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極貧孤児に転生したので、親を探して文句を言おうと思う  作者: 安野 吽
後編・魔帝国編

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51・忙しくも愛おしいひととき

 シャカシャカ……カリカリカリ……ペラペラリ。


(え~……聖王国のこの街の教会資料は……これだな。なるほど子供さんが生まれたから退職予定と……じゃあここには、補充人員を募集かけておこう。それと……)


 聖王国と魔帝国、ふたつの大きな国の国民たちを苦しめた戦争騒ぎから数ヶ月。

 大聖堂の一室で、こうして私はデスクワークに忙しく両手を動かしている。


 作成した他所の街への指示書を封筒に閉じ込んでいると――。


「…………あ~もうっ、限界ッ! あたしお茶入れてくる~っ!」


 ダン、とポピアが勢いよく机を叩いて立ち上がり、わしゃわしゃ頭をかき混ぜながらすっ飛んでった。書類整理が煮詰まり台所へ逃げ出す彼女を見るのも、今日でもう三度目。苦手な仕事なのはわかるけど、とはいえ自分から志願したからには、精々踏ん張ってもらわないと――。




 あの日メナの目論見、世界再構築をやっとのことで阻止した後……そのまま魔帝国から東部国境へとんぼ返りした私たち。


 その道中には、ラエル兄さんも同行していた。


 メナが時間をかけて施した洗脳の魔法は帝国の広範囲に及んでおり、それが解除された直後の魔帝国は混乱の極み。誰かが直接各地の主だった領主に口頭で事態の説明をする必要がある。


 それはもちろん、聖王国側にも釈明が必要で……でもあんなことがあった後で魔女帝が玉座を離れてはまた国民の不安を生んでしまう。なのでその名代として、ラエル兄さんが両王国への報告役を担うことになったというわけだ。


 東部国境でデュリス殿下に事態を説明すると、両国の軍隊は正式な通達があるまで待機状態に。そこで私たちは一足先に聖都へと帰還する。


 宮殿に招かれた兄さんはその場で魔女帝の代理として聖王国に謝罪し……国王陛下はそれを受け入れ、無事、正式に戦争は終結する運びとなった。


『シーリよ、名残惜しいがこれで一旦お別れだ。だが君には追って魔帝国から特別名誉国民証明が届くだろう。以降はいつでもこちらに来れるようになる。それにホルドキア領の屋敷は元々お前の実家だ、聖王国が嫌になったらいつでも帰ってこい。(後……アルベールよ。お前、俺との決着がつかないまま妹に手を出したら……わかってるな?)』

『(……過保護な兄さんだなぁ。心配しなくても、当分そんなことをしてる暇はないだろうさ)』


 平和条約を破り侵攻した魔帝国への賠償責任の有無など、細々とした内容については、これから時間をかけて決めていくのだろう。ラエル兄さんは私には笑顔で――アルベール様とはまた喧嘩腰でなにかやりとりしながら、渋々魔帝国へと帰還していった。


 それから、たくさんの聖女たちと兵士たちが聖都へと帰ってきて。

 私もマール様やポピア、第五班の面々たちと再会を祝い……ひと時の平和を分かち合う。


 その後少し遅れてルイーゼ様が大聖殿へと戻ってきた。


『ありがとう、シーリ。ようやく私の胸に刺さっていた棘も抜けたわ。いつになるか分からないけど、またメナに会いに行こうと思うの。いつか……聖女としての務めを退いたら、魔女帝にお許しをいただいて魔帝国に帰化するつもり。彼女が自由になれた時に迎えてあげたいから』


 メナのことだけど……結局彼女は魔帝国で長い服役生活を送ることになったという。でも、その前に魔女帝の計らいにより積もる話ができたと……。「迷惑をかけた」――あなたにもそう伝えてくれって言っていたと、ルイーゼ様は瞼をこすって私に感謝をくれた。


 たくさんの人を苦しめたメナの罪が消えることはないにしろ……彼女も運命に翻弄されたひとり。償いをちゃんと果たした時……いつかまた、ルイーゼ様と亡きロバートさんについて語り合えるようになればいいなと心から思う。


 それからヴィーナに関しては、私との戦いがトラウマになってしまったようで、あれから聖力をうまくコントロールできなくなったんだって。メナに加担したことで聖女会から追放されて資産の八割を没収。聖都の大邸宅も差し押さえられてしまい……別人のようにしおらしくなって派手な化粧もしなくなり、故郷に帰って静かに暮らすことになったんだとか。


 なんだかちょっぴり申し訳ないけど、生まれた国を裏切ってしまったんだし、これも相応の報いなのかも……。


 ま、そんなこんなで……この戦いに関わったすべての人が聖王国に凱旋し終わった後、改めて街を挙げてのお祭りが催された。

 国民は戦争騒ぎで俯いていたのが嘘みたいにはしゃぎ、パレードにて手を振る功労者たちに特大の歓声を送る。


「きゃ~見て、デュリス殿下よ~! なんだかちょっと男らしくなられてきたわ! でもかわいい~っ! 抱き締めたーい!」

「騎士団長様~っ! 素敵~!」

「うぉぉぉ~っ! さすが王国が誇る聖女たち、よくやってくれた! この国の誉れだ~っ!」

「きっと後世までその活躍が歴史に残るに違いない! 今日は記念日だな!」


 魔帝国を倒したとかいうわけじゃないんだけど……。すっかり聖都は戦勝ムード、建物のあちこちから花吹雪が乱れ飛び、クラッカーのテープで道が埋まる。たくさんの民衆が金盞花の描かれた王国旗をバタバタと振って、みんな笑顔でご馳走を囲んだりしていて――三日三晩、聖都は眠らぬ都と化し……大いに賑わった。


 だけど、問題はその後。


 いきなりの戦争準備で様々な事業が中断、または中止に追い込まれ国中はその補填でおおわらわ。


 あちこちからかき集めた軍需物資のとか返還、近々で発生した新たな問題の対処など。瞬く間に忙しくなり……王国兵や騎士だけでなく、聖女たちも休む間もない日々が続いた。


 おまけにだ……。


『ルイーゼ、シーリ。本当によく無事で――。いや……お前たちならば、今回の事態も必ず乗り越えてくれると、そう信じてはいたがな』


 ある日呼び集められた会議室で、改めてマール様は私たちとの再会を喜び、ひとりずつ抱きしめてくれた。

  

『マール様、ただいまです。そうだ……サンホワイトのブローチ、あれがなかったら……事態を無事に終わらせることはできなかったと思います。回収できなくてごめんなさい』

『なにを言う。お前はルイーゼを救い、ここにこうして戻って来てくれた。それだけで十分だ……ありがとう』


 そう言って、涙を隠さず私たちを優しく労わってくれた彼女……だったのだが。

 ひとしきり私たちと再会を喜び合った後、きりりとした表情に戻りこう言う。


『さて……早速で悪いが、二週間後に王宮で式典が開かれる。今回東部国境線に出撃した聖女や聖騎士など、主だったものに対しての功績の授与式だ。当然、お前たちにも聖女会の代表として出てもらう。言っておくが、当事者たるお前らの出席は確定事項だ。ずる休みは許さんからな』

『ひぃ……わ、わかりました』


 元のキツイ眼差しに戻ったマール様に怯える私。あの後、終戦の調停式で兄さんと一緒に今回の終戦の証人としてサインした時から、覚悟はしていたけどさ。

 またもこの私が表舞台で表彰される羽目になるなんて。


『ちなみに――――だからな』

『…………へ?』

『当然の判断よね。私も楽しみだわ」


 マール様が真面目腐った顔で宣言し、ルイーゼ様が嬉しそうに肯定したその事実に、私は叫ぶどころか放心し……。


 ――式典当日。


『では……この度。囚われの金盞花の乙女を助け出して魔帝国の反逆を終結に導き、聖王国の危機を退けた立役者――シーリ・アンテノアに、金盞花、“力”の乙女の号を授けるものとする‼』

『……ここ、光栄に、存じますぅ』


 口元を大きく引きつらせながら、内心は――ぎゃあああぁぁぁあぁぁぁあ――と叫びたい心持ちである。


 本来なら経験不足を盾に断固として固辞したいところだったけど……世界書の消滅の時期も迫り、金盞花の乙女の一角が欠けることは大きく聖王国全体の士気を下げる。国王様や王妃様を始めとしたお偉方に笑顔で「やってくれるよね?」という視線を送られれば、断り切れるものではない。


 そうしたわけで……今回東部の国境線での活動に従事した者たちはそれぞれ昇進及び、働きに見合う財貨を与えられることになり。私は恐るべきことに、聖女会に所属して一年も経たないうちに最上位、金盞花の乙女に上り詰めるという偉業を成し遂げさせられてしまったのであった……。




 ちなみに今作業しているここは、大聖殿の三階にある、ほとんど使われていなかったヴィーナの居室だ。私の私物なんて大してないから今は戸棚もクローゼットも全然空。生活感がないので、ゆくゆくは居心地の良い部屋に改善していきたいところだが……しばらくそんな時間は取れそうになく。


 回想と共に部屋内を見渡していると、外から声が届いた。


「シーリ様、入れていただいてよろしいでしょうか」

「ど、どうぞ……」


 堅い声に姿を覗かせたのは、第五班の長であるミシェル班長だ。

 彼女は私に丁寧にお辞儀をすると、目の前のテーブルに分厚い書類を置いた。


「こちら、聖王国から預かりました定常の報告書です。目を通しておいてください。それと、先日住民が大規模な洪水被害に遭ったレンデル川の氾濫の件ですが、民達を非難させた後堤防を築き、村落の復興作業は順調に――」

「あの……! お願いですからやめてください!」

「はて、何がでしょうか?」

「様とか敬語とかです!」


 つい先日まで下についていた私を上司として扱うことに何の違和感も抱かず、本気で不思議そうな顔をするミシェル班長に対して、私は猛然と抗議した。


「い、いくらこんな役目に祀り上げられたっていっても、私はまだ聖女会に入って一年目なんですよ⁉ それがミシェル班長みたいな実績の積んできた方にそんな風に扱われて……背中がぞわぞわしますっ!」

「ですが……周囲への示しというものがあります。あなたの年齢もありますし、悪戯に気安く接していては周りに舐められますよ?」

「都度対処します! ですから、普通に話してください!」

「ですが……」

「いいじゃないの、ミシェル」


 真面目で杓子定規なところもあるミシェル班長は、それでも反論しようとしたようだが、それは後ろに続いていたルイーゼ様の鶴の一声に遮られる。


「階級に囚われず、世話になった人への敬意を払うのも彼女の美徳のひとつだと思うわ。公式な場は別として、これまで通り後輩として接してあげたら?」

「……ルイーゼ様がそういうなら」

(……ありがとうございますぅ)


 また心労の種が増えてしまうところだったが……うまく取りなしてくれた青髪の乙女に私は感謝の視線を送った。


「おっとっと、お二人様ご来店~! 少々お待ちくださいませっと……」


 その内に、胸に新たに紅牡丹(レッドダリア)のブローチを輝かせたポピアが戻ってきてふたりの来訪に驚き、台所に戻って人数分のお茶と菓子を用意してくれる。どうやら……あれからも彼女のスイーツ店通いは続いているらしく、久々にバルミィ・プリーズ堂の季節の各種ケーキを前に、しばし優雅なティータイムを楽しむことに。


「ふう……なんだかこんな穏やかな気分でお茶を飲むのも久しぶりな気がするわ」

「そうですね……。まったく、この子たちが来てから聖女会はトラブル続きでしたからね」

「あぁ~……ミシェル班長、あたしたちのせいみたいに言わないでくださいよ~」


 そんな風に仲良く会話を楽しむ聖女たちに囲まれ、しばし私は今と過去を比べてしまう。


(あの頃の私はずっと人に怯えてた。自分があまりにちっぽけな存在だから、これ以上何も奪わないでって……きつく身を縮めて隠れてたんだ)


 前世はこちらよりもよほど物質的に豊かで、生活も楽だった。それが私には……誰も迷惑をかけずひとりで生きなさい、それがあなたの責任です――というメッセージを打たれているように、感じられて。


 でも、そんな風に考えなくてよかったのかもしれなかった。だって、私は……こっちに来て、孤児院の皆や、聖都に来てから出会ったたくさんの人々の役に立ててうれしかったし。あちらからもそう思ってくれていたら、いいなと思うし。


 もし、万が一なにかの手違いで元の世界に戻るようなことがあったとしても……。その時は、前より少しだけ勇気を出せるようになって――失敗もあるだろうけど、きっと楽しい人生が送れるような気がする。


「苺もーらいっ!」

「あ、こらっ! はしたなズルいよポピア!」

「ボーっとしてる方が悪いんだもん。ほれ、代わりにあ~ん」


 ショートケーキに乗った大粒の苺をかっさらわれ、私はムカッとしながらもポピアが差し出して来たスプーンの上のマロングラッセをぱくついた。それを見たルイーゼ様が羨ましそうに口元を綻ばせた。


「あなたたちは本当に仲がいいわね」

「はい! 一番の友達なので!」


 ポピアは席を立つと私の肩をぎゅうっと後ろから握った。

 あっ……そういえば、彼女にあのマントのお礼を言ってなかったな。

 そんなことを考えながら、頭の上の丸っこい顔を見上げると。


「あたしの思った通り、あのマントの似合う女になったじゃない」


 にや~っとポピアは、歯を見せて笑っていた。いやいや……と自分では思うのに、ルイーゼ様はうんうんと、ミシェル班長はこくりと小さく頷き。


「ふんふ~ん。次はウエディングドレスかな~。どんなデザインがいい? ねえねえ」

「あのねぇ……相手がいないっての」

「おやおや? 本当にそうなのかな~?」

「うるさいっ」


 しつこく尋ねてくるポピアに黙れとばかり、ピンクの頬をむにっと掴むと……朗らかな笑いが場を包む。こんな毎日が、これからの私たちの普通になってくれたら――いいな。



 その日も最後は仕事でくたくたで……シャワーを浴びるなりすぐベッドに横になった私の意識は、夜空を眺める間もなく眠りに入り……。


(あれ……。私確か、ベッドに入ったはずじゃ)


 気付けば――どこか前の孤児院と引き払った寮が歪に組み合わさったような、なんともごちゃ着いた空間に私は座っていて。


 なんだか懐かしいような気分で立ち上がり、思い出深い小物などを見回していると。


 ――コツコツ。

 木製のドアが規則正しくノックされ……私はゴクリと喉を鳴らし、それを開く。

 すると……。


「来ーちゃった。ご無沙汰してたわねぇ」

「うひゃあっ」


 扉の隙間から茶目っ気のある上品な声と共に、姿を現したのは――思ってもない人物で。


(ええ……⁉ どどどうして、あなたがここへ……?)


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