46・双魔の賢女
上を見上げると、まだまだ延々と階段が続いてる。
月映宮の最上階へと続く螺旋階段は、半端じゃない長さだ。
「はぁ、はぁ……」
五百段くらいを越えたところで……数えるのを止め、とりあえず上ることだけに集中する。
「大丈夫? 疲れたら僕が腕に抱えて……」
「ふざけるな! 未婚の娘の身体にやすやすと触れていいと思っているのか。それくらいなら、家族の俺が運んでやる」
「君はつい最近まで他人だったろ! 僕は彼女を抱き上げた実績がある!」
「何だと⁉ その話詳しく聞かせてもらおうか。場合によっては……!」
「ふたりとも……大丈夫ですからやめてください」
アルベール様とラエル兄さんの無駄な言い争いを、慌てて仲裁させられる私。
なんなんだこのふたり……。友人同士だと思ってたけど、蓋を開けてみるとあんまり仲がよろしいようには見えないぞ?
ぐったりした気分で私が息を整えていると……。
「案ずるな。ほどなく最上階の一つ手前、謁見の間につく。余が運んでやってもよいが、そこで軽い休憩を取ればよい」
魔女帝はスイーっと……浮遊する氷の板に乗ったまま隣を追い越していってしまった。
あれいいなぁ……。真似できないこともないかもだけど……でも私はいざという時のために、力を残しておきたいし。
男性ふたりの申し出を断った手前、頑張らないわけには……いかないぞっ。
がんばれ、がんばれ……自らの足を激励しつつ、堅い石段を踏み越えてゆく。
一周二十段として、三、四十周くらい……タワーマンションに匹敵する位の高さを昇ったのだろうか。
ようやく見えた出口らしき場所から、薄ぼんやりとした明かりが漏れていて――。
「「陛下……お待ちしておりました」」
そこから、先にいった魔女帝のものとともに、静かな声が聞こえて来た。ふたりの若い女性の声。足に力が戻り、私たちは一気に駆け上がる。
すると――奥に玉座の置かれた広いスペースの中央で、魔女帝とふたりの魔女が対峙していた。
「……ほう。まさかとは思うが、今度はそなたらが余の邪魔をするというのか? 双魔の賢女」
一般の魔女たちとは明らかに趣きの異なる、紅蒼の衣装をそれぞれまとう女性たち。ふたりは、明らかに只者ではない威圧感を備えている。
「いえ、滅相もない……。陛下はこちらをお通りいただいて構いません」
「ただし――他のお三方は、ここでお引き取りを」
冷ややかな表情で追いついた私たちを見つめる魔女たちに、ラエル兄さんが苦々しい口調で迫った。
「魔帝国で陛下に次ぐ権力を持つ、王佐の才人たちが何のつもりだ。二百余年に続きこの国を支えてきたあなたたちが、今、メナの軍門に下り、俺たちを敵に回すのか!」
「余からも問おう。魔女帝になって十数年、よく仕えてくれたそなたたちがここに来て、どういう風の吹き回しかや? エクレ、トルテ」
魔女帝が送った視線からすれば、紅衣で長髪の魔女がエクレ、蒼衣で短髪の方がトルテと言う魔女らしいが……見た目では、成人を迎えていない少女たちとしか思えない。
いくら奇跡や魔法のような力がある世界だと言っても……人体の寿命を越えて生き永らえることなんて、どうやったら可能なの……?
「これまで、あらゆる魔法や古代遺物の研究に人生を費やすことで寿命を保ってきましたのは……ただただ、我が祖国が聖王国を従える姿を見んがため――」
「しかし……その夢は果たされるどころか。二国は偽りの和を結び、互いの歴史を……これまでの妄執をすべて忘れ去ろうとしている――」
紅衣の魔女がその憤りを示し――。
蒼衣の魔女が冷ややかな表情で言葉を継ぐと――。
「「このままでは永遠に魔帝国は、彼の国の後塵を拝すばかり! 見たいのです、この国が世界を統べるところを!」」
お互いの持つ杖を、こちらの行く手を塞ぐように交差させる。
そこから……炎と水、二色が合わさった渦が勢いよく吐き出され、私たちの間に着弾した。
「きゃぁっ!」
「くっ、貴様ら……」
なんとか躱した私たちが強敵の出現にほぞを噛む中……。
ただひとり、魔女帝は悠然とそちらへと進んでいく。
「ふん……余は通していいと言われたか? 大方、ベセルの起動鍵を欲すればのことであろうが……。そなたらも、メナが余を打ち倒すに能う実力の持ち主であると考えておるのか?」
「「その通りでございます。彼女は、陛下のことを一切恐れておられません」」
そこでガツン、と――呼び出した杖を床が砕けんばかりに叩きつけ、彼女は私たちに告げた。
「……舐められたものじゃ。そなたたちはこやつらを打ち倒したのち、後に続いて見せよ」
「で、でも……おひとりじゃ」
心配の声を上げる私に、魔女帝は背中で語る。
「やつは虚無の在処に蓄えた魔力を元に、世界を変革させようとしておる。そしてそれは……余が持つ鍵がなければ不完全な状態で行われよう。そうなれば少なくとも、この世界は元の形を残すまい。このまま逃げを打つこともできるが……」
魔女帝の沈黙が暗に告げていた。
このために、聖王国との大戦争まで画策して見せたメナのことだ。魔女帝が姿を現さねば……帝都の何万もの人々……いや、もしかしたら帝国全土を人質に誘き寄せることくらいはしてみせるだろうと。
「民失くして国は立ち行かぬ。ゆえに、余は行く。そなたらの健闘を祈るぞ」
それきり魔女帝の姿は滑るように奥の階段へと消えた。
「さすが先の帝、お分かりになっておられる」
「さて、あなたたちに恨みはない。巻き込まれぬうちにここから去るがよいでしょう」
威嚇にしては激しい攻撃だったが、彼女たちは無駄にこちらと闘うつもりはないようだ。
でも……ここですべてを魔女帝に託すには、あのメナの存在は不気味過ぎた。ルイーゼ様のことも彼女任せにはしておけない。
目の前を阻む魔女たちに対し、私も正々堂々と決意を表明してみせる。
「私たちにも、引き返すという選択肢はありません……!」
「警告はしましたよ……白髪の聖女シーリ。あなたのことは聞いています……病魔に伏していなければ、史上最高の魔女帝にもなられたとされるクラリス様の御子」
「万にひとつも考えられる。あなただけは……ここを通すわけにはいかない」
攻撃も辞さない……ふたりの身体から放つ魔力の勢いがぐっと高まった時。
側に居たふたりの騎士が、沈黙を解いた。
「眼中にもなしとは……悲しいねラエル。君はシーリの兄さんなんだろ。いいのかい、このまま部外者扱いで無視されておいて」
「お前こそ、帝国くんだりまで来てろくな活躍もなしに終わるのか。騎士団長の名が泣くぞ。そんなのは――」
ふたりはお互いに目配せし合うと――。
「「まっぴらだ」」
一瞬で剣を抜き、杖を構えたふたりの魔女に打ちかかった。硬いもの同士がぶつかる小気味いい音が広がる。
「今だシーリ、行ってくれ!」
「俺たちのことは構わなくていい! 元々そういう段取りだったからな!」
(……行くしか!)
迷ってる暇なんてない。せっかくふたりの作ってくれた機会を無駄にすまいと私は懸命に駆け出す。
だがそこで――。
「オホホ……大した力を持たぬ男風情が、我々双魔の相手をできると?」
「ヒュフフ……魔女帝の甥だからとて、手加減はいたしませんよ……」
「くっ……」「やはり使って来るか!」
嘲笑と共にさらに魔女たちの魔力が高まり、剣を受け止めていた長杖が眩く光る。
するとその姿が、みるみる巨大な化け物に変わり――。
紅衣をまとうエクレは深紅の孔雀へ。
蒼衣をまとうトルテは紺碧の大蛇へと……それぞれ変身した。
私は生唾を呑み込む。これは、さすがにふたりだけじゃ……!
「「止まるな!」」
ふたりは寸分も変わらぬタイミングで剣を振るうと、恐れずその巨体に攻撃を加えた。
声が私の背中を前へと押す。
「「通すものかっ!」」
それでも、尻尾と羽が地面すれすれに私を打ち据えようと迫り――。
「通ります!」
私は紙の翼を生み出すと、加速したまま飛び上がる。
頭の上に紅い羽、胴体の下に蒼い尻尾が高速で向かうのをスレスレで潜り抜けると、広間の奥――階段室へと突っ込む!
「「チィッ!」」
「シーリ、君ならやれる!」
「陛下を頼んだぞ!」
そうして後ろでは激しい戦いが始まりだし……私は揺れと破壊音に耳を塞ぎながら、懸命に上を目指した。生半可な相手じゃなさそうだけど、あのふたりならきっとどうにかしてみせるはずだ。
螺旋階段を目の回りそうな速度でぐるぐる急上昇し……見つけた、出口を。
きっと囚われのルイーゼ様もメナは、あそこにいる。
私には魔女帝が言っていたことは半分くらいしか分かってないけど、でも……メナを止めないとならないのは確かだ。彼女と協力して、こんなことはもう終わりにする!
その決意を高め、わずかな明かりの中に身体を飛び込ませて……着地。
勢い余って少々不格好になりながらもなんとか身体を起こした私の口から――。
「……え」
漏れたのは、空気が抜けたような音だった。
拍子抜けしたような……平時を思わせる落ち着いた声が静寂に響く。
「ああ……やはり来たかシーリ。まあ、あのふたりでは止めきれないと思っていた。奇跡と魔法、ふたつの資質を手にした唯一の存在だからね。君ならばふさわしいだろう……世界の最後を看取るこの舞台の演者としては」
「……ヴァシリーサ様っ!」
私とよく似た……白い髪を背中で束ねる、堕ちた聖女。魔女帝がその足元に倒れ伏している。
戦った痕跡はろくにその場にはなく、あるのはただただ燭台の明かりの中で広がる漆黒の空間と……揺らぐ影にてぼんやりと空を漂う、夥しい数の黒ページ。
そして……その背後には。
あの虚無の魔物たちを凝縮したような黒く歪な球体が巨大な台座に据えられ……。
夜空に浮かぶ月と同じ角度から、私たちを見下ろしていた――。




