◇幕間 信じてる(ポピア、デュリス視点)
◇(ポピア視点)
戦争が、数日後に迫っているという。
そして……それが過ぎれば、目の前の国境線を渡り、たくさんの兵士たちがこの聖王国に攻め込んでくる。そんな時だというのに……。
(シーリは今どうしてるんだろ……)
城壁にもたれかかりつつ、良くも悪くも変化のない青空を眺めていると、そんなことばかりがあたしの頭には浮かんだ。
今も、彼女はこの戦争を止めようと必死に戦ってるんだろう。本当に、あっという間に遠い人になっちゃったって感じだ……。
「ポピア。もうすぐ本日のミーティングが始まりますよ」
「ミシェル班長……」
後ろの階段室から、白薔薇の称号を持つミシェル班長が姿を現す。忙しい中あたしのことを探しに来てくれたのだと申し訳なく思いつつ……まだ少し、この場所を離れる気にはなれなくて……。
「あの……ちょっとだけ遅れていいですか? なんだかやる気がでなくって。あはは……すみません」
こんなことを言って聖女失格だなと頭を掻いていると……班長はこちらをじっと見つめた後、ふうと息を吐いて隣に並んだ。実はあたし、結構同年代ではのっぽな方で、この人よりも背が高いのだけど……隣に並ばれると、彼女の方がぐんと大きな存在に感じてしまう。
「まあ、このような事態にそれぞれが悩みを抱くのは仕方のないことです。私だって……正直一旦戦いが始まれば平静でいられる自信はありませんからね」
真面目な彼女の顔を見るとより一層後ろめたく、あたしは今考えていることをつい口に出す。
「……違うんです。あたしってば、こんな時なのに……シーリのことばっかり考えてて。しかも、心配とかじゃなくて、ちょっとやっかみや嫉妬みたいな。どうして……こんなに違うんだろうって」
シーリを送り出した時に頑張ったみたいに、彼女を大切に思う気持ちは本心だ。でも、それとは別に……どうしても悔しさというか、もどかしさというか。劣等感みたいなのがあたしの中には燻っていて。それが自分でも嫌だった……。こんな時に、一番大事な友達を純粋に心配してあげられないのか、あたしは……って。
「あたし……本当は聖女になるの、なんていうかすごい軽い気持ちだったんです。実家が服屋をやってて……あたし自身、そっちの仕事が好きだったし。女の子でもやれる仕事だから、いざとなれば跡を継いだりもできる」
シーリのマントを縫った時も、あたしはやっぱり服屋の子なんだってしみじみ思ったもの。それくらい……子供の頃からの習慣ってのは、人生に染み付いていて。
「でも、せっかく聖女の資質に目覚めて無駄にするの、すごくもったいないじゃないですか……。だから……ちょっと間聖女として気楽に働いて、芽が出なかったら実家に戻って家の仕事を継いだらいいかって。……そんな不純な気持ちでした」
口に出すと、もやもやが止まらなくって。
でも、こんな恥ずかしい自分の独白をミシェル班長は黙って静かに聞いていてくれた。
「聖女のお仕事、なんだかやってみたら思ったより楽しくて。周りは皆いい人だし、人の役に立てるし……。なにより、シーリがどんどんすごいことを成し遂げてくのを近くで見てると、自分のことみたいに嬉しかった。あの子ってば、どれだけ立派なことをしても、目線が変わらないんです。偉ぶりもしないし、卑屈になることもない……そういうところが大好きで、友達として安心して傍にいられたんだと思います。だけど……」
頬杖を突くと、私は唇を曲げた。
「これから、どんどん遠い人になっちゃうのかなって思ったら、寂しくなって。あの子はきっとそのままでいてくれるだろうけど……あたしは普通の人間だから。周りから何かを言われたら……きっと嫌な気持ちになる。それでもし、あの子に当たりでもしたら……自分を許せなくなっちゃう。そうなる前に、あたしから離れた方がいいのかなって……。あれ、どうしたんですか?」
くすりと、隣から笑う気配がして、私は首を傾げる。
こんな風にミシェル班長がおかしそうにするところ、初めて見たかも。
「あなたはシーリがこの戦争を収め、無事戻ってくると疑わないのですね」
「それは……そうですね。だって、シーリだもん」
そこだけは迷いなく頷くと、ミシェル班長は自分も城壁にもたれかかった。
「その気持ちだけで……あなたが彼女の側に居る資格は十分だと思いますけれど。まあ、先のことなど案外どうなるか分からないものです。私も今でこそこうして、白薔薇の栄誉を国から与えられていますが……かつてはあなたと同じように、眩しい同輩を仰ぎ見る時期を過ごしていましたから」
「ミシェル班長がですか~……」
なんだか、聖女になった時から皆に指導してそうな雰囲気すらある彼女の言葉が信じられず、私はしきりに首を捻った。すると彼女はこちらの背中に手を回し、ぽんぽんと安心するように叩いてくれる。
「どんな時代にもあるのです、そこに生きる人々の心を揺り動かす出来事が。私にとっては、それが先代の金盞花の聖女たちにまつわる騒動だったりしたわけですが……あの時は、それを忸怩たる思いで見守っていました。自分はこうしてずっと傍観者のままでいいのだろうか、と……」
「班長も……?」
あたしからするとミシェル班長は、ずっと聖女会の中心的存在としてばりばり実務をこなしてきた、叩き上げのエリートみたいに思っていたから……その見合わない自己評価にやや驚きを覚える。
でも隣を見たら何も言えなくなった。彼女の遠くを見つめる表情が、これまでの苦悩を物語っていたから。
「でもね、今は少し嬉しい気持ちでいます。……こうして今、あなたたち若い世代の背中を支えられるようになったのですから。シーリが出世したからではありませんよ。他にもたくさんの聖女たちが自分の夢を叶えようとここで頑張っている。時間はかかりましたけど、そういう場所の土台となれていることを、私はとても誇らしく思っているのです」
彼女の瞳には今、辿ってきたたくさんの過去が代わる代わる映っているのだろうか。
班長もきっとあたしたちと同じように、楽しいことも苦しいことも仲間と一緒に頑張って乗り越えて来たんだな……。
彼女はいつになく柔らかい表情で、こちらに告げる。
「世の中には色んな人がいますよ。要領のいい人、地道に人生の目的を探す人。周りと一緒に幸せを勝ち取る人、たったひとりで、それまでの世界をがらりと変えてしまう人。あなたが自分がどんな人間なのかを気付くのはきっとこれから。悩みなさい……そして悩んでどうしようもなくなった時は、信じられる誰かに、真剣な気持ちで話せばいい。そうすれば、勇気をもってくれたあなたに我々も全力で答えようという気になります。その絆はきっと物事をよい方向に運んでくれますから」
「…………う……うぅ……はんちょお~‼」
「こ、これ、涙は堪えなさい! 私が新人いびりをしていると思われたら困るでしょう!」
「でもあたひ感動しちゃって……」
ついはぐはぐと涙声になってしまったあたしの目元に、ミシェル班長のハンカチが優しく当てがわれた。
あたしたちの瞳は、すぐに羨ましいものに溺れてしまう。
自分に持ってないものばかり探して。お金、外見、その他色んな才能もすぐ比較して、あれもないこれもないって勝手に苦しみながら、何十年もの長い時を過ごしてく……。
でも、あたしも思えるようになりたい。そうじゃない何かを……誰にでもある、他と違う輝きを見つけたくて、皆がそれぞれの世界で挑戦しているんだって。
この世界に生まれて芽生えた、この好きだっていう感情を、必死に守り育てながら生きていくんだって。
あたしは、あたしだ。あたしらしいなにかを探しながら……この先も頑張る。
そういうあたしに後ろ指を差す人だっているだろうけど……もう不安になんてならない。
そんなのくだらないって、大切な人たちは言ってくれるだろうから。
そしてあたしが間違えば、ちゃんと正してくれる。
あたしの大好きな人たちは、そんな素敵な人たちだもの……。
「……よーし、あたし張り切っちゃお! どうせシーリが帰ってきたら、聖王国はお祭り騒ぎだもの。 それまで魔帝国のやつらなんて、ひとりたりとも聖女たちがこの先に通しません……! そう言って気を落としてる兵士たちを、明るく元気付けてやります!」
「はぁ……元気になったのはいいですが、調子に乗りすぎないこと。さ、急ぎますよ……ミーティングに遅れるわけにはいきませんからね。時間はきっちりと――それも信頼を守り、共に生きる人たちを尊重するひとつの努力ですから」
ミシェル先輩は額をつんと弾いて私を嗜め、身を返す。
それに従う前に、私は向こう空を振り返ると、大きく両手を左右に振った。
(シーリ、早く帰って来てよ! あなたがいる……。それだけでこの先もずっと楽しい毎日が待ってるって、あたしそう思えるんだから――)
◇(デュリス視点)
数百年に一度起きるかどうかの由々しき事態、魔帝国との戦争。
それに際し……軍の士気は高いとはいえない。当然だ……長年隣国との戦いを経験してこなかった兵士たちからすれば、それはいきなり降って湧いた天災のようなもの。こうやって国境線で指揮官たちの指示に従いながらも、実際は誰しもが逃げ出したい気持ちでいっぱいだろう。
そんな中で……オレ。この聖王国にあって継承権の一位を有するデュリス・ソラス・ランシルエルトは――。
(……兵士たちの表情は優れんな。仕方のないことか)
指令室の窓際で、どうして全体の戦意を高めたものか、頭を悩ませていた。
この戦争には父上に命じられてではなく、オレ自ら参加を志願した。それにはいくつか理由がある。
数年後、正式に王冠を授かり玉座に着くことになることは、ほぼ本決まりだ。その時のためにどうしても、このような歴史に関わる事態の渦中で経験を積んでおきたかったというのがひとつ。そして……。
「もうひとつは、完全に意地だな……チッ」
己の狭量さに苛立って、オレは石の壁をガツンと蹴飛ばす。
聞くところによると、アルベールはなんと騎士団長の職務を辞してまで、単身で魔女帝やルイーゼの救出に向かうシーリの護衛と同行したという――それに対抗する想いが強く働いたせいだ。
悔しい……オレだって、もし自由に動ける身ならばそうしていた。
でも……それは仕方のないことだ。オレは次期国王で、シーリは今は飛ぶ鳥落とす勢いの聖女とはいえ、元は孤児……身分が違いすぎる。この恋は、どうしたって成就しない。
それに、アルベールは勘違いしていたようだが、オレはオレなりに王太子であることを誇っている。これまでオレを次の王にするために心を砕いてくれた多くの者たち……その心遣いを無にしてまで、しがらみのない生活を選ぼうとは思わない。誰が頼んだって、この地位をくれてやるものかというぐらいの気概はあるんだ。
(だからこそ、やつが付いていってほっとしている自分がいるのが、またむかつくっ……)
アルベールが付いていかなければ行かないで、オレはむかついてあの野郎の尻を蹴飛ばすくらいのことはやっていた。やつにシーリのことを預けるのは気に入らんが……他のやつらに任せるのは、もっと嫌だ。その気持ちに気付いた時、自然と区切りがついた気がする。人生初めての失恋というやつを、この年にして体験してさせられるとは……。
「ふふっ……」
整理すると、私情の部分が大きすぎて自分でもやや苦笑してしまう。
つい最近まで、母親のことで頭がいっぱいだったと思えば今度はこれか。全然大人になれていない。
こんなオレが、本当にこの王国を率いていけるのか……。
『――ほらほら、頑張って‼ 戦争なんて絶対起こらないと思いますけど、やっぱり備えは大事ですから!』
『そんなこといったってよぉ、ポピアちゃん。俺たち、やる気が出ねえんだわ』『んだんだ』
(……ん?)
頭のもやが少しずつ収まっていくと、やっと窓の外から声が響いているのに気付く。
見下ろせばそこでは、城壁の補修する兵士たちに加わって汗を流す聖女の姿が。バケツと金ゴテをせっせと動かし、罅や穴が開いている壁を補強しているのだろう。この砦自体も、時の聖女が建てたもので、かなり老朽化しているからな……。
『ほらー、そこサボってないで! これが終わったらたくさんお給料がもらえるんですから!』
『ま、そういわれたら仕方ねえ』『ポピア様には敵わねえなぁ』
(ふ~ん……)
確か、あいつは母上の快癒の宴に姿を現したシーリの友人。
いくら戦争前とはいえ、少しの気分転換くらいは許されよう。ここでこうしていても気が晴れそうになく、俺は護衛を率いてそちらへと向かう――。
するとそこでは他にも多くの聖女たちが、兵士たちの中に混じって彼らを鼓舞していた。
しかし城壁の修理など、誰にでもできる仕事。オレは彼女らの意図が分からず……不思議そうに一番気を張っている目立つオレンジ頭に話しかけた。
「そこのお前……ポピアだったか? 少し話を聞かせろ」
「あっ……! 王太子殿下……このようなところでお迎えの準備もできず、失礼をいたしまして――」
「よいよい……お前たちの作業の邪魔をしに来たのではないのでな、他の者は続けてよいぞ。しかし……どうしてお前たちまでこのようなことを? 戦争を前に、戦力として重要なお前たちがいたずらに身体を疲れさせるのは、指揮官のひとりとして許可できんぞ?」
オレのそんな疑問に対し、前はずいぶん委縮していた気がするポピアは……遜るでもなく胸を張ってにっこりと笑った。
「王太子殿下……。恐れながら、ここに居る誰しもが、戦争などという恐ろしい事態に立ち会ったことがございません。どうすればいいのか分からない者がほとんどなのです。そしてそれは聖女たちも同然。大きな力を宿すとはいえ、所詮かよわき乙女たちの集まりですから」
「ああ……それはそうだろうな」
周りを見渡し言うポピアの言葉はもっともだ。兵士として長い経歴を持つ者でもせいぜい、ならず者の捕縛や小規模な魔物騒ぎ、稀に起こる小領地の小競り合いくらいにしか参加したことがなかろう。だからこそ、その不安を拭わせるために厳しい模擬戦でもやらせてみるかと思っていたのだが……。
ポピアは真っ直ぐな目で意見を述べる。
「ですので……今一度。何のために戦うのかを……今から激しい戦いに身を置く私たちは理解しないといけないと思ったのです。こうして戦うのは……平和な日常を守るためですよね?」
「その通りだ」
なぜ戦うか――。
国民の命はそれぞれにかけがえのないものとして――では、それを救うためただ単に他国に服従を誓えばどうなるか。例えどんな名君が国を治めていようとも、戦勝国は必ず敗北国を虐げる。
なぜならば……国民全体が満遍なく幸福を享受する国家など存在しないからだ。戦に負けるということは、その国の最貧民のさらに下に着くということ。貧民たちが求めた抑圧の捌け口に敗北国は晒され地獄を見る。負けた国のやつらが自分達よりいい暮らしをしているなんて、許せないのが大半だからな。
ひとたび戦を起こしたならば、戦で失った多くのもの以上を敗戦国から奪い、国民に与えなければならない。それをできぬならば、たちまち王は国民の不興を買い、勝利の栄光を失って失脚する。
なればこそ、この先の生きる子孫の膨大な未来が苦しみに塗れぬため、命を懸ける。国を守るとは、そういうことだ。
「でも……私たちは、きっとそこまでの強い気持ちを持つことなく生きて来れました。だから、相手が攻めてきても、きっとうまく戦えない。隣の仲間が傷付いているのに見捨てて、逃げ出してしまうかもしれない。そんな心の重みに耐えきれる人なんて、多くはありません」
オレは黙ってうなずいた。事実、ここに揃った者たちは、どうして俺たちはこんなに運が悪いんだという顔ばかりしている。戦いに際しての逃亡兵もかなり多い。誰もが責任を他へ押し付けたいのだ……恥ずかしいと心の中では思っていながらも。
「でも……そんな人たちに少しだけでも、この国で守るべき人たちと一緒に暮らしてるんだってことを思い出して欲しくって」
周りの兵士たちを案じるように見渡すと、ポピアは微笑んだ。
「誰しもがひとりで生きていません。なら少しでも私たちと一緒に居ることで、子供や奥さん、家族と居る時のことを思い出せればと思って。へへ……要はこんな可愛い女の子たちを矢面に立たせるんだし、あなたたちもしっかりやってくださいよってメッセージなんです。それを班の会議で上げてみたら――どうせなら皆で、ってことになって」
「……なるほどな」
オレは感心すると共に、頭でっかちだった自分を恥じた。最善の方法はないか――考えること言い訳に、今できる行動を躊躇ってはいなかったか。未知の事態だ……失敗を恐れ手をこまねくにしても、限りある時間が過ぎるのをただ待ち、どうにもならぬと嘆くだけでは、ただのバカだ。
そんなことを思ったオレの目に、ポピアの指に光る白いものが目に着いた。
「その指輪は……」
「戦争になる前、シーリとお互いに送り合ったものなんです。きっと彼女も、絶対に最後まで諦めずに戦って、無事に帰ってきてくれると信じてます……。だから、あたしはあたしのできることを、精一杯やるつもりです」
「そうか……」
そうだ……今も多くの者がこの戦いを止めようと動いている。
そんな中、次期国王ともあろうものが、民の不安に影響されてどうする……!
ここに来たからにはただふんぞり返っているだけではなく、まず自分にできることをすべきだ――強く心を動かされたオレは、手を差し出す。
「……ええと」
「貸せ……手伝う。どうせ指令室に籠っていたってろくな考えが浮かんできやしないしな。それよりかは、少しでも兵に声を掛けて元気付けてやりたい」
「「し、しかし殿下……」」
「いいんですか……! ありがとうございます!」
制止する護衛に強引に上掛けを押し付けて袖を捲ると、ポピアは深く頭を下げ、バケツを渡してくれた。中は補修剤の漆喰で満たされていて重い。
そこからは、城壁の一角に設置された石造りのプールから補修剤を汲み出し、壁に塗りたくる兵士たちのもとへ届けがてら、話を聞いてやった。
やはりそれぞれが、不安を抱えながらもこの場所に立っているようだ。
――身重の妻が待つ家に早く帰りたい壮年の兵士。
――名を上げようと、年老いた両親に見送られて出て来た若い兵士。
――生活苦に喘ぎ、泣く泣くこの戦いに参加した者もいる。
それでも誰かに心の内を話すことで、わずかでも不安が取り除けたのか……話し終わった後、それぞれの顔はこれまでよりわずかに晴れていたように思う。
今はこれでいい。考えごとをするのは、眠る時間を削ってでもやってやる。
オレはオレなりの覚悟を決め、大切な国民ひとりひとりと会話できる貴重な機会に勤しんだ。
――そんな日々を過ごした数日後。
いよいよ魔帝国との開戦が一週間後に迫った折、オレは兵士たちを城壁内側の平野へと呼び集める。
未だ兵士たちの顔は、不安に包まれている。これからまた、厳しい訓練で痛い思いをさせられ……いずれは砦の向こうに国の盾として並べさせられるのか――と。まあ、それは必須だとしても……オレが今日やりたいことは違う。
「聞いてくれ。魔帝国との開戦まで後少しまで迫り、多くの者が自らの行く末に怯えていることだろう。そこでオレは、まずお前らに詫びたい……。今こうして同じ場に身を置こうとも……これから、命の奪い合いに立ち会わされるお前たちの心痛を、心の底から理解してやることはできんからな」
おお……とどよめきの声が漏れる。本来王侯の立場ある者が民に詫びるなど、非難されても仕方のない行動。だが……ここで魔帝国の軍勢を止められねば王国には後がない。ならば……どうせまだ戴冠も済ませていないのだ、下らぬプライドなど今は捨て置く。
「それを踏まえ、オレからひとつだけ……お前たちに送れるものがあると思った。形あるものではないし、これがお前たちにとって力になるかも分からない。でも……こうしてここに立つ勇気を持ってくれたお前たちに、今何か報いることができたら、と思ったのだ」
聞いてくれ――そう一言挟むと大きく息を吸い込み。
それぞれ真剣な表情で何が起こるのかを見つめている兵士たち、ひとりひとりに伝えようという想いで。
オレは……歌い出した。聖王国の、魂の歌を。
“おお民よ 唱えよ我が聖なる祖国を
何度膝をつこうと 旗を仰ぎ前を見よ
守れ大地を 輝く未来を子に譲らん
白き光を胸に絶やさず “
何百年という歴史の中――ずっと受け継がれて来た国歌。
かつてはこの国も、お互いの領地を巡って、周りの国々と大きな争いを繰り広げたはず。
そんな時、きっと過去の人々もこうして声を張り上げ、自分や仲間を鼓舞してきたのだろう。
自慢ではないが、オレは声はよく通るほうだ。城の声楽士やシーリも歌のことを褒めてくれたことがあったし、きっと下手ではないのだろう。
でも……今はうまく歌うよりも、皆に届けばと思う。仲間や家族……そして自らの生きる場所を守りたいという、この想いを。
俺は歌いながら、近くに控えた聖女たちをちらりと見る。するとその意を察したようにポピアが、一番に同じように声を上げてくれた。次第に歌声が重なりだすと、ひとつの合唱へと化してゆき……そこで俺は叫んだ。
「頼む皆! 共に歌い、戦ってくれ! オレは、お前たちと共にこの聖王国の未来が見たい! 嘆きも、憎しみも、故郷や家族への愛も、仲間を案ずる気持ちも全て吐き出し一丸となってくれ! オレはお前たちの感情を全て受け止め……そして最後まで、ここでその勇姿を見届けるから! 必ず、勝とう!」
その言葉に、最初は皆どうすればいいのかとじっとその場で固まっていた。
しかし……ある時、声援を上げてくれた者がいた。作業を手伝いながら一緒に話した兵士のひとり。
それを契機に、少しずつあちこちから声が上がり、そして大きな流れとなってゆく。
「「――――聖王国、万歳! 王太子殿下、万歳! 必ずや、我らの国に勝利を!」」
「……ああ、絶対に!」
ワッと歓声が上がり――それからも国歌が一周するごとに、歌声はどんどん大きくなる、もしかしたら……それはあちら側の城塞まで届き、敵の士気までくじいていたかもしれない。
そう思えるほどに……見事で素晴らしい合唱だった。
やがて、日は傾き解散となった後も、多くの熱がこの城塞を支配していた。
少しは……自分の役割を。ここにいる仲間たちの力になれただろうか。
食事時……肩を組んでお互いを鼓舞し合う兵士たちの様子を眼下に収めながら、オレは日暮れ時の空に向けて祈る。
(頼んだぞ、シーリ。そして……兄上)
誰よりも一番頼りにする白髪の聖女の隣に、今もまだ少し憎いあいつの顔を思い浮かべて――。




