははっきりと首を振って応えた。

 心の中でごめんなさい、と謝って。


「私はきっと、誰かを特別な人として見れない……そういう人間です。私を大切にしてくれる人は、皆均等に報いたいし……そこに優劣はつけたくない。誰かと恋に落ち、結ばれたりするということは生涯ないんじゃないかな――今、そう思いました」


 それが、計三十年以上の時を、ふたつの身体で過ごしてきた私の結論。

 理由は分からない。幼少期に親から愛情を受けられなかったことが関係しているのか……。それとも向こうで――人を愛さなくても生きていける――そういう時代に生まれたからなのか。


 ちょっとだけ寂しくはあるけど、それが不幸だなんて思わない。むしろ、この上なく贅沢なことだ。私が人を愛せなくても、こうして気持ちを寄せてくれる人がいるなんて……どれだけ嬉しくて申し訳ないことか。そこまで分からないほどバカじゃない。


 だからこそ、もうこんな辛いことを続けさせてはダメだと思った。

 同じ想いを返せないと分かっていて、彼をこれ以上私の我がままに付き合わせてはならない。心は痛いし、引き止めたい気持ちもあるけど……嘘を吐いてまで彼をこのまま連れて行くことは、できない。


 次の街に行ったら別れよう。そういう気持ちで私は――。


「私、今回のことが終わったら、聖女会を辞めてどこかでゆっくり暮らします。アルベール様は……?」


 どうしますか――そう聞こうとして、私は彼のどこまでも純粋な視線に呑まれた。


「何も分かってないんだな」

「――っ」


 後ろに引きかけた私の手首が捕まれ……ぐっと、彼の腕の中に身体が引き込まれる。


 惰性で動いていた馬車が木陰で止まり、制御を失った馬が足を止めて嘶く。

 それまでの間――私は身じろぎもできず、ただ間近にある彼の顔を見上げていて。 


 その唇が、ゆっくりと動く。


「君の傍にいたいだけなんだ。君がたとえ、誰を好きにならなくても。一生、触れあえなくとも……ただ君の近くで、その姿を見守っていたい。喜びは分かち合い、悲しみも引き受けて……」

「それは――」


 ただ、同じ場所で限りある生を共有したい。それはずいぶんと一方的な……ある意味暴力的な契約で。


 私は、対等が好きだ。誰かになにかをしてもらったら、同じ分を返したい。

 なのに、この彼の言葉を受け入れても、私は返せる気持ちを持っていない。

 それじゃ、どちらも苦しいだけ――。


「いいじゃないか、別に」


 ――あなたの幸せな未来を、奪いたくないんです。

 そう言おうとした私の口をそっと彼の手が塞ぐ。


「言ったろ、僕がそうしたいんだ……。つまり、そうしないと、今よりずっと僕は不幸になって、寂しくて死んじゃうかもね。そしたら、君の枕元に化けて出て、夜な夜な恨み言を呟いてやろうか。ははっ……」


 その時の笑顔は本当に優しくて……。

 彼は、それだけを言うと……私の身体をそっと離した。

 ピシッと……何事もなかったかのように馬に軽く鞭を入れ、再び馬車を動かしだす。


 どうせ苦しむのなら、君のそばで……。

 そんな狂おしくもある愛の言葉に対し……私が言えたのは。


「後悔しますよ」


 ひどく複雑な感情の入り混じった、そんな相づちだけ。しかしそれすら……。


「しないさ。心が決めたことだから」


 アルベール様はあっけらかんと笑い飛ばしてしまう。


 悲しいことに……あんなに強く抱きしめられても、私の中に特別な気持ちだと思えるものは、未だ芽生えていない。


 だけれど……遠くの道の先を見つめながら、ほんの少しだけ願ったんだ。

 この先、私の中で何かが変わることを――。




 そうして――旅立ってから二年半で私たちは聖都へと帰りついた。

 多くの人に歓迎とお叱りの言葉を受けながら、改めてこの世界を元の場所へ帰すための計画を練る。


 ルシエさんから教わった話だと、私たちの住む世界のイメージは虚無の海に浮かぶ気泡のようなもの。それが無限の空間に大小いくつも存在し、それぞれ独自の世界を形作っていると予想されるのだとか。


 そして……彼女が前回流星群の被害を受けた元の世界から脱出し、その海へと漕ぎ出すために行った工程はふたつ。それを逆回しするように、私たちも二段階の工程を踏む必要がある。


 ――まずは第一段階。

 この世界を、虚無の海へと送るために――私たちが次元の穴と呼称するそれを開く。


 これは、虚無の在処を利用して行うことになる。とはいえ、前回のように受信器である黒い月を使って力を集中させる地点は、世界を包む殻の内側ではなく……なんと外側。


 現在こちらの世界は、前回通ってきた通り道――トンネルと薄い虚無の膜で隔たれた状態にある。そこを通過するために魔女帝に頼んでいたのが、虚無の在処の改造だった。


 それにより虚無の在処から出現させていた黒い月の座標を修正し、殻の外へ力を照射、トンネルとこちらの間にまたがる虚無に穴を開ける。


 ルシエさんの話によるとトンネルの内部には何もないが、そこは殻に包まれた空間同士、世界の内側と同じ性質を持ち合わせているとのこと。泡と同じでくっつくと合体し、世界の中身もより大きいトンネル側へと吸引される。その勢いを使って空間内部を移動し、こちらの中身を目指すべき元の世界へと近づけるのだ。


 その際に殻はトンネル側に吸収され、この世界は今も空を描き出している内膜によって留められるだけのやや不安定な状態に陥ってしまうが、そこは仕方ない。


 そして第二段階。

 その状態でトンネル内を移動し、極限まで元の世界と近づいたら――同じ要領で今度は、向こうの世界と隔てられた次元の穴を開く。


 そうすれば、また中身が自動的にあちら側へ吸収され、ふたつの世界が統合。無事私たちは、元いた世界で暮らせることになるというわけ。その際に開いたままになる穴も、トンネル側の外殻が萎むことでどこかのタイミングで閉じるだろう、ということだった。


 世界移動の大まかな流れは以上。

 それを実現するための準備は、急速に整えられてゆき――。



 ルシエさんが予言した一の月の最終日。私たちは、あの大破壊から見事修復された月映宮の最上階にいた。


 今そこは、世界の変化をしっかりと見届けるための展望台となっており……選ばれし数十人の聖女と魔女……それに見届け人として各王国の最高権力者たちが立ち並んでいる。


 私含む三人の金盞花の乙女、聖王国の国王夫妻にアルベール様やデュリス様。それから魔女帝にラエル兄さんやメナまで、私の知人も勢ぞろい。ポピアやリナ、ミシェル班長やペーレ室長の姿もある。


『では、皆さん。初めてちょうだい。虚無の海からあちらの世界への道案内役は、私がするわ』


 この場には、ティリシャ様が世界書を携えて来てくれている。

 その中に存在するルシエさんの声が、皆の頭に直接届いたようだ。

 一応彼女をよく知る私が、号令をかけ直す。


「……では魔女帝、虚無の在処の発動をお願いできますか?」

「よかろう。皆の者……力を練り、放出に備えよ!」

「「ハッ!」」


 その命令に皆が答え、魔女帝は新たに作り直された起動装置の桂冠を頭から外すと、以前より少しサイズが大きくなった闇色のフラスコ内へと突き入れた。改造版虚無の在処が発動され、光の柱が雲間へ注ぐ。


「うわっ……」

「空が、震えている⁉」


 魔物が発生した時のようななんともいえない不気味な振動に、デュリス殿下たちが息を呑む。

 心なしか、空の色が濃く、暗く沈んでゆくようにも見える。各地では天変地異だと混乱しているかもしれない。


「皆、力をどんどん注ぎ込め! でないと二発目が持たんぞ!」

「「ハイッ!」」


 ラエル兄さんの呼びかけにより、聖女、魔女問わず放つ奇跡と魔法が柱へと突き刺さる。急速に減り始めたベセル内部のエネルギー消費を、どれだけ補えるかが勝負。


 そんな中――私が担った役目は。


「く……うぅぅぅぅっ……!」


 世界の外側に集中させた力の塊をリング状にして押し広げ、次元の穴を作ること。目を閉じ中空に両手を広げ、歯を食いしばって輪を閉じようと押し寄せる虚無に抵抗する。


 これをある程度の大きさまで広げ、安定させないと――穴が世界を吸い込みきれず、大陸の外縁部が破壊される……!


 ルシエさんとの旅行で、世界を渡り形を把握したのはこの時のため。広がる世界のイメージを強く持ち、今までで培った聖魔力の両方を限界まで絞り出して、通り道を狭めようとする大量の虚無を力技で追いやる。


「ん……ぐ、ぐぅ……」


 重たいっ……! 気を抜けば、私自身の身体が押し潰されてしまいそうだ。

 両側からプレス機に挟まれた状態で、腕を無理やり突っ張っているような、そんな感じ。


『そのまま耐えて! 通り道との接触までにもう少し広げないと大陸が崩れるわ!』

「……は、い……!」


 ルシエさんに言葉を返すのすらやっとで。気を抜けば、本気で身体が内側から爆発しちゃいそう。


 そこでだった――私の背中に次々に手が置かれ、力が流れ込んでくる。


「支えるよ、皆で」

「ふっ……妹の晴れ舞台だ。家族としてしっかり見届けるぞ」

「オレの力もぜひ使え! 兄上には負けてられないからな」


 アルベール様、ラエル兄さん、デュリス殿下。


奇跡を(オーリア)――。大丈夫、あなたなら……自分の力でそれを起こせる」

「未来など……見なくても分かっている。私たちなら、どんな苦難も乗り越えられるはずだ!」

「ここに立てなかった聖女たちの分も……あなたに誇りを託させてください」


 ルイーゼ様、マール様、ミシェル班長。


「シーリさん……あなたと出会えてもらえた勇気、少しでも返します!」

「ははは、こんな場面に立ち会えるなんて研究者冥利に尽きるねぇ! いざ、新たな世界へ!」

「シーリ、今度はあたしも側に居るから!」


 リナ、ペーレ室長、そしてポピア。


 他にも、大勢の聖女や魔女たちが余裕もない中、代わる代わる私に力を流し込んでくれる。


 それと同時に、たくさんの人たちの想いが……この世界を護るんだという想いが一気に流れ込んで。私は、胸から湧き上がる感動を我慢しきれずに叫んだ。


「皆、ありがとう……! 道を、開けます! やあぁぁぁぁっ!」


 今は後先考えず――全部の力を一気に束ねて、虚無の海を吹っ飛ばす……‼


 比喩ではなく空が明るみ、眩い光が世界を一気に駆け抜けて――。


 ――――――――……。


 気付けば――耳障りな振動が収まり……静寂があたりに漂っていた。



『――聞こえる? ……よかった、以前私たちが作った通り道へと抜けられたようだわ。後はもう一度、次の世界に向けて同じことをやってちょうだいね』

「……簡単に言ってくれますね。はふー……皆さぁん、一旦安全地帯へ抜けたみたいです! 次に指示がある時まで待機してください!」


 どうやら、世界は無事一つ目の次元の穴を抜けたようで……私がそれを伝えるなり、ワッ――と歓声と笑顔で場が満ちる。


 しかしそれもすぐに、次に備える真剣なものへと変わり、私もその場にぺたんと座り込むとしばらく回復を図る。正直……かなり疲れた。けど……。


「さすがシーリだね。でも、大丈夫かい? もう一度これと同じことをやるなんて……」

「ええ、なんとか。さっきので成功のイメージがずいぶん掴めた気がしますし……」


 気遣ってくれたアルベール様には手応えを感じたことを話す。そうするうちに、ポピアを始めとした聖女有志からなる補給部隊が、皆にお茶や食べ物を配り始めた。


「皆さ~ん、次に備えてしっかり栄養補給しておきましょう! シーリ、ほら……お茶に糖分補給のお菓子も山ほど持ってきたんだから! どこか身体に痛むところとかない?」

「そ、そこまでしてもらわなくていいからっ……! でも、ありがと」


 水筒にお菓子を手渡され、彼女の奇跡でできた包帯でぐるぐる巻きにされかけ慌てながら抜け出した私は、周りを見渡すと……。


 わだかまりなく、それぞれの力を称え合う聖女や魔女たちの姿にほっとする。協力してひとつのできごとに当たったことが、互いの心を近づけたのだろう。

 それを国王夫妻と魔女帝も、感慨深そうに見ていた。


「ねえ、ヴァシリーサ殿。この事態が終わってそれぞれの国のことが落ち着いたら……お互いの国同士の関係を少しずつ修復し、友好に近づけてゆきましょう。なにせ私たちには、これから巨大な世界での様々な問題が待ち受けているのでしょうから」

「同感だ。余も……過去の因縁は捨て、新たなる未来へ向け手を取り合って進むべきだと、国民に説くことを約束しよう」

「うむ、うむ……よき世の中にしてゆこうぞ」


 ティリシャ様と魔女帝が固く握手し、国王様もうんうんと頷く。その脇では、アルベール様がだんだんと背丈が近づいて来た弟に発破をかけていた。


「次期国王として、なおさらこれからが責任重大だぞ、デュリス」

「他人事にするな! と言いたいところだが……どうせ兄上のことだ、シーリのことしか眼中にないんだろ。せいぜい惚気まくって、愛想でも尽かされてしまえ。シーリ、こいつが嫌になったらいつでもオレに相談するんだぞ? 適当に理由をでっちあげて王宮に連れ戻してやるから」

「そんなこと言って殿下~、構ってくれるお兄ちゃんをシーリに取られて寂しいんじゃないですか~?」

「そ、そんなことあるわけないだろつ! 茶化している暇があるならオレの肩でも揉んでろっ!」

「はーい……素直じゃないんだから」


 へらへらと笑いながらポピアが殿下の後ろに回る。おや……いつの間にこのふたり仲良くなったんだろう。ポピアのブローチも蒼薔薇級のものに変わっているし、私が世界を回る二年と少しの間に、きっと色んなことがあったんだろうな……。


 ちなみに、私がこの出来事が終わった後で聖女会に長く留まらないつもりであることは、今まで関わった多くの人たちに話してある。こういう楽しい光景も、後何度見れるかどうか。


 ううん……悲観する必要なんてないや。未来が繋がったなら、お互いが望む限り寂しくなってもまたいつでも会える。それに……。


「離れても……なにも変わらないよ。ずっと忘れないもの」

「……うん」


 ポピアの言う通り、たくさんの思い出が導となって私たちを引き合わせてくれることだろう。だから、何も心配することなんてない。胸を張ってこの先を目指せばいいんだ。 


 ぎゅっと握ってくれたこの手のひらの感触を……記憶に刻み込んで。

 私は彼女とふたり並んだまま、ぼんやりとその時を待つつもりだった。


 ところが……。


「わっ……何⁉」


 突然、視界がぐらぐらと揺らぎ始めて――。


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